第二十六話 校内の死闘
「鵬先輩、いまの人まだ生きてますか、アレ?」
「稲富さん」
教室の中には先輩以外、誰もいなかった。静かな放課後の教室。そこに争った形跡はない。と、その時、
「はっ」
センパイ、突然その場から飛び出し、回転しながら横っ飛び。それと同時に今までいた座席と机が吹っ飛ぶ。俺には何が起きたのか理解できない。
「渡り廊下でつながった対面の校舎の窓から、何者かがライフル銃で狙撃したわ」
そうなんだ。
「稲富さんは隠れていて」
そう言い残すや否や、先輩は助走をつけて窓から飛び出し、向かいの校舎の中へと飛び込む。それじゃ狙撃手の格好の的だと思ったが、先輩は空中で身をひねり、弾丸を華麗にかわしていた。
向かいの校舎に先輩が乗り込んだ後も、銃声は止まない。窓ガラスや壁が砕け散る音も聞こえてくる。もう帰ろうか、とも思ったが、こうなった原因は俺かも知れない。
思い直して俺も向かいの校舎へと廊下を駆ける。教室の壁と黒板をぶち抜いて戦い舞う、二人の少女。
「先輩を消死て、稲富さんは私がもらうわ」
「なに! ふっ、アナタに出来るかしら」
白馬さんは化物みたいにデカい拳銃を、両手で二挺、撃ちまくっていた。
「まさかツェリザカの二丁拳銃とわね」
「先輩こそ、どうして銃弾がかわせるのよ」
机とイスと銃弾と二人の少女が、縦横無尽に飛び交う教室。おそらく、一発や二発撃たれても死なない先輩だが、未だ一発もかすりすらしていない。
白馬さんも二丁拳銃を交互にリロードしながら、決して先輩をその間合いまで近寄らせない。二人がぶち抜いた壁と黒板はすでに三教室分。その中を砕け散った机とイスの破片や残骸が、暴風雨で渦巻く雨水のように散っていく。
「あの人は私がもらうわ」
「稲富さんは渡さない」
「「稲富さん、勝った方とつき合ってくれるんですね」」
「俺はモレク師匠が好きだ」
一瞬、空間中の物体の運動が停止する。そして次の瞬間、再開。
「モレクって誰よ」
「アナタの知ったことではないわ」
「先輩とつき合ってるんじゃないじゃない」
「いずれは私のモノになるのよ」
「やあ岳くん。君が会いに来てくれないから、私の方から会いに来たよ」
「師匠、いいタイミングで来てくれました。二人を止めて」
「え? どういう状況?」
「その女が稲富さんをたぶらかしたのね」
「ああ、そういう状況。しょうがないなあ、岳君は私のモノだよ」
そういって師匠は俺に顔を近づけ、その、まままさかのキスシーン。思わずジタバタと焦る俺。だがすぐに気を取り直し、自分の方から師匠を強く抱き寄せる。
「うぅ」
ガクっと、師匠、、脱力。
「勝った」
「なにしてんだぁーーー」
白馬、襲いかかる。だが、師匠のクロスカウンターでのされる白馬。勝者、モレク。
「分かってるよ。大口径ライフルでの至近距離からの対人狙撃は、国際条約違反だって言いたいんでしょ」
「いえ、全然違います」
俺と師匠と先輩の三人に囲まれ、その中心で正座させられている喜多白馬。反省の気配は無い。
「今日のところは負けをゆずるわ」
反省の気配は無い。
「可哀想な稲富くん。こんなどうかしている人たちに囲われているなんて。すぐに私が解放してあげるからね」
もしかして俺だけどうかしているのかと思わされかかっていたが、どうやら俺だけがマトモだったと思っていていいらしい。
「どうせこの二人、痛い設定とか自分で盛りまくっている厨二くさい連中なんでしょ」
ゲヘナの創造主・魔術王モレク。ドラキュラの娘・ダンピール鵬美矢真。反論できない。
「アナタだってどうせ、どこかの組織に身体強化された改造人間だとかいうんでしょ」
「何故それをっ」
おまえもか。
「おれ、もう帰っていいかな」
「岳くん、誰の為にこんなことしてるか、分かっているかな」
この状況で、俺にどんな利得があると言うんだろう。
「それよりこの砕け散った教室たち、どう後始末すりゃいいんだ。盗んだバイクで走りたかったじゃ、許してもらえそうにないけど」
「そこが、我が鵬家クオリティです。今晩中に片付けときます」
あの家の力を初めて実感した。
「まあ、稲富さんの為ならそれくらい、安い御用です」
え、この惨状って俺の責任なの?
「分かった、私も負けられない。今晩中に組織を抜ける」
「「「へ~~」」」
「え、ちょっと、なに。これって結構、大変な事なんだよ」
「それ自分の都合だろ。俺にメリットないし」
「うっ、じゃあ分かった。今晩中に私の手で組織を潰す」
やはり俺にメリットは無かったが、それくらい覚悟を見せたいという事なのだろう。明日、生きていたら一言誉めてやろう。
「それじゃ、俺、帰らせてもらうよ」
「うん、そうだね」
「へー、ここが岳君の家かあ」
なぜ、ついて来た。
「稲富さんが高校卒業したら私、しばらくここで一緒に暮らすことになるのね」
いや鵬先輩、おれ、卒業したらこの街出て行くつもりだから。いや、いや、俺が否定したいのはそこでは無くてですね、
「もう、ご両親に挨拶なんて、稲富くん、気が早いんだから」
アンタが勝手について来たんだろ、喜多白馬っ。
「「「では、おじゃまします」」」
まて、勝手に上がるな。