第十五話 真犯人
直ぐ目の前に、うずくまる人の気配を察して思わず驚く。相手も突然、俺が目の前に出現したことに、驚いた様子だ。ペンライトで相手を照らす。
やはり独楽子さんだった。
口には布テープを貼り付けられ、両手を後ろに回して、細いワイヤーで縛られている。さすがにこの状態では、鬼の異能を以てしても自力では逃れられないらしい。
「独楽子さん。俺、岳だよ。助けに来た」
モゴモゴとうめきながら抵抗していた独楽子さんは、俺のその一言で落ち着きを取り戻した痛まないようにゆっくりと布テープをはがしていく。
両手両足を縛るワイヤーは、簡単に巻き付けてあるだけだった。ペンライトを口にくわえて照らしながら、手足に傷がつかないように解いて行く。
解放された独楽子さんは、飛び跳ねるように俺に抱き着いて来た。動揺が鎮まるまでは、事情を聞けそうにないな。ペンライトで周囲を照らしながら、状況を探る。
ここはどうやら営林用の物置らしい。明かりも無く真っ暗だ。震える独楽子さんをうながして、倉庫の外に出る。辺りは林の中だった。
「アイツがどこに行ったか、分からないかな」
そうそう、悠長にもしていられない。真犯人は俺の予想通りの人物だったのだ。恐らく独楽子さんを人質にして、紅山くんを呼び出す気だろう。
呼び出してどうする。
独楽子さんを人質に取り、手出しの出来なくなった紅山くんを痛めつけたとして、それで自分の立場がどう変わると言う訳でも無いのに。
そんな事をしたとして、その後自分がどうなるのか、どうしたいのか。
今のアイツは、紅山くんに劣等感を味合わせ、自分に優越感を与えたい、それだけに囚われて、半ば、まともな思考力・判断力を失っているのだろう。
そんなヤツが、無抵抗の紅山くん相手にどこまでやるか、アイツ自身の為にも、一刻も早く駆けつけて止めなくては。
独楽子さんを人質にして紅山くんを呼び出すとしても、わざわざこの場所に呼び出す必要は無い。
「さて、どこを探せばいいのやら」
「アイツ、この先の神社へ兄貴をおびき寄せるって」
暗い林の中を見回しながら、俺はつぶやく。
「行き先を告げたのは、まだ、誰かに止めて欲しいって気持ちがあるからか。独楽子さん、怖いだろうけど、そこまで案内して欲しい」
「人間になるのを拒んだのは、次代の棟梁の座を守るためかっ。お前は昔からそうだ、バカのフリして利口に立ち回って――――」
「なに言ってんだよ。棟梁の座なんて、欲しけりゃ誰にだって譲ってやるさ、そんなモン」
「どこまで………、どこまでもバカにしやがって―――」
俺と独楽子さんが駆けつけた時、すでに舌戦の戦端は、切って落とされていた。
「なあ、アンタさァ」
神社の境内をうっすらと照らす照明灯の下に、俺と独楽子さんが現れると、俺たちに背を向けて立つ紅山くんが、待ってたぜ、と言うような顔で振り返り、その先に立つこの事件の元凶は、驚きと言うより絶望的と言えそうな顔で、その身を硬直させる。
俺はそのまま進み、紅山くんを追い越し、その人物の間合いに入った辺りで、言葉をつなぐ。
「アンタさァ。アンタのそれ、ただの学歴コンプレックスだろ、大暮佐津礼くん」
俺自身も紅山くんに対して懐いた妬み、紅山くんが自分よりよっぽど学力の高い高校に通っていた事実。それまでどこか下に見ていた相手が、自分より高い学歴を持っていた事実に覚えた、自分の歪んだ感情。
俺は最初、その感情を見過ごしていた。自分の中にそんな気持ちがあると気づきもせず、つまらない冗談のように受け流していた。
それは、俺にとってはそれだけで終わった。だが、彼は、
「う、ぐっ、っく、嗚呼ァアーーーーーーーーーーーー」
大暮佐津礼くんの容姿が変貌をとげる。般若の様に表情が引きつり、額から二本の角が生え、全身の筋肉が膨れ上がる。平安絵巻や室町草子に伝わる『鬼』その物の姿となった礼くん。
「ああああァァァァーーーーっ」
痛みを訴えるような叫び声と共に、礼くんは大きく振りかぶったモーションで俺に殴り掛かる。
間一髪の差でその大振りの拳の下をかいくぐり、鬼と化した礼くんの懐へと飛び込んだ俺は、渾身のボディブローを叩き込む。
「ぐぅふァっ」
「かっ、てぇーー」
鉄板でも叩いたような手応えだったが、一瞬相手が息を止めてくれるほどの打撃ではあったようだ。ここで畳み掛けなきゃまずい。間髪置かず、礼くんの鳩尾へと正拳突きを打ち込む。
「ォぐァっ」
さっきと同じ手応え。相手はまだ潰れない。次、これで潰せなければ俺の負けだ。脚を屈め、腰を落とし、目線の先に見えている礼くんの顎先に、最後の一撃、アッパーカットを叩き込んだ。
「グ、むっウ」
くぐもったうめき声と共に、怨念に憑りつかれた鬼は、ついに崩れ落ちた。