OIS-024「浜辺の思い出」
夏は、暑い物である。
だからといって、その暑さを我慢しなくちゃいけないというわけではなく……。
「アチチっ! サンダル無しはやばいな……」
更衣室から出て、さっそくの砂浜の洗礼に慌ててサンダルを履き直す。
佑美は……まだ来ていないみたいだ。
海の方に目を向ければ、夏休みということもあって大勢の海水浴客であふれている。
海の家の類もたくさんでており、人気の高さがうかがえる。
ちなみに荷物の大半は俺が持ってきているし、財布も500円にして、ポーチで身に着けている。
「海っ!」
元気よく飛び出してきた佑美の姿に、言葉を失いそうになる。
豊満という訳ではないけれど、十分魅力的だと思う彼女の、水着姿。
さすがに学校指定の水着ってわけにもいかず、どこかで買ったらしい。
ひらひらした物が多く、パンツスタイルで上もどちらかというと可愛らしさを感じる。
「佑美!」
「あ、たっくん。やっぱり男の人の方が早いね」
にこにことこちらに駆け寄る彼女は、荷物らしい荷物を持っていない。
着替えはロッカーに預けてあるだろうけどそれぐらいだ。
家族で来ているなら、誰かが荷物番という手もあるけど2人だとそうもいかない。
というわけで、荷物は最小限、持ち歩ける物は持ち歩くとしたのだ。
浮き輪は、レンタルでいいかなと思っている。
「まずは浮き輪を借りようぜ」
「そうだね。2人で掴まれるのが良いなー」
歩き出そうとする佑美の手を、掴んだ。
驚く彼女が、何かを言う前に手のひらを、合わせる。
「夏は、面倒な奴がいるからさ」
「……うんっ」
これが正解かどうかは何とも言えない。
しかし、笑顔が崩れなかったのならば、間違いじゃあないんだろうと思う。
実際、あちこちでナンパのやり取りを目撃することになる。
佑美にも、遠慮のない視線が突き刺さってるような気がして、最初よりもくっついてきた。
彼女を不安にさせないように、俺も握る手にしっかりと力を入れるのだった。
「これにしよっか?」
「ああ、好きなのでいいんじゃないか?」
そのまま浮き輪を借りに行き、波打ち際へ。
浮き輪というよりは、2人して向かい合わせに抱き付く感じのを借りた。
「あっちだと、川はともかく、海で泳ぐ人はいなさそうだな?」
「そうだねえ。川にも僻地だと変なのがいるらしいけど、海はわかんないなあ。だって、外洋に出るような感じじゃないもの」
話を聞きながら、まあそういうもんか、と思い直す。
特に怪物のいない現代でさえ、海に出るというのは自殺行為にも近い歴史があったのだから。
ゆらりゆらりとしていると、ふと見えない場所に何かいるかもしれないと考えてしまう。
慌ててそれを振り払い、佑美との語らいに意識を戻した。
「あ、でもね。何かいないか感知する魔法はあるんだよ。こうやって、魔力を水の中にパーンって出すの。あれかな、ソナーみたいに」
「へー……釣りにはいいかもな?」
ぷかぷかと浮きながら、少しずつ沖へ行きながらそんなことをしゃべっている俺たち。
周りは騒がしいし、誰も異世界の話なんかをしてるとは思わないだろう。
家族連れ、カップル……友達同士っぽい人たちっと!?
「あ、やっぱり付き合ってるんじゃん」
「お前たちも来てたのか……まあ、そういうことで」
よく考えなくても、高校生が出かけられる範囲なんてのは限られる。
偶然出会った級友のつっこみに、否定せず肯定した俺。
佑美も、照れながら頷いていた。
「海の店にさ、カップルメニューがあるのがあったぜ。せっかくだし、行って来いよ」
「そうなんだ? ね、いいでしょ。たっくん」
「そこで嫌だって言える奴は、居ないと思うぞ……」
そう言いながらも、別に嫌という訳ではない。
からかいの視線を感じつつ、ゆっくりと海から出る。
「あ、あれじゃない?」
「らしいな。ちょっと恥ずかしいけど、いい思い出、か」
堂々と、カップルなら割引!なんて類の看板が出ている。
現に、客層はみんなそうだ。
近づくと、快く迎えてくれた。
「ジュースとパフェでいいよね」
「ああ、問題ないぞ」
カップル用のストローだったりするんだろうなあと思いながら、席から見える調理風景を見る。
器もこだわってるみたいで、なんだか見てるだけでも面白い。
「向こうでも氷菓子とかやってみようかな? 魔法を工夫したら、行けそうなんだよねえ」
「それはわかるけど、佑美。せっかくなんだし、こっちを楽しまないか?」
「ふぇっ!? う、うん……」
佑美と、異世界の話をしてるのは楽しい。
楽しいけれど、人生それだけじゃあないのだ。
異世界の事がないと、楽しませられないというのは、少しばかり悔しい。
「お待たせしましたー」
「早速来たな。ほら、佑美。あーん」
「たっくん、覚悟決めた顔してる……あーん」
赤い顔をして、最初は躊躇した佑美だったけど、周囲も同じような状態であることに気が付いたようだ。
俺が我慢できている間に、スプーンからすくった分が消えてくれた。
(異世界でカップルメニューは流行るかな?って、俺もだいぶ染まってるな……)
内心苦笑しながら、2人の時間を過ごすのだった。