第13話【教導国SIDE】 暗殺命令が下された。……バレているので『暗殺』と呼べるのかは疑問だが
教導国の中で最も王国……そして帝国に近い地域における権力者はフェーリットである。
王国でリクナが作っていた素材をコードスが彼に流して、そこから始まるコードスの立ち回りによって、教導国はアーガリア王国と言うれっきとした大国を隣国としながらも、その一つ向こうにある帝国に意識を向けている。
やはり成り上がりでしかないアーガリア王国は、成長する力はあっても、今はまだ両隣国と比べると圧倒的に国力が足りない。
そういうわけで、コードスは国王であるシュライムから、王国ではなく帝国に意識を向けるように言われたわけだ。
それが功を為したのか、フェーリットはともかく、教導国の中枢ともいえる『神殿』に関していえば、彼らの意識が帝国に向いているのは確かである。
めちゃくちゃ掌の上で踊りまくっているフェーリットだが、彼の踊りはまだまだ続く。
「お、おい……これはなんだ!」
紙の資料を手にフェーリットは怒鳴った。
怒気……いや、それ以上に焦りの感情を浮かべているもので、彼にとって不都合な何かがあったのは明白である。
フェーリットの手元にある資料の一枚目には地図がある。
かなり広い地図で、町の印がある場所に赤い丸。
次の紙をめくると、町の地図と、その中の一つの建物に赤い丸。
その次の紙にはまた別の町の地図と、赤い丸。
そんな資料だ。
地図に丸だけを書いてそれをまとめただけで、一切の文字はない。
そのため、これは何かの『要望』を示しているわけではない。
「帝国の大使館から送られた資料です。ここに書かれた印は全て、教導国が仕込んだ通信魔法の拠点になります」
「どういうことだ! 通信魔法の拠点の設置は、綿密な計画の元行われたのではなかったのか! 全てバレているなど、ありえん!」
「ですが、偶然で片づけるわけにも……」
「ぐぬぬぅ……」
唸るフェーリット。
彼が見ている資料は、部下が言ったように、『教導国の通信拠点』だ。
精密な計算と魔道具の設計が必要なため、かなりの人件費が必要になる。
そんな場所を全て暴かれたとなれば……。
「通信拠点の作成は私が計画したものだ。これが神殿にバレたら私は破滅だ」
「……」
部下は『なんかこの人いっつも破滅しそうになってるな』と思ったが、顔には出さなかった。
「そ、そうだ! 帝都の大使館に指示を出せ! あそこには大量の爆薬がある。それで重要な施設を爆破してしまえば、大きな騒ぎになる。それの対応に追わせて時間を稼げ! 通信拠点も、予備の計画があっただろう。そっちに切り替えろ!」
帝国の一般人への被害と言う一点を除けば、彼が持ちうる情報の中では最善の指示だろう。
ただし、そこにはすでに、先手を打たれている。
「……資料を最後まで読んでください」
「何? ……ば、馬鹿な……」
さらに資料をめくる。
そこには、『全ての通信の予備拠点』と、『大使館に大量の爆薬があること』の二点を突き止めているという情報が記載されている。
「ど、どうやって割り出した! 魔力が移動する使用中の拠点ならともかく、何故使っていない拠点すら割り出している! しかも、大使館に潜ませた爆薬は、細心の注意を払って、少量ずつためこんだものだ。私が帝国工作部の部長を務めていたころから今までバレなかったのに。何故、今になって……」
「わかりません。ただ、かの国で発生した大きなことと言うと……」
「リクナ・プルート……あの似非錬金術師が帝国に入り込んだことが全ての原因だと? それでは、私がこのガキよりも劣っているということではないか! 絶対に認めんぞ!」
教導国は『魔法の始まりと終わりは教導国にある』として、他国の魔力技術が優れていることを認めない。
……いや、デストが言った『二十年前に政権が過激派に乗っ取られた』という情報を考慮すれば、『認めない』という主張は過激派だけなのかもしれないが……それはともかく、これで、フェーリットの計画はほぼ全て破綻していると言っていい。
「ぐっ……ぬううっ、ど、どうすればいい……そうだ! 暗殺者を送れ。リクナ・プルートを始末すればいい。それですべて解決する!」
彼の失態はなくならない。
ただし、失態を帳消しにできる要素があれば、まだなんとかなる。
そんな魂胆が見えるフェーリットの主張。
「……確かに、リクナ・プルートは、ここで始末しておくべきです」
部下の男も同意する。
通信技術があるので、間にアーガリア王国を挟みながらも教導国VS帝国の情報戦が展開しているわけだが、ソルロード帝国は『最強の軍事国家』と称されるほど研究に力を入れている。
神聖な武具を多数抱えている教導国の軍事力も、六大強国と称されるに値するだけのものはあるが、それでも戦争になれば、小競り合いはともかく総力戦はまず勝てない。
ここで、優秀な素材を容易く生み出すリクナが軍事力に絡んでくると、ますます手が付けられなくなる。
アーガリア王国にいた時は、シュライム国王の交渉と立ち回りによって王城に抱えられており、素材を教導国に流すことが可能だったので利用価値はあったが、もう素材は入ってこない。
優秀な素材を帝国関係者のみが使える現状はよくない。
「通信拠点は突き止めたようだが、私のところに職員からの報告がない以上、まだ手が付けられているわけではあるまい。一刻も早く暗殺命令を出せ!」
フェーリットは叫ぶ。
……通常、優れた技術者が相手となれば、それを勧誘するという方針を取るものだが、フェーリットにその様子は微塵もなく、そして、彼にそこまでの決断力があるかとなれば、首を縦にはなかなか触れない。
要するに、リクナ・プルートの暗殺は、教導国過激派の計画として、勧誘よりも上に位置するということだ。
もちろん、そう判断するに至った経緯は過激派の『上』にしかわからないことではあるが、いずれにせよ、フェーリットによって、リクナの暗殺命令が下された。これは事実である。
★
その少し後のこと。
「あ、デスト。言い忘れてたことがあるんだが……」
「なんだ?」
「この前、通信魔法の遮断と感知が出来るやつ渡しただろ?」
「ああ」
「あれ録音もできるぞ」
「……次から何か作った時はマニュアルを寄越せ……ん? なんか録音データが……暗殺命令!?」
「……俺、ナイフも毒も通らないし、脳を弄って『恐怖』も薄れてるから脅迫も効かないけど、どうするんだろうな」
「敵よりお前の方が理不尽だな……」