第二十七話 自宅から希望
呼び方 モレク=岳くん
鵬美矢真=稲富さん
楷独楽子=岳さん
喜多白馬=稲富くん
母が驚く顔を見たのは、俺が生後三か月で二足歩行を行った時以来だ。
あの時の母の驚いた顔と言ったら。ぷぷ、ぷぷぷ。
「岳君の部屋、ビックリするくらい何も無いね」
師匠の驚く顔まで見れたよ。
「マンガが一冊も無い。と言うか、本棚がそもそもない」
「机とベッド以外、何も無い。机の上から三段目の引き出しには、何が入っているのかなー」
「「「参考書と問題集だけ―――」」」
「これは、図書館から借りてきた本? 吉川〇文館と岩〇文庫、石母〇正………」
何がおかしいんだろ?
「悪いけど、買い置きのジュースや菓子類も無いから」
「稲富くんが、友達出来ない訳が分かったわ」
「マジですか! なぜなんですかっ」
「稲富さんは今のままでいてください」
「ついに理想の男性に会えました」
「岳くん、無理して周りから悪影響受けたらだめだよ。岳君は変わらないでね」
温室でただの雑草を丁寧に育てている、おかしな園芸家の様な目で俺を見て来る三人。やはりおかしいのは俺では無くてこの人達だ。
「部屋に来たら、適当にその辺にある物で岳君をからかおうと思ってたけど、予想以上に何も無かったね」
師匠にからかわれるのは嫌いじゃ無いんだが。
「それと岳くん。今、独楽子さんが全力でここに向かってるから」
そうなるだろうと思っていたよ。
「稲富さん、何も無いとは言え、この部屋、やけに広いですね」
「何畳くらいあるのかな、稲富くん」
「十畳」
「二人で一緒に生活するくらい、出来そうだね。岳くん」
「じゃあ、今日からよろしくお願いします。稲富さん」
「いえ、そんなアホ二人は置いといて、真面目に考えよう稲富くん。この部屋もう少し、何か色々置いた方がいいよ」
「急にまともな振りしながら、稲富さんのベッドに潜り込んでんじゃないわよ」
「アンタこそ、稲富くんの机に頬ずりしてんじゃないわよ」
「ついでにモレク師匠も俺の部屋の床で、五体投地しないでください」
「岳くん、ホントにベッドの下にまで何も隠してないんだね」
「稲富さん、何か趣味の一つでも始めたらどうですか」
「じゃあ、私と一緒にガ〇プラ作ろうよ、稲富くん」
「それより、この部屋にテレビとゲーム機おいて、朝から晩までプ〇ステ三昧しましょう。家から私の持ってきますから」
鵬先輩が今まで学業不振だった理由が分かりました。それとガ〇プラ好きの女子高生って――――悪くないかも。
「(勝機っ)」
「(まずいわ、ゲーム好き女子高生より、ガ〇プラ好き女子高生の方が、稲富さんの好感度が高いっ)」
「岳君の場合、趣味は勉強でいいんじゃないかな」
「「それよっ。今日から一緒に勉強しましょう」」
いま気がついたが、鵬先輩と白馬さんは性格がよく似ている。
「稲富くん、もう一台学習机を置いて、邪魔にならないトコにガ〇プラ飾りましょう」
「私だって、ガ〇ダム系のゲームも押さえてあるわ」
「いや、おれ、ガ〇ダムが好きな訳じゃあ、どちらかと言えば城郭プラモの方が」
「「((て、手強い))」」
「岳くん、今度、地元の史跡巡り、一緒に行こうか」
「あ、いいですね。朝日山城とか花倉城とかですか」
「「((その手があったかーーーっ))」」
「いっそ、地元から離れて一日かけて、高天神城まで遠出しない?」
「じゃあ、中間テストが終わったら行きましょうか」
バンッ。
「ちょっと待ったーーー。それ、私も行きます。岳さん」
独楽子さん、到着。
「まだライバルが増えるの⁉」
「岳さん、私も行きます。ついて行きます。どこまでも一緒です」
「もちろん、私も行くよ。稲富さん」
「稲富くん、私も行きたいです」
となると行くのはモレク師匠、鵬美矢真先輩、楷独楽子さん、喜多白馬さんと俺の五人か。人間を辞めた魔術師、吸血鬼ハーフ、鬼女、改造人間。一般人は俺だけだ。
この日の目的が分からない集会は、次の集会の目的が決まったことで、閉幕となった。
その日の夕食時、母が気味の悪いものを見る目で俺を見ていたが、気持ちは理解できた。翌朝、新聞の一面は、悪の秘密組織が何者かに壊滅させられたと、大々的に報じていた。珍しいこともあるもんだ、と思ったが、心当たりがあるので一言誉めておこうと決めた。
それからまた、放課後、モレク師匠の下へ通う習慣を再開した。俺は自然と元の生活習慣へ戻って行った。あの犬と出会う前の日常へと、だ。
今はまだ、何も考えられない。何も決められない。それをするには、もう少し時間をください。
誰に頼んでいるのだろう。
誰かに頼みたかったのだ。
そうしている間に、中間試験の当日を迎えた。拍子抜けするほど余裕で終わった。手に汗握る心理描写を挿み込む余地のない状況だった。
スラスラと解いて、サッサと提出、それだけだった。むしろ、全教科提出後の方が、不安になったくらいだ。簡単に答えを書いてしまったが、これがもしほとんど間違いだったらどうしよう、と、変な心配が消えなかった。
まあ、終わった後だ、気持ちを切り替えよう。ただ最近、俺の生活に大きな変化が生じている。と言っても何のことは無い。
休み時間の度に、隣の教室から喜多白馬さんが俺の席へとやって来て、話しかけて来るだけだ。いい変化なのか、悪い変化なのか知らないが、別に迷惑でも無いし、悪い気もしないので、普通に会話して対応している。
クラスの連中は、単に友人になったのだろう、と、特に気にする人もいない。俺の生活の中でこそ、ちょっとした変化と呼べるが、学校全体の人間関係の流動性を思えば、何の変哲もないただの日常事だ。
そうしてテスト明けから最初の日曜、高天神城への史跡探訪を迎える。