第十三話 推理
「鬼は一切の存在の痕跡を残さずに動けるんだよ。だからあの人たちの犯行だとしたら、物的証拠も状況証拠も出て来るはずがないんだよね。
あとは被害者供述を待つだけ、だけど、鬼は他人に化けることも出来るからねえ。だからあの人たちの誰かが犯人だとしたら、目的は、仲間の誰かに冤罪を被せることかな」
「そんなことある訳が…………」
あんなに気のいい仲の良かった彼らのことを、師匠が平然とそんな風に語るのが、俺には許せなかった。モレク師匠がそんなことを言う人だってことが、俺は許せないと思った。
「犯人は鬼の誰かだよ。街中で突然重傷を負った被害者が見つかるなんてこと、常人の為せる技じゃ無いよ。その間の目撃者も証拠も何も無く、そんなことが出来るなんてね。
でも、鬼の隠里の人達には、彼等も含めて、そんなことをする直接的な動機は無いでしょ。仮に恨みがあったとしても、絶対にそこまではしない。鬼の力を揮える彼等には、そこまでする程の怨恨や脅威を買いようが無いもんね。
事実、鬼がそこまでやったなら、それはその罪を誰かに着せる為以外には無いんだよ。そして恐らくその誰かは、同じ鬼の里の誰かなんだよ」
師匠の説明の中で、最後の「鬼の里の誰か」と言う部分だけ、納得のいく理由付けがされていない気がした。そしてその部分こそが、一番確信的に語られていた。
確かに被害者が発見されたのは、人通りの激しい市街の真っ只中で、突然見つかったと言っていた。とすれば、犯行現場も確かにその場だろう。
他所から運んできたとは考え難い。そんな場所で目撃されることも無く、そんなことが出来るのは実際、彼らくらいかもしれない。
その動機が、その罪を別の誰かに着せる為で、直接、被害者への恨みが動機では無いと言うのも、まあ、そうかも知れない。
だが、あの紅山くんと五人組が、そんな事をするヤツラだとは、どうしても俺には納得がいかなかった。
あるいは偶然、そういう鬼の様な異能力を使える別の怪人・悪霊の類が関わっている可能性だって、皆無じゃ無いだろう。
「うん、そうかも知れない。その可能性もあるかも知れない」
意外にあっさり師匠は認めた。
「でも、始めから考えてみようか。まず真犯人。この人は異能の技を使える。そして証拠も残さず、誰にも目撃されずに、被害者に重傷を負わせた。
そしてその際、異能の技で別の誰か、例えば紅山くんに化けて犯行を行ったとする。当然被害者は紅山くん(仮)にやられたと供述する」
そうなったら、お終いじゃないか。
「いや、でも紅山くんにだって、アリバイくらいあるだろうし、第三者がそれを証言してくれれば、被害者供述より強い根拠になるかも知れない。
そして物的証拠は何も出ない。それは紅山くんが犯人だと証明できない事で、同時に犯人では無いとも証明できない。その場合、無いことを証明する方が難しいのだから、紅山くん有利に傾く」
師匠はいつもより生真面目な口調でそう説明した。
「でもね、どっちみち、こんな事件に巻き込まれた時点で、仮に紅山くんとしたけど、その罪を着せられる誰かの今までの生活は、破綻しかねないよ」
そうだ。暴力事件、傷害罪の容疑者なんかにされてしまったら、それがあの隠里の誰か、紅山くんや五人組だったら、たとえ容疑が晴れても、彼らの今まで通りの高校生活は、確実に失われてしまう。
「助ける方法はあるよ。真犯人を一刻も早く見つけ出して、自首させる。自白そのものは証拠として一番弱いけど、自供通りに物的証拠が見つかれば、そして罪を着せようとした人に化けた、まあ、変装したとでもしておけば、ついでに真犯人のその日、その時の行動を裏付ける間接証拠でもあれば、充分、冤罪を晴らせるはず」
それを被害者供述の前に、果たせれば。行ける!
「それで、肝心の真犯人。仮に紅山くんとか勝手なこと言ってたけど、実際には真犯人が誰に冤罪を被せたかったのかは、分かって無いんだよね。それがまず分からない事には、動機を探りようが無い。
しかも今私が説明した通りだとしたら、真犯人の目的は、冤罪だとバレて、単にその人の今までの生活を破綻させるだけでしか無い。仕出かした行為に対して、結果があまりにも小さすぎるんだよ」
確かに、極端なまでにそうなるな。
「逆に、そんな小さな報復でもいいから陥れたい程の、根深い恨み、強い動機なのかも知れないね」
もしかしたら、と師匠は続けた。
「もしかしたらこの事件、これで終わりじゃないのかも。真犯人はまだこれから何か仕掛けて来るんじゃないかな」
師匠に任せっぱなしには出来ない。俺も必死で考えた。
いま、俺が彼等、鬼の里の住人、特に紅山くんと五人組に接触を持つのは、真犯人を挑発する結果に繋がりかねない。この事件が起こったことと、俺とモレク師匠の存在が、無関係では無いかも知れないからだ。
誰か、あの里の住人に、いま師匠から聞いた説明を伝え、俺と協力関係を結んでくれる協力者が欲しいが、その話を誰に持ち掛ければいいか。うっかり真犯人自身に話を伝えてしまったりすれば、間抜けもいいところだ。
明らかに真犯人で無く、紅山くんと五人の動向が探れて、俺に協力してくれそうなあの里の人物。
そりゃあもう、独楽子さんだよな。
生身の人間相手に鬼の力を奮うようなヤツが相手だ。独楽子さんと言えど身の安全は保証できない。これからまだ何か仕掛けて来るものとして、それを元に犯人を特定するより他は無い。
真犯人をそれまで泳がせておく訳だ。
そして何か動きがあり次第、独楽子さんから連絡してもらう。その時は即座に、そうだな、師匠のあの魔方陣を使った空間跳躍術で、独楽子さんの下まで送ってもらおう。
「いいよ。私も全面的に協力するね。私もこの犯人はちょっと許せないかな」
師匠もそう言ってくれるのは嬉しい所だが、もしかして師匠、もう動機から誰が犯人か予測が立っていませんか。
「うん、でも岳君に任せるよ」
やっぱり俺には、師匠がなにを考えているかが、全く分からない。けどそこがモレク師匠の最大の魅力だ。女はミステリー。
「けど岳君、ちゃっかり独楽子くんの連絡先、手に入れてるんだねえ」
「コマ子さんて、誰ですか」
鵬先輩、いたんだった。