第三十話 高天神合戦
まずは山頂に行き、それから戻って本丸に至る。ここで昼食をとることになった。昼食に関して、前日に打ち合わせがあった。
俺は今日の昼食ぐらい、適当にコンビニで買って済ませればいいと思ったが、俺とモレク師匠の分も他の三人が料理して用意すると言い張るので、従うことになった。
そう、モレク師匠の分。
師匠はいつも山の中でサバイバルしているので、その分をみんなが作ってくれると言い出されれば、俺もうなずくしかない。
だから、モレク師匠の為で俺のはついでだな、と、納得した。その三人の持ってきた料理だが、三人とも重箱だった。ここまでずい分大きなリュックサックで来ていたので、何を入れて来たんだろうとは疑問だったが、まさかハイキングで重箱とは思わなかった。
それも有り得ない規模の豪勢な内容だった。モレク師匠大喜び。「ヒャッハー!」と叫びながら頂いていた。普段何を食べていたんだろう。折角なので今は訊けない。
しばらく休んだ後、山歩きを再開する。三の丸へ向かう。こちらの方が亭とベンチがあり、ここで昼食を取った方が良かったかなと、今さら気にしても仕方ない。
木々の隙間から見える景色は、牧之原台地が東に、南は微かに海が見える。北と西は地形的に眺めが見晴らせなかった。
鳥のさえずりが耳に快い。皆の会話も自然と減って行った。話題が尽きたのではなく、静かに楽しんでいるのだ。好い山道、好い山歩きと言えよう。
疎らに人に出会う。家族で来ている人や、大げさなカメラを構えて一人で来ている人など、様々な形態のハイカーがうかがえる。「こんにちは」とこちらから声を掛ければ、必ず気のいい返事が返って来る。悪い気はしない。
予想より早いペースで大手門に着いた。ここからは折り返しで帰路になる。昼食が早かったので、時刻はまだ正午を少し過ぎたばかり。それでもまあ、真っ直ぐに帰ればいいか。
「旅の終わりってなんだか切ないですね」
この中で一番若い独楽子さんが率直に感想を述べる。やはり若い程、その手の感傷が強く現れるのだろう。
「また、皆で どこかへ行こうよ」
実年齢不明、見た目年齢解析不能のモレク師匠が、年の功で感傷を振り払う方法を述べる。また次があると思えば、切なさ寂しさが振り切れる。
「で、ここまではいい雰囲気を壊さないよう我慢して来たんだけど、今からは敢えて言わせてもらうわね」
え? 白馬さん?
「稲富くんは私がもらう。このままハーレムエンドで済ませるつもりは無い」
「そうですね、そうですよ。最後に笑っていいのは一人だけ。その座は私がいただきます」
こ、独楽子さん?
「今日一日くらいは見逃そうかと思っていましたけど、あなた達がその気なら仕方ないですね。私も譲る気は無いわ」
鵬先輩も!
「岳くん、モテモテだね」
師匠はマイペースっ。
「うん。私もここに来るまで、いい話で締めようと思ってたんだけど、こうなったらしようがないよね」
と思ったら師匠もノリノリだった。
「「「「帰りのバスの稲富岳の隣の席は、わたしがもらう」」」」
まず白馬さんがツェリザカ二挺を(どこにしまっていたのだろう)独楽子さんとモレク師匠に同時にぶっ放した。二人とも難なくかわす。と、同時に反撃に出る。
独楽子さんは鬼の妖術か、電撃を鵬先輩と白馬さんに向け、撃ち放つ。さすがに電撃攻撃は回避できない。だが、それこそさすが、ヴァンパイアハーフと改造人間。
それとも電撃攻撃のボルト数が足りなかったのか、白馬さんは銃弾を撃ちまくり、鵬先輩は構わず突撃、電撃に怯む気配は無い。白馬さんの銃撃を避けながら、殴打のラッシュを打ち合う独楽子さんと鵬先輩。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ」
「ムダムダムダムダムダムダムダムダ」
ビジュアル的にいかんともしがたい違和感。鬼と吸血鬼の打撃力に大差は無いのか、このままでは白馬さんに漁夫の利を取られると判断した両者は、ほぼ同時に標的を替える。
今度は鵬先輩と独楽子さん、二人で先に白馬さんを潰す作戦に出た。だがその瞬間、白馬さんの放つツェリザカの弾丸が、鵬先輩の肩、独楽子さんの大腿に突き刺さる。
と見えたが何と、二人の肉体は弾丸を撥ね返す。だが、ダメージは有ったらしい。わずかに怯む。
「何のこれしき、岳さんの為ならっ」
これを俺の為と言われても、嬉しくは無い。むしろ申し訳ない。わずかに怯んだ鵬先輩と独楽子さんのその隙に、ここを切所と見た白馬さんは一気に勝負を決するべく、集中乱射を撃ちだす。
「勝ったわ」
「こっちのセリフです。雷神は鬼の同胞」
独楽子さんは、先程の電撃とは比較にならない規模の放電攻撃を放つ。放電の範囲外へ逃れようとする鵬先輩と、臆することなくその場に立ち塞がり、乱射を繰り出し続ける白馬さん。
あれ、そういえばモレク師匠は?どこかに隠れているらしい。
現状、四人の受けたダメージ量は、モレク師匠<鵬先輩<独楽子さん=白馬さんという形勢。まともに攻勢に出るより、逃げ回っていた方が有利な形にもって行けることが分かってきた。
みんな、俺の為にすまん。俺が誰か一人を選べないせいだ。ん、選んでもいいんじゃないか。
「師匠、俺の隣に座りますか?」
「いいの? わーい」
「「「はあ?」」」
「わ、分かっていますよ、稲富さん。私たちの争いを止める為に、敢えて師匠を選んだんですよね。分かっています。だからこれは敗北ではありません」
「ふざけないでよ、稲富くん。ちゃんとこの戦いに勝った人を選びなさいよ」
「やっぱり岳さんはモレクさんの事が………。いいんです、私は諦めません」
なんだろう。最近こういうの、楽しくなって来たかも。はっ、いかん。いま一瞬心の中に悪魔が棲みついていた。俺が誤った道に進んではみんなも不幸にしてしまう。俺が正しい精神を心がけていれば、きっといつの日か、皆も正しい道へと導けるはずだ。
いつか訪れるその日まで、少しぐらいは遊んでもいいよな。