OIS-008「異世界旅情ミーティング」
まるで、佑美をプレイヤーとして、何かのゲームをやっているようだと感じることが増えて来た。
今日も今日とて、夕食後に異世界向けミーティングである。
「それでね。新しく広げた畑は、村の共通のものにして、収穫は売るのと蓄えるのに分けて、不作や飢饉のときに使うためにしようってことになったの。その分、色々実験もすることにしたわ」
「水路の近くとか、村長も決断してくれたんだな。村の端とか覚悟してたが……これなら、問題は少なそうだ」
まるで、小学校の自由研究のように、2人してシート式の黒板を覗き込んでいる。
そこに、佑美が覚えてる限りの村の様子を書き出していく。
本当はデジカメあたりを持ち込むのが早いのだけど、さすがに紛失が怖い。
ともあれ、今のところは大きな問題は出ていないようだった。
実際にやっているのが、森からの腐葉土の運び出しと、これまで土地で起きたことの聞き込みだ。
水はけや、過去にそこで家畜が殺されていないか、土の感じ等である。
「昔の人たちに、感謝だな」
「さすがに覚えるのは無理だったから、秘伝の書物なんですって持ち歩きながら、村長さんだけついてきてもらったよ」
その発言に、どきりとした。
俺も、そうするしかないかなあとは思っているが、人間には欲がある。
出来るだけ地味目なものを選んだはずだが、それでも紙の質感は比べるまでもないと思う。
「村に変な人が増えたり、聞かれたりは大丈夫か?」
「そこは今のところ。なんだろうね、余裕があるっていうか……たぶん、村の特産品のおかげだと思うの。伝統を守ってるっていうのが正しいのかな」
そう言われて、2人で見るのは冷蔵庫で冷やしておいたブツ。
大きさはリンゴ未満、ミカン以上。
色合い自体はブドウに近いけど、やや硬さのある……まあ、初めて見る果物だ。
「そのまま食べたり、お酒にするんだって。私は神様に決めた年齢まで、お酒を飲まないって誓ってるんですって逃げておいたけど……」
「未成年つっても、通じないだろうしな。なんだっけ、外国じゃ子供でも水代わりに飲むところがあるらしいし、昔も水事情が良くないとお酒ばっかりだったっていうもんな」
「都会だとそういうところもあるんだって。二日酔いの薬でも持って行こうかな……」
それには答えず、そっととある物を差し出して見る。
特別な物じゃなく、単なる通帳だ。
個別だと無駄遣いするかもしれないと、この口座にはお互いの両親からのお小遣いが一緒に入っている。
「小物の内はいいけど、自由になるお金は多くない。買う物は考えたほうがいいと思う」
「うっ……確かに。お塩も喜ばれるだろうけど、きりが無いよね」
ここはしっかりと頷いておく。村人には佑美がただの旅人じゃないことは知れ渡っている。
けど、どんな能力があってどんなことが出来るかは敢えてはっきりさせていない。
わからないという神秘性が、ある意味でははったりになるのだから。
「魚を与えるんじゃなく、釣り方を、道具の作り方を覚えてもらうほうが健全で、安全だ」
「うん。その方向で頑張るね」
小さい頃のように、頑張るぞなんてポーズをとる姿が、なんだかおかしくて吹き出してしまった。
真っ赤になった佑美の攻撃をあしらいつつ、こんな時間も良いなと思う俺がいた。
異世界の話をしているときは、佑美が小さい頃に戻ったかのように気軽に話せていると、感じるのだ。
もちろん、これまでだって別にギクシャクしていたわけじゃない。
ただ、高校生になってくると少しずつ、そう……少しずつ、互いが変わったように感じたのだ。
「ビー玉とかを持って行って、装飾品として売るか? いや、向こうのお金を貴金属としてゲットしても換金できないか……買取となると、未成年じゃな……」
「向こうの雑貨とかどうかな? アンティーク小物です!って」
「それはありかもな。確か、仕入れがあると資格がいるはずなんだ。拾ったのとかはOKなんだけど……その辺も調べておくよ。商店街にそんなようなお店があったよな? 今度行こうぜ」
何気ないつもりの一言に、なぜか佑美がびくっとなった。
何かまずい事でもあったか?と思っていると、なぜか顔が赤い。
「それって、デート?」
「いつもの買い物と……違うっていえば違うのか? 急にどうしたんだよ」
相手がドキマギし始めると、こちらまで妙な気分になる。
俺自身は……深く考えたことはないけど、佑美が別の誰かと付き合うとかは、嫌だなと思う。
かといって、どこまで踏み込むか悩む距離感なのも間違いない。
ましてや、俺は男だ。
男がグイグイいくことが、怖いと思う人はそれなりにいるというのも知っている。
だから、色々と考えてはいるのだが……。
「向こうで、同じぐらいの子達が……来月結婚するんだって」
「早い……でもないか。普通っちゃ普通かあ。あー、それでか……」
村となれば、大体が幼馴染だ。
自分と、重ね合わせて考えてしまったんだろう。
さて、どうしたものか……。
「嫌なら、別々の事をやろうか? 俺は……一緒がいいけど」
「うん……いっしょが、いい」
「……わかった」
部屋に降りる沈黙。
耐えきれなかったのは、俺の方だった。
「向こうに行くなら、気をつけてな! じゃ、俺は先に風呂にするよ!」
背中に、小さな声がかかったような気がしたけど、振り返る余裕はなかった。