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モレクの後継者  作者: 雨白 滝春
第一章
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第五話 深窓の父

 二階の廊下から、一階のホールをのぞくと、何やら黒服・サングラスの堅気に見えない風体の人達が、この国では持っていてはいけないはずの武器を、懐に忍ばせて徘徊している。


 あの祖父さんの差し金か。


 これではせっかく来てくれた悪霊さんも、虚しくハチの巣である。華音さんの部屋からかなり離れた位置にある、美矢真先輩の義父、厄志さんの部屋をうかがう。

 

この間、美矢真先輩は無言だった。どうやら俺が、美矢真先輩の意に沿う形で解決してくれる訳では無いと、覚ったためらしい。


 嫌われたかな。


 とは言え、美矢真先輩は義父の厄志さんの心配をしているだけなのだから、厄志さんが華音さんを諦めて、前向きな方へ踏み出せれば、誰にも問題は無くなるはずだ。


 その厄志さんだが、この人も年齢が幾つだか分からない程、童顔で整った顔立ちの人の好さそうな、父つぁん坊やだった。例えるなら〇原中也だ。


「君が華音を止めてくれるのか。何があろうと華音をアイツに渡すことは出来ない」


 なるほど、『アイツ』か。いくら自分の想いがあるからと言って、十八年間も自分を愛さなかった女性を束縛したあげくに、こんなことを言えるだろうか。


 何かおかしい。もしかしたらこの一件、何か重大な見落としがあるんじゃあ。モレク師匠、何か企んでますね。


「そのアイツといま呼んだ悪霊って、一体なに者なんですか」


 恐らくそこが、俺の見落としの核心だろうと踏んで、敢えて美矢真先輩の前で俺は訊ねた。モレク師匠も、ただ悪霊と呼ぶだけでそいつが何者なのかは、教えてくれなかった。


 そして美矢真先輩も、自分がその血を受け継いだ実の父親の正体を、生まれてこのかた十八年間も、告げられずに育ったらしい。


 俺が一番に知りたいのは、この厄志さんが血の繋がらない義理の娘である美矢真先輩のことを、どんな風に思っているのかという事だ。


 それを確実に知るには、もう一人、美矢真先輩の実の父親のことを、この厄志さんから聞き出す必要があるだろう。それを今、当の美矢真先輩の前で語らせることが、正しいかどうか、まったく保証は無い。


 悪霊と言うのが、隠喩ではなく文字通り人外の怪人であるのは、モレク師匠が絡んでいる時点で明らかだからな。


「アイツは……。アイツは」


 繰り返しながら言いよどむ。美矢真先輩をうかがいながら。義理の娘に対するこの人の愛情が本物であることは、この様子からもはっきりしている。


 なるほど、美矢真先輩もこの義父を気づかうはずだな。一方でその義理の娘の実の父親に対するこの人の恐怖も、その様子の内に表れている。


 この辺りの矛盾は、いかにも長年一緒に暮らして来た家族ならではのもので、他人の理解や理屈の及ぶところでは無いのだろう。


 美矢真先輩の姿勢には動揺が無く、覚悟が決まったらしい。それを見た厄志さんも、意を決したようだ。


「アイツはあの――――」


 ん? やけに冷えるな。ああ、気のせいじゃない、室内の気温が急激に下がって行く。外は丁度、太陽が没した時刻らしいが、そのせいでは無さそうだ。


 おかしいのは、それだけじゃない! 室内なのに足下から霧が湧き出しているっ!


「アイツだっ、アイツがやって来たんだ。華音がさらわれる!」


 厄志さんが自室を飛び出し、華音さんの部屋へと駆けだす。俺も急いでその後を追った。すでに館中に霧が立ち込めている。


 すぐ前を走る厄志さんの背中すら、見通せなくなりそうだ。一階からは、サプレッサー付きのハンドガンの発射音と思しき音が聞こえてくる。


 俺の今の最優先項目は、この厄志さんをなるべく傷つけずに、華音さんが連れて行かれるのを見送らせることだったはずだ。


 だが、その華音さんを連れ去る悪霊の正体によっては、それでは済まない事態なのかもしれないと、遅まきながら思えて来た。


 この人、厄志さんは、ただ自分の愛情故に華音さんを引き留めたいのではなく、悪霊によって華音さんの身に何がしかの災いが降りかかると、心底、憂いているのだ。


 悪霊が迎えに行くと聞けば、普通、真っ先にそこを危惧するのが当然で、俺もそうだったのだが、モレク師匠はその点について問題は無いようなことを言っていたので、それを真に受けていたが、師匠にもまだ裏があったか。


 厄志さんと俺は、同時に華音さんの部屋へと飛び込む。そこには、


「ああ、伯爵…………」

「十八年、待たせたな、カノン」


 なんだ、こいつは――――


「君が魔術王の使いか。お初にお目にかかるな。私はワラキア公ドラクルの息子、ヴラド三世だ。見知りおいてくれたまえ」


 はあ⁉ 役者の格が違い過ぎるだろう‼ 俺如きにこの事態を、どうまとめろっつうんだよ。美矢真先輩の父君は、とんでもない大物だった。

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