OIS-004「待つという立場」
「血液からも異常なし、良かったな。健康診断レベルだけどさ」
「次に行ったら謎の病気で!ってなってたら私、どうしたらいいか……気を付ける」
宣言通り、学校は休んだ。
心配だから看病として付き添います、と押し切ることも出来た。
親の事と、普段の学校生活が効いた感じだ。
「何度も行き来はしてるんだろう? だとしたら、すぐにどうにかなるような類は大丈夫だろうな」
「じゃあどうして……ああー……」
「自覚、無かったろ?」
一応マスクをして、とぼとぼと歩く佑美は落ち込んだ様子だ。
自分が、結構危ない橋を渡っていたということがはっきりしたからだろう。
とはいえ、だ。
「どうせ佑美のことだ。もう行かないって選択肢はないだろうから、気持ちの問題だな」
「たっくんなら、そう言ってくれると思ってた! うん……今さら行かないってのは、嫌かな」
俺も行けたら話は早いんだが……いや、それは違うか。
佑美が、1人で危ない目に合うかもしれないのが、嫌なんだろうな。
佑美の家に戻り、話をすることにした。
これまでのこと、これからのこと。
「いつだったか、声が聞こえたの。こう、夜に遠くの家からラジオやテレビの音が聞こえてくる感じ。寝ながら、どこかな? こっちかな?みたいに思ってたら、何か光ったの」
「それがあの扉か。ってことは、召喚されたパターンじゃないんだな」
変な魔法陣や、魔法使いみたいなのはいなかったらしい。
最初から、異世界の佑美の力を狙った召喚じゃなかったのは、救いかな?
監禁されたり、変な交渉になったりとかありえたわけだ。
それはそれとして、部屋履きのスリッパを履いて扉の中にって、好奇心がってレベルを超えてるな。
「あー、寝ぼけてたんだと思う。向こうに行くまで、夢だと思ってたから。すごく、大自然だった。観光旅行に出かけた時のなんか、話にならないぐらい」
「それで、なんやかんやあって、第一村人と遭遇、と。良い人、じゃない、いい子でよかったな」
笑顔で頷く佑美だけど、本当にわかってるんだろうか?
町の近くや、道路……はなさそうだから街道ってやつか、で出会うならともかくだ。
大自然の中、ってなれば一般人はなかなかいない。
「なんだったかな……そうそう、旅の途中で襲われたりして逃げてきたの?って言われたんだ。実際、ほとんど迷子でさ、足元ピンチだったから」
軽くいうけど、かなりピンチだったってことだ。
俺の知らないところで、佑美がいなくなってたかもしれないって考えると、なんだかムカついてきた。
「本当に……気をつけろよ」
「う、うん……」
思わず、身を乗り出して佑美の手を握った。
お互いに小さい頃から知っている相手が、いなくなるなんてことは考えたくなかった。
第一、親御さんたちになんて言ったらいいか……。
「そ、それでね! 村はちょっとピンチだったの。それまで雨が少なくて、ようやく降ったけど畑の野菜とかが元気が無くて……私が可愛そうって手を添えたら、なんか光ったの」
しおれていた野菜が、みるみる元気になったらしい。
で、結果として聖女だ聖女だと、村中の騒ぎになって……と。
「元気になる畑と、そうじゃない畑があって、なんでだろーって思ってて……この前言ってくれたことをやってみたら、元気になったの」
「なるほどな……豊穣の女神扱いされなかっただけ、マシか」
よほど感動的な光景ではあったのだろう。
思い出しては目をキラキラさせている佑美は、まさに美少女然とした姿だった。
聞いている限りでは、いわゆる剣と魔法の世界で、化粧品やらお風呂事情やらも大きく違う。
そんなところに、身だしなみが整っている佑美が現れれば、まあ、目立つな。
「向こうには、化け物はいるのか?」
「うーん、私は見てないけど、いるみたい。そうそう、冒険者!ってのもいるんだって! すごいよね、冒険者! 映画みたい」
「佑美、そいつらに出会った時には、聖女だってことを隠せよ。最悪の場合でも、畑を復活させたことは内緒にするように村の人たちに言っておけ」
佑美はわかってない様子だ。
どちらかというと、ゲーム派だからそういうのは読んでないのかな?
今度、貸そう。危なくて仕方がない。
「状況はわからないけど、回復魔法とかが貴重なのは、どんなゲームでもよくあることだ。現実に命がかかってるならなおの事。医者や薬だって比べ物にはならなそうなんだろ? 隠しておいた方がいい。でないと、それこそ生きた宿屋や、動く病院みたいにされるぞ」
「う……それは嫌だなあ。たっくん……なんだか、異世界生活の軍師さんみたい」
「俺が戦う訳じゃないからなあ……まあ、何か試す時はこっそりやれってことだ。一番いいのは、別の土地から来ました、ってごまかすことだが……無理なら無理で、戻れるからいないときは戻ってるよってのが共有できればなんだが……」
衝撃的な告白は、悩ましいところだ。
何かあれば、女の子である佑美に、面と向かって言えないようなことだってあり得ると考えている。
男は、ボコられるぐらいだろうけど……さ。
魔女裁判、なんてのが起きないことを祈るばかりだ。
「うーん。じゃあ、内緒にしててって言ってくるね」
「まあ、しょうがないな」
どこかに出かけるのを見送るかのように、俺は佑美の部屋に付き添い……そして再び不思議な扉を目撃する。
開いた扉は、眩しくはないが、じっと見てるのは疲れる、そんな光だ。
「えっと、行ってきます」
「あ、そうだ。せっかくだし、試してみよう」
好奇心、その時の行動の理由を説明するなら、こうなると思う。
他にもあるような気もするけど、多くはこれだ。
立ち上がり、手を差し出した。
「行けるなら、行ってみたい」
「そうだよね。やってみましょ!」
そっと握られる手。
気恥ずかしさを感じる前に、佑美の手が扉をくぐれ……無かった。
「あれ? 通れない」
「駄目か……」
どうやら、2人目を連れていくのは無理なようだ。
残念だけど、仕方がない。
「半分くぐってからならどうかな?」
「いやー、最悪そこでホラー映画みたいに真っ二つだ。それは嫌だぞ」
「うっ……じゃあ、予定通り1人で。行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
今度はそのまま、何も抵抗なく佑美の体が扉をくぐっていく。
本当に、扉をくぐるだけという状況に、そっと手を伸ばし……止める。
扉が消えないってことは、向こうからは消せないかもしれないということだ。
(もしかしたら、帰れないのが怖いからって消してないだけかもしれないけどな)
伸ばした手を戻しながら、手のひらを見る。
危険たっぷりということもないだろうけど、安全100%ってわけでもないだろう異世界。
「恋人ですとか、俺を紹介しておけば変な虫はつかないかな?」
鼻に届く、佑美の残り香にそんなことを呟いてしまう。
戻って来た時に備えて、食事を作るべく買い物に向かうことにした。
何が残ってるかと冷蔵庫を見て……。
「この菜っ葉、もしかして……もしかして!?」
野菜室にある、見慣れぬ野菜たち。
袋にも入っておらず、テープでまとまってる様子もない姿に、一人焦るのだった。