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モレクの後継者  作者: 雨白 滝春
第三章
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第十九話 イヌのおねえさん

 エサ皿に乾燥エサを適量もってやる。ガツガツと凄い勢いで喰いついた。結局、コイツはエサが欲しくて俺に懐いて来ただけだったのか。


 そうかも知れないが、これだけ嬉しそうに俺の差し出すエサを食ってもらえるなら、それはそれで俺も報われたと言う気がする。


 それに、どうもこの犬が俺に向けるあの多幸感に満ち溢れた表情が、「これでエサがもらえる」と言っている顔には、どうにも結びつかないのだ。


 一気にエサを食べ尽くした犬。


 今まで余程、飢えていたらしいが、急にこんなに食べさせて大丈夫なのか、またも今さらながら心配になる。もっと欲しそうだが、今の所はここまでにしよう。


 飼い方の計画だが、朝起きたら学校に行く前にこいつの散歩につき合おう。散歩から帰ってきたら、一回エサやりと。夜はモレク師匠の下から帰ったら、一回散歩とエサやり。


 それでいいだろう。


 問題は俺が学校に行っている間のことだ。専業主婦の母の世話になるしかない。前々から、柴犬が飼いたいだの、ウェルシュコーギーが飼いたいだのと言っていたが、父親がウンともスンとも言わないので不満を募らせていたくらいだ。


 欲しかった犬種よりずいぶん大きくなっちまったが、まあ、協力くらいしてくれるだろ。


 うん、そうか。夜こいつはどうやって過ごすのか。寝そべるための、犬用マット(あるいは毛布)と夜はケージに入れておくモノらしい。ホームセンターで売っていたな。


 また改めて買わねば。


 俺は趣味も無く、遊ぶ習慣と言ったものも無かったため、この歳まで親からもらった小遣いをほぼ全額ため込んでいる。


 となり街の映画館や美術館めぐりに、犬を飼うための必需品くらいの出費でも、まだしばらくは何とでもなるのだ。


 コイツとはこれから長い付き合いになる。今すぐ構い倒したい気はあるが、焦ることもあるまい。まずは俺の日常とコイツの性活習慣を、噛み合わせる所から始めて行こうか。


 そんな訳で、俺はコイツを横に座らせたまま机につき、勉強の続きを開始した。


 静かだ。ビックリするくらい大人しい。だが激しく尻尾を振っている。気にするな。勉強に集中しろ。チラッと横目で犬の顔をうかがう。


 俺の思い込みやカン違いでは無い。あれは明らかに尊敬の眼差しだ。勉強している俺をこの犬は、憧憬の目で見つめている。


 なんだか励まされている気分になった。猛烈に勉強に打ち込んだ。普段の三倍の速度で問題集をこなしていく。その間、吠えもせず、身じろぎさえしない犬。


 ジッと座ったまま、自慢の飼い主の勉強に打ち込む姿を、尻尾だけを振りながら熱い眼差しで見つめている。子供たちの声援を受けるヒーローの気分で勉強に闘志を燃やす。


「はかどるうぅぅぅ」


 コイツの前で、情けない姿は見せられないぜ。きっちり四時まで勉強に集中しきった。自分の部屋を出て、夕食の支度を始めた母の下に犬を連れて行く。

 

いきなり見知らぬ大型犬を紹介された母は、驚くでも無く。


「ペットの幸せは、飼い主次第なのよ」

 

 肝に銘じます。早速で悪いのですが、今から出かけるので犬の留守番お願いします。おとなしい犬なので、食事の支度の邪魔は致しません。


「この部屋で静かに待ってろよ」


「クゥワン」


 ちょっと寂しそうだけど、「任せてください、ご主人」とはり切った感じで一声鳴いた。師匠の下へ行くのに、犬は連れて行けない。遊びに行く訳では無いのだ。


 俺の魔術の修行もそうだが、本気で勉強している鵬先輩もいることだしな。例によって愛用自転車『チネ〇・ブー〇レッグロイ〇ルラッツ』を駆り、白藤の滝を目指す。


 ただし今の目的地は、白藤の滝から農道伝いに徒歩二十分ほどの距離にある、葉梨神社だ。海まで見える高さの、岡の中腹にある古びた社、そこの亭で師匠と鵬先輩は目下勉強中だ。


 着いてすぐ、俺の気配を察した鵬先輩は、一瞬だけ嬉しそうな顔をした後、表情をくもらせ、


「他の女の匂いがする」


 こわっ。って言うかなんで?


「鵬くん、これは犬の匂いだね」


 師匠の慧眼に脱帽。って、いや、師匠も怖いよ!


「いま俺、拾った犬の世話をしていて。出来ればそのまま飼いたいんだけど、飼い主が探していたら返さなければならなくて。警察や動物病院ではまだ、捜索願いは出てないらしくてさ」


「ああ、なんだ。犬ですか。へえ、どんな犬ですか」


 鵬先輩、自分では飼うつもりは無いが、動物自体は嫌いではない、と言うよりも、やや積極的に興味があるらしい。

 

 ここまで連れて来るのは、散歩と言うには遠すぎて、幾らなんでも無理があるだろう。その内、鵬先輩とも会える機会があるといいな。


「飼えるといいね」


 モレク師匠も動物を飼うことを、どういう理由かは分からないが勧めてくれた。先輩は勉強をここまでにして、俺と一緒に魔術の修行へと入る。毎日の日課だ。


 最近では、モレク師匠に会うのが目的なのか、魔術を身に付けるのが目的だったのか、目標が漠然としだしている。日常化するとはそういう事でもあるんだな。


 悪い事とは思わない。一時間程度をそうして過ごし、鵬先輩を送りながら帰宅の途に就いた。ある意味、充実した時間の過ごし方である。


 モレク師匠の下から自宅へ帰ると、居間で、(誰だろう?)ブロンドへアの長身でカッコいいおねえさんが母と一緒にテレビを見ていた。


「あっ」


 俺に気づいたおねえさんは、トテトテと俺の下へと駆けよって、見覚えのある表情で、


「お帰りなさい、飼い主さま!」


 俺の足元にペタリと座り込んで、俺の目を真っ直ぐに見上げながら、とても嬉しそうにそう言った。いま気がついたが、この人、母の服を着ている。


「アンタの連れて来た犬、人間になったわよ」


「は?」


「はい、飼い主さま」


 何を言っているのか?


「…………」


「飼い主さま?」


「今日、父さん遅くなるそうだから、先に夕飯、頂きましょ」


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