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モレクの後継者  作者: 雨白 滝春
第三章
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第十八話 真命の主君

「ついて来るか?」


 ひとしきり撫で終わった後、絶対について来てくれると確信し、歩きながら自転車を押しつつ、その場を離れる。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 弾むような息遣いと、全力で尻尾を振りながら、俺を見上げつつ、迷いもためらいも無く俺のすぐ後ろをご機嫌な歩調で付き従う、ゴールデンレトリバー。


「まずは首輪と犬用リード、それからエサか。ノミ取りシャンプ―もいるかな」


 立派な体毛を洗ってやりたくなった。毛に絡まった木の枝の類は、完全に毛に絡みつき、ほぐしたぐらいでは取れそうに無い。


 枝先やらが刺さって見るからに痛々しい。可哀想だが、毛ごと切ってやるしか無さそうだ。歳のせいか、少しくたびれた感じはあるが、それでも中々に立派な毛並みをしている。


 なるべく綺麗にしてやりたい。


 俺はコイツと、そのまま近所のホームセンターを目指した。私の記憶が確かなら、捨て犬の場合、警察に通知して一定期間内に飼い主が名乗り出なければ、拾得物同様、自分に飼う権利が得られるのだったか。


 捨て犬か、ただの迷い犬かの判別が難しく、気をつけないと窃盗の扱いを受けることもあるという話しもあるそうな。


 一度近いうちに動物病院にも連れて行って、動物愛護センターに一報入れてもらって、体調管理や健康診断、予防接種の話も聞いておくか。


 飼い主が探しているなら、その辺に連絡が回っているはずだ。ただ、何となく、コイツとは運命の繋がりを感じるな。コイツの方でも、俺をご主人様と思っているとしか思えない。


 今も俺を見上げるその顔は、喜びに満ち充ちている。さて、帰ってからあの事なかれ主義の両親を、どう説得してやろうかな。



 ホームセンターにたどり着いた。犬にもずい分歩かせたが、疲れた様子もなく、相変わらずご機嫌な調子。自転車を置いた場所で、ここで待ってろをどう伝えた物か、今さら悩む。


 一度捨てられた犬は、『待て』が出来ないと言う、都市伝説を聞いたことがある。飼い主に置いて行かれると、また捨てられてこのまま置き去りにされるのでは、と言う恐怖から、『待て』が出来ないという話。


 さすがに都市伝説に過ぎず、犬を美化しすぎだろうと、その話を聞いた時には思ったが、いざこの犬をここに置いて行く立場に立ったら、何だかつらくなって来た。かと言って店内は連れて行けない。


「待て」


 頭をさすりながら命じると、キチンと犬座りをする。


「伏せ」


 ついでに試してみると、またもきちんと、体を腹這いに伏せた。そのまま伏せさせて、店内へと向かう。


「クゥ~~ン」


 振り返って見ると、とても悲しそうな顔で、とても悲しそうな声を上げた。


「ニカァ」


 今度は俺が満面の笑みを浮かべてやった。


「ニカァ」


 とコイツも笑って返した。


 店内のペットコーナーへ真っ直ぐに向かい、可能な限りの全速力で必要な物を買いそろえ、犬の元へと戻る。エサ皿とイヌ用歯ブラシも追加した。


 エサはカリカリフーズとジャーキー、食べてくれるだろうか。缶詰の方が好かったかな。戻って来た俺の姿を見つけるや、待ちきれないと言わんばかりに駆け寄って来てくれた。


 飛び跳ねつつ、俺の周りをグルグル回る。待たせたご褒美に、さっそくジャーキーを一本あげる。空腹だったらしい。見事な勢いで食べ尽くす。そのまま五、六本食べ続けた。


 まあ、何はともあれ、ようやく我が家へと連れ帰った。玄関を開け宅内に入ると、俺の足元をすり抜け、ゴールデンレトリバーは真っ直ぐ我が家のトイレへと駆けこむ。


 そこがトイレだと分かっていて駆け込んだ動きだった。ならば何故、そこがトイレだと分かったのか。家の構造から読み取ったのか、噂に聞く犬の嗅覚と言うヤツか。

 

 そしてなぜこの犬はそんな所に駆け込んだのか。


 ピシャリッ、と、犬はトイレの引き戸を閉める。五分間、俺は玄関で立ち尽くし、犬の行方を待ちぼうける。


「ジャーーー」


 水洗トイレを流した後、自分でドアを開け、サッパリした表情で犬は姿を現した。しつけの域を超えている。この犬がただの利口な犬では無いことに、俺はようやく気がつき始めた。


 気を取り直して、犬の世話を開始する。


 まずは毛が絡みついた木の枝や草の種を、ハサミを使って毛ごと切り取る。なるべくみっともない毛並みにならないよう気をつけながら切り落としていくが、素人の悲しさ、ちょっと可哀想な見た目に。


 まあ、その内また生えそろうか、許せ、犬よ。


 それから浴室に連れて行き、シャワーで温水を掛ける。何度位が適温なのか分からないため、取りあえず三十七度ほどの温水を毛に馴染ませる。


 ノミ取りシャンプーを首の後ろにかけ、そこから全身を泡立てて行く。全身が泡にまみれた辺りで再び温水シャワーで洗い流していく。


 正直、これが正しい洗い方なのか全く自信は無い。でたらめに洗っているだけだ。それでも犬はその間、大人しく為されるがままジッとしている。


 顔色をうかがうと、迷惑そうな色はせず、相変わらずご機嫌な色を浮かべている。泡をすべて流し終えた後で、水を切りながらタオルでガシガシと全身を拭く。


 この段階まで来てやっと、犬の毛をすくブラシを買い忘れたことに思い至る。よく、犬にドライヤーをかけて毛を乾かす所を見るが、やり方が分からない。下手に熱風を浴びせたら火傷させかねない。


 うまくやれば喜んでもらえそうだが、自信が無いのでやめおく。タオルで拭くだけでも乾かせるだろ。寒い季節が来る前に、ドライヤーのやり方を覚えておこうと思った。


 そこで後は、俺の部屋へと連れて行く。今日からここが、この犬と俺の共同生活の場になる訳だ。

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