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モレクの後継者  作者: 雨白 滝春
第三章
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第二十話 続・イヌのおねえさん

 俺と母の二人で食卓を囲む。無言の食事


 俺の席の隣でペタンと腰を床に着け、座り込みながらブロンドヘアのカッコいいおねえさんは、カリカリフードを指でつまみながら、ボリボリと食べている。


「はあぁ、犬に戻りてえ」


 この環境に不満があるのではなく、俺の冷ややかな態度がつらいのだ、と言った感じにぼやく犬のおねえさん。


「よし、頑張ってみる。待ってて、飼い主さま!」


 そう言うや食卓を離れ、階段を上がり、俺の部屋へと入ったらしい。しばらくするとトタトタと足音がして、あのゴールデンレトリバーが現れた。


 尻尾をフリフリ、まっしぐらに俺の下へと駆け寄って来る。俺は愛しむ様に微笑んで、犬の頭をさすってやった。


「やっぱりこっちのほうがいいな」


 すると母が、


「その子、人間の姿の方が喜んでもらえると思って、期待してアンタが帰って来るのを待ちわびていたのよ」


「気持ちは分からないでもないけど、その状況が分からない。なんで犬が人間の姿になってんだよ」


「アタシだって知らないわよ。でもアタシ、ホントは息子より娘が欲しかったから丁度いいじゃない」


「なんだそりゃ。父さんには何て言う気だよ」


「変な目で見たら、覚悟しなさいって言うわよ、もちろん」


 本気かも知れない殺気を感じた。犬は首を傾げながら、俺と母の間を取り持つように「クゥ~ン」と鳴いた。


「さ、ご飯、頂きましょ」


 俺は犬に向けて「さあ食え」とうなずいてやると、犬はエサをガツガツと食べ始めた。夕飯を終えるや、俺は自分の部屋へとこもる。


 犬は少しばかり気後れした感じに遠慮しながら、俺の後をついて来た。何だかんだ言ってもコイツにとって飼い主は、母では無くて俺なのだ。


 寝る前まで勉強を続ける。


 犬は相変わらず俺の隣に座りこんでいる。自慢の飼い主さまが誇らしいのか、得意満面に微笑んで、俺の姿を見つめている。


 一時間置きに十分の休憩を挿みながら、十時まで勉強を続けた。風呂に入って歯を磨き、後は寝るばかり。その間、犬は細々と俺の足取りをなぞって行く。


 風呂に入っている間は、風呂場の外で待っていてもらった。コイツの体は昼間洗ってやったし、月に二回くらい洗ってやれば充分らしい。


 うん、まあ本音は人間に化けるとなると、一緒に風呂は色々まずい。これからはどうしたもんかな。自分の歯を磨いた後で、コイツの歯も磨いてやった。


 この犬ホントに一々世話してやる都度思うのだが、何をされても嫌がらず、迷惑がらず、嬉しそうに為されるがまま、大人しく、抵抗しない。


 俺としても、こうなると世話してやるのが楽しいし、面倒くさいと思えない。もっと積極的にかまい尽くしたいが、コイツこれがストレスにならないか、気にはなる。


 母がどういうつもりか知らないが、俺にはコイツが犬の姿でいてくれた方がよっぽどありがたい。さて、寝る段だが、犬用ゲージも無ければ毛布もマットも無い。


 どうやって寝かせたものか。


 俺の心配をよそに犬は、これから寝る時間と言う空気を察して、俺のベッドの隣で伏せてそのまま寝てしまった。


 床では冷えるし、硬くて寝ずらいだろうと思うが、他にどうしてやりようもない。昼間、直ぐに買いに行かなかった俺の不徳のせいだ。


 と思っていたら、母がドアをノックして俺の部屋へと上がりこむ。


「もう使わない、要らない毛布一枚あったから、これを敷いてあげなさい」


 鵬先輩の家庭の事情や、紅山くんの事件の時より、一層自分が無力で知恵の無い子供だと思い知らされる。この街を出て行く前に、もっと成長しなけりゃな。




 翌朝、母と犬は服を買いに行くと言って、出かけて行った。俺は何も考えず、勉強だけに集中。一人で勉強していると、今までには感じたことの無い虚無感が湧いて来た。


 おれ、何のために勉強しているんだろう。おれ、なんでこの全くつまらねー人生を続けるために、努力なんかしているんだろう。


 今まで感じたことの無いと言っていたのに、妙に既視感のある感覚。思い出した。中学の頃、勉強していた時によく懐いた虚無感だ。


 生きていた所で結局、このつまらない人生がいつまでも続くだけだろう、ってヤツだ。中学を卒業した時、この感覚も卒業したと思っていたが、何故か今頃になってぶり返してきやがった。


 モレク師匠や鵬先輩、独楽子さんに会ってそれなりに幸福感に満たされていたはずなのに。確かこれ、心に隙間風が吹いている時、一人で勉強したりすると湧いて来る感覚だったな。


 何が原因だ。直ぐに気がついた。


 となりにあの犬が居てくれないからだ。出会ってからまだ一日、勉強中に一緒に居てくれた時間など、ほんの数時間に過ぎないのに、もう、俺には必要不可欠な存在になっていたのだろうか。


 迫りくる虚しさに抗いながら、かじりつく様に勉強を続けていると、昼近くになってようやく、母と犬は帰って来た。


 母もご機嫌だった。


 犬はまた、人間の姿のカッコいいおねえさんになっていた。これ、母が犬に何かしているんじゃないだろうな。


 いま買って来たと思われるカッコいい衣服を、カッコいいおねえさんは既に着込んでいる。出先でどういう状況だったのだろうか。大いに疑問だが訊くのも野暮だ。


 二人ともとてもご機嫌なので、それに水を差すようなことを訊くのに、尻込みしたのだ。うらやましがっていると思われるのが悔しいからだよっ、要するに!


 昼食は三人で食卓を囲んだ。カッコいいおねえさんも今回はカリカリフードでは無く、俺たちと同じ普通の昼食をとった。


「うめーえ。これスゲ―うめーえ」


 を連呼していた。


 午後、再び勉強開始。


 勉強中、おねえさんが俺のとなりで俺を見つめている。なんだかとてもキラキラした瞳をしている。犬の時と同じ瞳だ。


 二時までその状況を続けていたが、俺が耐えられなくなり状況の変化を要求した所、おねえさんに散歩に誘われる。


 家から徒歩二十分ほどの場所に、周囲約一キロ半の中々歩きごたえのある池がある。公園として整備されており、藤棚三十本、梅園三百八十本、さくら千三百本、池にも蓮の花が咲き誇る侮れない花の名所だ。


 この季節、すでに桜も散ってしまっているが、新緑の青葉の繁りの下を歩くのも悪くない。俺とおねえさんはそこへ向かった。


 ウカツ、ここは地元の中の地元だ。


 学校では鵬先輩とつき合っていると思われているので、最近、俺の知名度はおかしな具合に上がっている。


 うちの学校の生徒に見つかるとこの状況はまずいが、ブロンドヘアのおねさんは俺とガッチリ腕を組んで離れてくれない。


 カッコいい顔をデレデレさせている所なんかは、まあ、えらく可愛いんだが。そのおねえさんは、


「私、十歳くらいなので犬にしてはもういい歳なんですけど、あと十年くらいは生きられるのでよろしくお願いします、飼い主さま」


「犬年齢で十歳って言ったら、中年くらいじゃないのか。君、見た感じ二十歳くらいだけど」


「この姿の時の年齢と、犬年齢、関係無いんじゃないですかね」


 一体、何者なんだろう、この犬のおねえさんは?


「って、生きられるの後、たったの十年⁉」


「もっと短いかも知れません」


「その間に、かなえたい夢とかある?」


 なるべくならかなえてやりたい。


「そうですね。飼い主さまが誰かと結婚なさって、飼い主さまにお子様が生まれたら、お仕えしたいです」


「何それ⁉」


「犬にしてみれば、ご主人様のお子様といったら、至高の存在ですよ?」


(あと十年以内………… 何とかなる!)


「おれ、この街を出る時、お前を連れて行くよ」


「はい。お母さまと離れるのは残念ですけど、連れて行ってください」


 ブロンドヘアのカッコいいおねえさんは、腕を組むと言うより、俺の腕に抱き着くような形で散歩を続けた。

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