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モレクの後継者  作者: 雨白 滝春
第三章
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第二十四話 後日譚

 後日譚。


 俺は血だまりの中から、犬の死骸を抱き上げる。滴る血が両腕からこぼれる。


「稲富さん!」


 鵬先輩をその場に残し、犬の死骸を抱えたまま来た道を引き返す。途中で行き違うハイカーたちが、ギョッとした顔で俺たちを眺める。俺が見つめ返すと皆、遠巻きにしながら目を逸らす。


(通報されるかもな)


 冗談のつもりでそんなことを思い浮かべたが、恐らく俺は笑えていない。結局、そのまま山を下り、住宅地を抜け、自宅まで帰った。


 家の玄関のドアを、俺は開けられない。しばらくそこで立ち尽くした。なぜ、家の中へ入れないのだろう。


 滴っていた狒狒の血は、もう俺の衣服が吸い切って、家の中で垂れ堕ちる心配は無い。一旦、犬の死骸を置いて、ドアノブに手を掛けるだけの話だ。なのに俺は、そのまま硬直したように、一歩も動けない。


 急に玄関のドアが開いた。


「アンタ、何やってんの⁉」


 母だ。母は俺の姿を、俺の抱きかかえる犬を目にする。


(こんな穏やかな死に顔してたら、死んでいるとは気づかないかもな)


 バカなことを考えたものだ。俺も犬も血だらけじゃないか。たとえ俺の血でも犬の血でも無いにせよ、こんなザマを見たら、無事でないのは容易に察せる。


 何の表情も浮かばない、のではなく、一切の感情が表情に出ないように自らを律した顔で、母は思いがけないことを訊いて来た。


「仇は取ったの?」


「…………もちろん」


「そう、明日の朝、父さんに車出してもらって、その子を火葬場まで運んでもらいましょう。それまでに別れを惜しんでおきなさい」


「ごめん」


「悔しいわね」


 母は俺の部屋から犬の毛布を持ち出し、段ボール箱に敷くと、そこに犬の死体を横たえた。俺は家に上がり風呂場に行くと、血塗れの衣服を脱ぎ棄て、シャワーで全身を注ぎ、新しい服に着替えた。


 そのまま俺は自分の部屋に上がり、勉強を始めた。何故そんなことをしているのか分からなかったが、今はただそれしか出来なかった。

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