第二十九話 高天神城攻略戦
五人で乗り込んで出発を待つ。割りと空いていたので座席を選び、バス代金を両替している間にバスは出発する。目的地までの所要時間は、事前に調べたところによると、二十数分程度だそうだ。
始めの十分こそ、駅前の市街地然とした街並みが見えていたが、そこから先はやはりのどかな田園風景に変わってしまう。
「戦国時代にはこんな土地でも、必死で奪い合っていたんですね」
急に切ないことを言う鵬先輩。
「あの頃は土地が生産力の象徴だからね。あ、でも、今でも、土地は掛け替えのない貴重な物には違いないよな。人から奪う事こそ無くなったけど」
俺の言うことも幾分、切ない。
「土地の取り合いはゼロサムゲームだしね」
何故か世事に詳しいモレク師匠。
「クラウゼヴィッツの戦争論ですね」
独楽子さん⁉
「あれ?」
ん? どうした、白馬さん。
「いえ、何だか不審な車が背後から三台…………」
ホントだ、黒塗りの上に窓にはミラーコーティングで車内がうかがえない、不気味な車が。と、見る見るうちに三台の車は俺たちの乗るバスに迫って来て、一台はこのバスを追い抜いて前方を塞ぎ、もう一台は追い越しを掛ける様に右車線を塞ぎ、最後の一台は後ろにぴったりと張り付いて、完全にバスを包囲する。
「まずいわ、あれは我が鵬家に代々敵対して来た、宿縁の集団。こんな時に現れるなんて」
そうなんだ。だがしかし、このバスの運転手も只者では無かった。三方を囲んだ黒塗りどもを気にすることも無く、追突すら怖れず平気で次のバス停に停車。偶然その小貫停留所で待っていた台湾の観光客が、全員、仙道を極めた方術使いだったため、助力を願い、三十秒で車ごと蹴散らし、無事にバスは運行を再開する。
こうして俺たちは、トラブルに巻き込まれるようなことも無く、目的地・高天神城を目指す土方バス停で下車した。ここからもう、西の空には高天神城の山容が眺められる。
が、ここから見た感じ、アレが城跡だと見受けられる手掛かりは無い。ただの、木々に被われた低い岡、そんな印象だ。住宅地を潜り、茶畑の平原を真っ直ぐに突っ切る壮大な農道を、淡々と歩く。
確かに高天神城の山容より、この延々と広がる茶畑の方が壮大だ。やがて農道は岡に突き当たる。ここを左に折れればすぐに追手門だったのだが、誤って右折してしまう。
H字型の山城の左半分を回り込む様に、当初の予定の反対側、搦め手門に向かってしまった。そんなこんなで高天神城搦め手門に到着。天気は快晴だ。
別に、地籍図や地形図を使って、城跡図や縄張り図を作成しようと言う野望がある訳でも無く、我々の目的は城跡歩き、ある種のハイキングだ。景色を眺め、自然を感じ、楽しみながら歩くだけ。
むしろ追手門から登り始めるより、この搦め手門から登る方が、正解だったかも知れない。駐車場に挟まれた舗装道をしばらく進むと、やがていかにもな林の中へと続く。山の北側から南へ向かって上るので、日差しは山にさえぎられ、日陰の中に入る。
それでなかったとしても、日差しは結局、木々の枝々にさえぎられ、日陰になったかも知れない。目の前と右手に、切り立った断崖が目に留まる。
「なるほど、この石段を行く以外に登る手段は無い訳ですね」
鵬先輩、また敬語に戻ってしまった。
「右手の崖の上は西の丸ですね。今は高天神神社が建っているはずです」
独楽子さんが看板の案内図を元に解説。
「この石段を上った先が、この山の中間分岐点になるようね」
独楽子さんの解説を白馬さんが引き継ぐ。
「まずはそこまで行ったら、右手の神社をお参りして、そこから引き返して本丸に行き、また下って追手門から帰ろうか」
俺の提案に反対意見無し。と言うより自然に歩くなら、他に選択肢もなさそうだ。
この石段、予想外にきつかった。そう思うのも相変わらず俺だけ。みんなは俺に会わせる為に、こっそり足並みを遅らせてくれているので、かえってつらいとは言い出しにくくなってしまった。
そうは言っても弱音は吐けない。根性を見せろ。何とか登り切った。
「岳くん、お疲れ様」
俺がつらかったの、バレバレかよ。
「ほら、私改造人間だし」
「私も半吸血鬼ですし」
「私も鬼ですよ」
「ついてこれるだけ、岳くん凄いよ」
「俺もいつか人間辞めようかな」
「「「「それはダメだよ」」」」
「は、はい」
それからまず右手に向かう。搦め手門から見て右手。西の尾根だ。彼方此方に城の遺構とそれを示した立札がある。人間生き残るためには、手間を惜しまないものだ。
神社に着いた。狛犬が牛だった。みんなは賽銭、縁起がいいと言う五円玉を投じていたが、俺は細かいヤツが無かったので、五百円を投じた。
特に願いたいことも無かったので、何も考えずに手だけを合わせた。その時の俺の心を読んだと思われるモレク師匠が、驚いた顔をしていた。
何ゆえに?
他のみんなは、とても真剣に願をかけていた。鬼気迫るものが在る。執念を感じた。一体なにをそんなに本気で願っているのか、まあ、訊けるようなことじゃ無いか。
神社を下り、本丸を目指す。