第十一話 隠里の五人
日本固有の呪術には、四つの系統が有る。
神道
陰陽道
真言密教
修験道
この内、陰陽道は中国大陸から伝わった呪術を、わが国で独自編纂し直したもの。
真言密教に至っては、遣唐使の空海さんが海の向こうで仏教と勘違いして学んで来て、日本に伝えてしまった、バラモン教呪術だそうだ。
が、実はさらにそれらより古い、この国で発生したシャーマニズム呪術として、『鬼道』という物があるらしい。
修験道とは鬼道と真言密教が融合して、山岳信仰となった物であるそうな。
歴史上の人物だと、邪馬台国の女王卑弥呼と、修験道の開祖・役小角が鬼道の使い手だったらしい。
そしてモレク師匠もその『鬼道』の使い手なのか。
あれ、でも楷兄妹、その鬼道とやらのこと、知らないみたいですよ、師匠。
やがて、何も無いバスの停留所で降り、追分道を上りの農道へと上がって行く。
ここから徒歩・一時間。侮れない距離だ。
楷兄妹は毎日この道を通って学校に通っているだけあって、一時間登り坂を歩くくらい苦でも何でも無いらしい。
師匠もはなから超人だからいいとして、毎日放課後、白藤の滝まで通っている以外、体育の授業のみが唯一の運動と言う俺には、難儀な話であった。
「稲富さん、そんなんじゃ将来、うちの村の婿さんには成れないですよ」
俺の人生にそんな予定、あったかな。
独楽子さんは小鳥が歩く時の様な、ピョコピョコとした足取りで進みながら、俺の人生設計の段取りを建てているらしい。
そしてついに、山沿いに拓けた農山村へとたどり着く。意外にも千人以上は住んでいそうな、比較的大きな集落だった。
さらに意外なのは村の規模だけではなく、住み暮らす人々の年齢層が、偏りなく平均化されている事だ。
年寄りばかりでなく、子供ばかりでなく、はたまた十代から五十代くらいまでの年齢の人々も、ほぼ同人数ずつ生活しているように見受けられる。
鬼の里と聞いてはいたが、紅山くんのような凶相を具えた人物は、今のところ見当たらない。皆、人の好さそうな顔をした、山里の穏やかそうな人々だった。
何より意外な点は他にもある。この村の中で紅山くん、実はとても村民たちから慕われているらしいのだ。
道端で出会った村人たちが皆、紅山くんに親し気に挨拶とお辞儀をして行き、対して紅山くんの方は「おう」と、ぶっきらぼうな返事を返すのだが、誰からも頼りにされているのが見ていて分かる。
部外者の俺たちを連れて歩いている事にも、誰も紅山くんに事情を訊ねようとしてこない。しばらく行くと農山村には珍しい、庄屋構えの屋敷の前に出た。門前には十代後半から二十歳前くらいの年齢と思しき若者、五人がたむろしていた。
「あ、紅山さん、ウィっス。誰スか? その二人」
紅山くんに挨拶と質問を投げかけたのは、五人の中では一番背の低い、と言っても百六十八センチ辺りだろうか、な、俺や紅山くんと同じ、高校生くらいの歳の少年だった。
「このモレクさんは俺たちと同じ、人間じゃ無い方だそうだ。事情がありそうだから親父に合わせようと思ってついて来てもらった」
「へ、へえ。確かになんか、凄そうっスね」
どうやらこの五人組より、紅山くんの方が一枚格上らしい。
「じゃあ、そっちの野郎の方は、誰なんスか?」
相変わらず会話役はこの少年一人が務めている。そしてこの質問に俺が何んと答えようかと考えていた所、独楽子さんがモジモジしながら、
「私の、その、なんて言うか、んと、大事な人……」
「「「「「なにいーーー」」」」」
「みんな、仲良くしてよね」
紅山くんは俺の大事な人であるモレク師匠を連れて、屋敷の中へと入って行ったが、俺はここでこの五人の明らかに不良っぽい青年たちと、今後の相談をしなくてはならないらしい。
きっとこれも師匠の為だろう。頑張って彼等と打ち解け合おうじゃないか。
俺はどうも、こういう田舎の不良と言うのが分からない。 こんな何も無い所で悪ぶっているより、東京とか刺激的な都会の街へ出た方が、楽しいんじゃないだろうかと、思うが故に。
地元を離れたくない愛郷心にせよ、単に怖くて都会に行けないにせよ、悪ぶっているのと裏腹な所が滑稽に思えるのだ。
のみならず、こういうスタイルを気に入ってやっているだけなら、何も周りの人に威嚇的な態度をとる必要は無いはずじゃないかと言う、反感も少しは持っている俺だった。
だが、話してみると意外と彼等、気のいい人たちだった。どうやら彼らは、独楽子さんを怒らせたくないらしく、一歩俺に気を使ってくれる。
何より意外だったのは、彼らがユーモアのセンスに長じていたことだ。
俺の方では特に話を振ることなく、ただただ、ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げていればよかったので、話題に事欠くことも無かった。
彼らにしても、自分たちの冗談でここまで笑ってくれる人が今までいなかったのか、えらく上機嫌で笑わせて来るのだった。
話を聞いているうちに、彼ら五人がそれぞれどういう人物かと言うのも、次第に見えて来た。
まず初めに、紅山くんに挨拶と質問をして来た例の少年。紅山くんと同じ十六歳で、大倉 高丸くんと言うらしい。
中途半端に刈り込んだ髪が、イガグリの様にツンツンと跳ねている。本来、愛嬌のある顔を目一杯、悪そうに頑張っている。このメンバーの中では、会話役を請け負っているらしい。
次にこの中では一番、鬼っぽい感じの人、小金沢 源次郎くん。鬼っぽいという、具体性の無い表現だが、何と言えばいいのか、とっぽい鬼、としか説明できない容姿なのだ。
粗暴な感じは無く、実は人一倍慎重な人で、実際、仲間から臆病者とすら揶揄されている。鬼っぽい割に案外と大人しい人だが、本当は一番強情な人かもしれない。
百八十センチの長身。十七歳。
それから大暮佐津 礼くん。
眼鏡をかけていて、真面目そう、物堅そうだが、悪そう。細い髪をサイドバッグにしている。不良インテリと言えば、ピッタリはまる。細い目を細めて、機嫌の悪そうな表情をしている。
五人の中では最年長の十八歳だそうだ。この人も百八十センチの長身。見た目のイメージ、主義・信条にはこだわりがありそうだ。
そして次は、雨乞 日向くん。
この中では一番整った顔立ちだが、どこか油断できなさそうな、他人を警戒させる雰囲気をまとっている。ツーブロックの金と手間の掛かりそうな髪型。
どうやら独楽子嬢にベタ惚れで、そのことを隠そうともしない。当然、俺に対して穏やかでない眼差しを向けて来る。百七十二センチ、十六歳。
最後に、笹山 小太郎くん。
紅山くんを除けば、この人が一番凶悪な人相をしている。それ以外は中肉中背で、特別凶悪な特徴は無く、顔だけが怖い作りだが、顔が悪そうなだけで中身は人が好いのでは、と、思わせる、矛盾と言うか逆説的な容姿。
事実この人の冗談が一番おもしろい。百七十四センチ、十七歳。