あなたを想う
書きたくなりました
会社からの帰り。駅周辺には酔っ払いやハシゴをする集団が目に入る。
そんな彼らをうっとおしく思いながら駅に入った。
一昨日も昨日も、残って仕事。最近はずっと。残業、残業、残業、休日出勤。
週休二日が聞いてあきれる。
ここ最近はもうアパートを変えるのも手かな、なんて思ったりもするけど。
そうは言っても僕一人だけ大変ってわけじゃない。でも法律なんて気にしない勤務状態に、体がくたびれていることを足やら腰やらが訴えかけてくるのを無視し続けるには限界があるだろう。
駅のホームを歩く。降りる駅で便利な車両のところに無意識に足が向いていることに気付いたときには苦笑いするしかなかった。
ホームを抜けていく風が冷たくて手をポケットに突っこみ、会社でタバコがもうないことを思い出した。
予定していた駅より一つ前で降りてコンビニに寄ろうと決めて、「車両を間違えた」と後悔するのと電車の入ってくるアナウンスは同時だった。今更移動するのも面倒で、しかたなく乗り込んだ。
この時間の電車で座ることは到底できないが今日は運がよかった。ドア前の椅子横が空いている、立つならあそこしかない。
電子書籍をパソコンとにらめっこした後に読み、目を休ませるために夜景にぼうっとしていたら、窓に映った携帯が光った。
『会えないかな?』
たったそれだけのメッセージに、名前に、疲れきった足は感覚を取り戻して疲れて倒れそうだった体が軽くなったのが分かった。
インターホンを鳴らして聞こえたのは部屋の中からの「空いてるから―」と間の伸びた声。
ドアを開けつつ「危ないじゃん」といっても彼女は意に返さずに、「久しぶり」と口にする。
「久しぶり」
彼女はほんの一瞬何かを待った気がした。気がしただけかもしれない、それが分からないくらい一瞬の不自然に。
「どうしたの。」
のどまで出かけた言葉は音を持たずに消えていく。
無言を破ったのは古い立て付けの窓が開く高い音。
机に置かれたタバコを手に取って彼女はベランダへ出た。
川を挟んで並ぶ街の明りに輪郭がぼやけ彼女の背中はいつもより小さい気がした。
「一本ちょうだい」
青いサンダルを履いて彼女の横に並ぶ。
タバコだけ向けて、空を見た。
「寒くなってきたよね」
火をつける前に喋ったのは、いつも心地よい静寂が嫌だったからで。
「そうだね」
いつも通りに淡泊な。いつも通りに無口な彼女。
静かな夜。
いつもよりも車どおりが少ないことを、
まるで二人で世界が完結されているような今を、
嬉しかった僕を僕は忘れていた
この胸に抱くのは嬉しさではなく、
「どうだった?今日。」
どれくらいそうしていたのか。
彼女の言葉が僕を現実に戻して、体が震えた。
寒くなってきたからそろそろ外で吸うのも難しそうだ。
「どうって、普通だったよ。いつも通り。」
「そう」
「うん」
空を照らして 星を隠した 僕たちを照らした月が雲に隠れる
「はいろっか、体冷え切っちゃう。」
「お風呂入るから別にいいよ」
まだ空を見上げる彼女につられて空を見た。
月に消されていた星が少しだけみえていた。
「別れようか」
頭が真っしろになって
少しおいてから胸をチクリと鋭い針がさした
「どうして」なんて言葉も浮かばなかった
そんな言葉よりも先に、いくつも、いくつでも理由は頭に浮かんだ。
「そっか。
好きな人ができたかな」
それでも彼女に好きな人ができていたら、と思ってしまった。
それなら仕方ないかと、自分を思わせたかったから。
「いや?」
いつも落ち着いている、年上かと思うくらいの彼女の声は上ずっていた。
けれどそんなことより今しがた立てた仮説が華麗に崩れ去っていくのと胸を刺されるような痛みが勝っていた。
「そう、なんだ」
かろうじて出たのは自分でも驚くほど静かな声。
彼女に目をやるけれど、反対方向を見ている彼女の顔を見ることはできない。
「なら、」
どうしてと言いかけたけど、理由なんて聞きたくなくて
「今日も来てくれたよね」
予想外の言葉にびっくりするけど、彼女の顔は今どんな顔をしているのか。
見られないのが____
「当たり前じゃん」
「当たり前なの?」
そういいながら振り返る彼女はクスリと笑って嬉しそうにする。
「会いたいって言ったらすぐ来てくれる」
飛んでくさ。
「既読すぐつくしさ、ちゃんと仕事に集中してよ」
ちゃ、ちゃんと働いてるよ
「わかったわかった。」
会話が楽しくて川に目を落とした
「こっちから連絡しないと何も言ってこないよね」
「それは!」
「忙しいかなって、思って」
「来てって言わないと来ないし」
「僕だってもっと会いたいけど遠いんだからさ」
「そうだよね」
彼女が震えているのが、寒さなのか、怒りなのか、何かを恐れているのか。
多分怒ってるのかな。
「そっか、わかったよ」
きっと今ここから消えることが最善かと思う。
彼女が何時から落ち着いていたのか。
最初からこんなに静かな子だったかな、
冷静になってみたら彼女は果たして僕といて楽しかったのか。
「何にも。言わないんだね」
僕と同じに川を見て
「何にも言い返してくれないんだね」
声は小さく、でもしっかり耳まで届いてしまう
「こういう時って引き留めてくれないの」
「そういうところ」
「ごめん」
寒さで立っていられなくなって、部屋の中に入る
「帰るの?
ならさ、もう来ないで」
「うん」
「そしたら、もう他人になっちゃうよ」
彼には何も言えなかった。
ドアを開ける音がする
「カギ、置いてって」
一間あってカチャリ。と音がして。ドアの開閉と重い音が部屋に響くと足音が離れていき、最後は駆けるような音がやがておさまった。
「ホントに、置いてくんだ」
外には月がいつの間にか出ていたみたいだけど。
その輪郭はぼやけていた
読んで下さりありがとうございました