第十話 謎の少女
「誰?」
俺が紅山くんとその謎の人物のどちらともなく訊ねると、
「………妹っス」
「いもうと? だれの?」
その少女が紅山くんの妹だとはとっさに理解できなかった。外見的には紅山くんと共通する特徴と一致しない特徴とがあって、よく似た兄妹とも全然似ていない兄妹とも言えず、血縁者とはとっさに飲み込めなかったのだ。
まず、赤い硬そうな髪質はそっくりだ。ボリュームのあるその髪をショートカットにまとめている。
その目は兄と同じくらい特徴的で同じタイプのつり目だが、与える印象は全く違う。気の強そうな、挑戦的なネコの様な、それでいて人懐っこそうな、綺麗で可愛げのある目は、兄の目の印象とは真逆に近い。
身長も兄とは違って、非常に小柄だが、幼児体型では無く手足の長さのバランスは思春期には達している物と思える。
特に、小柄なモレク師匠よりさらに低い背丈の割に、敏捷そうでそれなりの筋力も具えていそうで、運動能力の高さがうかがえるところも、紅山くんに通じるところであろうか。
全体的な雰囲気として、健全健康で明朗快活、爽やかな、ただちょっと向こう意気の強そうな、中々の美少女だった。
同じ美少女でも鵬先輩とは、真逆のタイプだ。その妹様に出くわした紅山くんは、まずい時にまずいのに会ったと言わんばかりに首をすくめている。
それでなに? 紅山くんって弱い者イジメとかするヤツなのか。さすがにそんな悪いヤツとは俺でも思わないけどな。
恐らく兄妹同士の気安さで、事実に無い程、悪く言っているだけだろうけど。まあ、それよりこの場の三人の内、誰がこの妹様に俺たちの関係と状況を説明するべきだろうか。
妹様は腕組をして眉間にシワを寄せ、「う~~ん」とうなった後、「うん」と納得したように、明るい表情に切り替えた。どうやら俺たちの関係性と今のこの状況を理解したらしい。
「私、楷 独楽子。お二人は?」
先ほど、紅山くんに話しかけた時とは、口調も態度もまるで別物だった。
「俺は稲富岳」
「私はモレクだ」
何故か、余裕の笑みを浮かべる独楽子さん。その反応を察するに、兄の紅山くんがモレク師匠に一目惚れで片思い中、俺とモレク師匠の間に強引に割り込もうとしている状況、と判断したと思われる。
なぜ、そこまで分かるのかって? 割と、的確な判断が出来そうな子に見えたからな。で、その独楽子さん。次の瞬間、百万ドルのライトアップを浴びたような極上の微笑みを浮かべて、俺の眼前に身を乗り出してくる。
「稲富さん、これから私と映画でも見に行きませんか」
今見て来たところです。
あの~、独楽子さん。それは俺とモレク師匠を引き離して、その隙にモレク師匠とお兄さんを近づける作戦ですか? 独楽子さん、凄い自信だ。
俺がモレク師匠から離れて、自分の誘いに乗って来る見込みがあると思っているんですか。いくらなんでも無茶だろう。って、モレク師匠、完全に面白がっているっ。
下手したらこの状況と成り行きを楽しむために、自分から紅山くんを誘って、俺と独楽子さんを送り出しかねない。だが、紅山くん、この妹の援護の意味が分かっていない!
いきなり、なに言いだしてんだコイツ、って顔で呆れている。一体全体この状況、どう収めたらいいんだ。
「っと、さすがに面白がってばかりもいられないか」
意外にも師匠が事態の収拾に乗り出した。
「きみたち、鬼の一族だよね。人間の社会に、人に化けて、人のように暮らして融けこんで生きている。私も似たような者だよ。遥か昔に人間、辞めてるんだよね」
なんだ、また人外世界のはなしか。どこかマトモじゃない感じ、してたもんな。紅山くんと独楽子さん、二人は冷静だった。むしろ今までより落ち着いた感じですらあった。
人間に化けて暮らすって話を聞いただけでも、自分たちの正体を知られたら困るだろうなってのは、察しが付く。当然、そんな事態の対処方法だって一族内のマニュアルがある事だろう。
もっともそんなマニュアルが、俺と師匠の身の安全を保障してくれるモノかどうかは、心もとない。一応、俺たちの無害性は訴えておくか。
「私たちがそれを言い触らしても、信じる人なんていないよ。そんな影響力は持って無いからね。むしろ私たちに危害を加えた方が、問題を大きくすることになるよ」
さすがモレク師匠。師匠の方こそ、こういう事態の対処マニュアルを具えているかのような弁明術。
「そうだね、むしろ私たちを君たちの仲間に加えてくれないかな。案内してくれない? 君たち、鬼の隠里に」
師匠…………。面白そうですね
鬼の隠里にはバスと徒歩で通えるらしい。バスでしばらく山沿いの路をたどり、終点手前のバス停で降りてから、一時間程あるいた先にある農山村がそれだと言うのだ。
かくして俺達、俺とモレク師匠、楷紅山くんと独楽子さんの四人は、バスに揺られながら鬼の棲み処へと向かった。
「紅山くん、どこの高校にかよってるのかな」
「○○高校っス」
県下有数の進学校じゃねえかっ!
「親父が村の棟梁なんで、俺も頑張らねえとって思ったんス」
意外とまじめだった。それと比べたら、俺の通う地味な高校の名前、紅山くん知らない可能性すらあるな。
しかし、こうしてみると、鬼って一体何なんだろうな。普通に学校通ってるし、師匠曰く人間社会に融け込んで普通に暮らしているって、それじゃただの人間じゃん。
「角が有るか無いかの違いだよ。人間に化けて角隠しちゃえば、ホントにタダの人間だね」
「そうっスね、俺もたまに自分が鬼だってこと忘れて、人間のつもりになりきること、あるっス」
「稲富さん、角の生えてる娘って、どう思いますか」
独楽子さんは上目遣いで、俺を見上げて聞いて来る。
「いいと思うよ、角。うん、イケてる」
俺のこのいい加減な返答を聞いた独楽子さんは、目をウルウルさせながら、満開の桜に似合いそうな満面の笑みを浮かべた。確かにこの顔に角がついていたら、相当、イケてんじゃないか?
本気でそう思った。
それでも彼らは、その角のことを隠して、山の中に身を潜め暮らしている訳で、俺やモレク師匠の様な部外者が前触れもなく訪れて、歓迎されるとは思えない。偏見と言うより、理屈で考えればそうなるはずだ。
「大丈夫だよ、岳くん。鬼道の使い手が出向いたって言えば、拍手喝采で歓迎されるよ」
鬼道? 魔術の講義で習ったあれか。