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モレクの後継者  作者: 雨白 滝春
第三章
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第十七話 放浪の騎士

「へへへ、それで岳君はどっちを選ぶの?」


 アンタだよ。


「わーい」


 師匠は一体、俺のことをどう思っているんだろうか。


 結局、鵬先輩との外出は、何者かの作為によって設けられた七十二通りの試練をくぐり抜けるハメになった。すべての試練を二人で乗り越えた果てには、鵬先輩、俺にメロメロになっていた。


 その時、二人の後ろの街路樹の植え込みに潜む、何者かの歯ぎしりの音が響いたが、聞こえないことにした。

 

 向かった先は県立美術館だったが、どうもその時、興味のある展示企画をやっていなかったので、常設展示のロダンの彫刻を鑑賞する。


 それから隣の県立図書館に移動し、俺と鵬先輩の共通の趣味であった吉川弘〇館を借り合い、戦国大名今川家の領国経営について盛り上がりながら語り合った。


 その後は美術館裏の遊歩道を歩きながら、ノラ猫に遭遇。二人してノラ猫相手にはしゃぎ回った。鵬先輩とのお出掛けは、おおむねそんな感じだった。


 帰り際、駅前で独楽子さんと『偶然』遭遇し、鵬先輩と独楽子さんを紹介し合せ、新しい人間関係が成立する。


 その際、果敢な攻めてに出る独楽子さんは、「ゴールデンウィーク、二人で出かけませんか」と何もわざわざ鵬先輩の前で誘わんでも。


 と思ったが、先輩が余裕の態度で「行ってあげなさいよ、稲富さん」と言うので、まあ、そうでなくとも断らなかったような、何と言うかな。


 その時、鵬先輩の目の中に、底知れぬ闇が広がっている様に見えたが、気のせいだろうか。独楽子さんの瞳の奥にも煮えたぎる何かを見た気がする。気のせいだろう。


 うん、うん。鬼とハーフヴァンパイアに好かれる日常も悪くは無いなあ。そうしている間にゴールデンウィーク初日を迎えたこの日、独楽子さんと出掛けることになった。


 この日、どこをどう回ろうか、俺は俺なりにずい分悩んだ。元より遊び歩くような習慣など無く、モレク師匠、鵬先輩と来て、次のプランが手詰まりになったのだ。


 でも、初めて会った時、確か映画に誘われたし、この際、モレク師匠の時と同じコースを回ればいいか、と、果たしてそれは不誠実に当たるのかどうか、割と真剣に悩んでしまった。

 

 いっそ、俺の地元の映画館に誘ってこの街を案内してあげられたらとも考えたのだが、この街ホントに何も無いんだよね。


 それに隣街の方なら、独楽子さんの方が詳しいだろうし、案内してもらうつもりでそちらにしようと意を決した。


 例のバスターミナルを待ち合わせ場所にし、観賞する映画だけ師匠の時とは別にし、その後はのんびり、街の中を回った。


 街を回っている間、偶然にも雨乞日向くんに出会い、その時、独楽子さんが謎の呪文を唱えると、それ以降、彼に出会うことは無くなった。


 ええ、楽しかったです。はい。


 五月に入れば中間テストが待っているので、ゴールデンウィークの残りの時間は勉強を中心に過ごすことになりそうだ。


 それでも一日一時間はモレク師匠の下で、魔術を習う習慣を確保する。鵬先輩は勉強も師匠に付きっ切りで見てもらっているので(受験生だし)、俺も邪魔は出来ないのだ。


 勉強に根を詰め過ぎた時の息抜きには、近所の河川の堤防沿いを自転車でかっ飛ばすことにしている。


 これはそんなある日のことだった。


「調子に乗っていられるのも、この辺りまでだろうな」


 つぶやいたのは狭い路面の堤防の上でだ。鵬先輩と独楽子さん、いつまでもこのままの調子じゃいけないだろう。いい加減、俺も態度をハッキリさせなきゃな。


 俺が選ぶのはモレク師匠、俺はそうはっきりと決めているのだが、肝心の師匠が何を考えているのか分からない。これであっさり師匠に捨てられたりしたら、目も当てられない。


 だからと言って俺を見捨てる可能性の低い、鵬先輩か独楽子さんを選ぶと言う打算的な選択も出来ない。そもそもあの三人は互いに他の二人の存在を、どう思っているのか。


 何だかこのまま三人一緒でもオッケーみたいな態度だが、さすがにそんな訳には行かないだろう。しかしこの状況、あらためてあり得ない。


 ふと我に返ると、俺が勝手にカン違いしているだけなんじゃないか、とそんな気しかしてこない。でも、鵬先輩からはプロポーズされた記憶が確かにある。独楽子さんからも結婚してください、と確かに言われた。


 モレク師匠からは師弟の絆を結ぼうと確かに約束している。


 あれ? 師匠だけ俺のカン違いじゃないか? 師匠から俺に好意を向けていると言われたことが、そう言えば無いな。


「でも俺、やっぱり師匠が一番好きだし、しょうがないよな」


 いくら悩んでも、所詮、結論は出ている。惚れた以上、負け戦は覚悟の上だ。と、その時。


「ガサ、ゴソ」


 雑草の生い茂る草藪の中から、何かが顔をのぞかせている。


「お、おまえは、ゴールデンレトリバー⁉」


 犬だった。目が合った。


「ニカァ」


 極上の笑みを浮かべながら、真っ直ぐなそのまなざしは、俺の目を射抜く。少しくたびれた毛並みの、大型犬の成犬。長く、あちこちカールした体毛に、木の枝やら草の種やらが絡みつき、不自由なことになっている。


 首輪はしていない。今すぐ逃げて来たのではなく、しばらく彷徨っていた風がある。あるいは………


(捨てられたのかな)


 その瞳には陰りが一切なかった。曇りのない瞳で、とても嬉しそうな顔で、必死で尻尾を振りながら俺を真っ直ぐに見つめ、決して視線を逸らさない。


(噛まれるかな)


 俺も迷いなく手を差し出してみた。犬は草藪から這い出て、俺の差し伸ばした手に、自分の頭を擦り付けて来る。俺もたまらなくなって、自転車から降り、両手で犬の頭部を包む様に撫でまわす。


「かくして、仕えるべき主を求め、諸国をさすらう放浪の騎士は、ついに真命の主君に出会ったのである」


 意味の無いナレーションを言ってみた。

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