OIS-023「充実した日常」
一年前の自分に、伝えたところで全く信じないだろう。
この夏はものすごく規則正しい生活をしてるぞ、なんてことは。
「さすがに、異世界と高校生が行ける場所、だとなかなか勝負が難しいな」
宿題も順調に終わらせている俺だが、今は別のことで悩んでいる。
そう、お付き合いしている形の佑美とのデート先だ!
「行商から新しい野菜を買えたって、飛んでいったもんなあ……」
親の心子知らずとは言うけれど、相方の心相方知らず?語呂が悪いか。
ともあれ、佑美は昨日向こうで手に入れたという新しい野菜に夢中だ。
なんでも、甘いダイコンかカブみたいなものだとか。
「あいつ……わかってるのかなあ?」
話を聞いた俺は、心当たりがあったのでその記述を一応見せてはいる。
そう、恐らくは甜菜、サトウダイコンの一種だと思っている。
葉っぱの方がメインで食べられ、白い根っこ側は好みが分かれそうとも言っていた。
問題は2つ。
現代ではこれから砂糖が作られているということと、大抵の場合、砂糖は貴重品ということだ。
恐らく、向こうだと砂糖にするのは大変で、シロップにするぐらいだろうけど……。
それだって、甘味に飢え易い環境だと貴重な味だ。
「戻ったら、村長に村の自衛能力を高めるように言わせないとな……」
元々、特産品である果物があるおかげで、村としてはかなり裕福らしい。
そうでなければ、見ず知らずの少女を無事に滞在させようとはしないだろう。
俺の知らないところで、佑美がひどい目に遭ってたかもしれないと考えると……うん、怖い。
そんなことを考えながら、お昼ご飯の準備をしていると2階から物音。
どうやら佑美が戻ってきたようだ。
「ただいまー!」
「お帰り。なんだ、それ」
いうだけ言ってみるが、俺にはなんだか実はわかる。
写真で見た甜菜と、ほぼ同じ形状のそれを、ウサギでも狩って来たかのように掲げている。
「こっちで作業してみようかなって思って」
「昼飯の後な。ひとまず流し台にでも置いておけ」
「はーい!」
向こうでは楽しい時間だったのだろう。
るんるんとした様子の佑美に微笑みつつ、料理の残りを進める。
と言っても、今日はそうめんとおかずぐらいだったりする。
「夏はこういうのだよねー」
「間違いないな。そうだ、小麦があるなら、小麦粉で麺類を作ってもいいかもな。保存も効くし、ゆでる水も魔法があるならあまり気にならないだろ」
何気ない高校生同士の会話の中に、異世界に関してが混ざってくるのは俺たちぐらいだろう。
もっとも、高校生の男女が誰かの家でご飯、ということ自体が多くはないかもしれないのだが……。
元々、軽めにと思っていた食事だから早く終わる。
片付けをした後は、甜菜もどきの処理だ。
「実というか根っこになるんだよな。見た目根菜類だし」
「うんうん。えっと、刻むのかな?」
調べた方法を参考に、まずは刻み細かくしていく。
と言っても後は熱を加えて、アクとりをしながらゆでていくというのが手順のほとんどだ。
独特のにおいに不思議な気分になりながら、ゆでることしばらく。
「あ、なんかとろみが……へー!」
「向こうだと薪の問題もあるかもな。色々考えてみよう」
やってることはそうでもないのだが、2人で台所に立ってという状況はこっそりドキドキである。
これまでも、料理を一緒にすることはたくさんあったのだけど、告白をしてからはなんだか、違う。
こう、違うのだ。新鮮という言葉とも違う、不思議な感じ。
「えへへ。なんだか新婚さんみたい」
「いきなり変なこと言うなよ……」
隣、しかも近くでふと見ると佑美は変わったと思う。
間違いなく、異世界で過ごしているためだ。
どちらかというと、現代っ子っぽくややほっそりしていた体も、変わってきた。
細いのは一緒だけど、筋肉が付いてきたというか、健康を感じる。
向こうで畑仕事を一緒にしたり、野山を移動したりを繰り返しているからだろう。
その分、指先なんかには……。
「佑美、ちょっとエステにでも行ってきたらどうだ? 少し、荒れてるぞ」
「え? いいよ別に。その、すぐにまた……汚い?」
不安そうな瞳に、鍋を見守る手を止める俺。
動かない体に、心でしかりつけ……手を握ることに成功する。
「そんなことないさ。頑張ってる証拠だろ? ただ、学校のみんなは気にするかもなって思ったぐらい。夏休みに色々やってたらって言えるとは思うけどさ」
「そっか。じゃあいいや。たっくんが嫌じゃないなら」
にっこりと、そんなことを言われたらたまらない。
直視できなくなって、赤くなってるであろう顔を鍋に戻す。
運よくというべきか、だいぶ水気は飛んで塊になってきていた。
「これが砂糖? なんだか茶色い……」
「色々混ざってるからなあ。何度もこしたりすると、違うとは思う。後、すぐに湿気を吸うっぽいぞ」
粗熱を取って一つまみ……うん、砂糖だな。
こっちの容器でならマシだろうけど、向こうにあるやつだと湿気は……。
「じゃあシロップとしてまずは考えたほうがいいかな? その前に、栽培していかないといけないけど」
「だな。これ自体はレアじゃなかったんだろう? だったら、そのうち真似されるだろうから権利回りとか、そういうのを村長経由で上に確認しておいた方がいいと思うぞ。ほら、石鹸と似たような感じで一部が利権を持ってるかも」
「特許みたいなのかぁ……聞いてみる!」
元気よく答える佑美は、本当に楽しそうだ。
でも、あまり向こうに入り浸ると少しずつ、佑美の体が俺より歳をとってしまう。
そうなる前に、時間の差をなんとかしないと……。
「私、向こうでもお金を稼いで、色々知ろうと思うの。魔法の事、世界の事。そしたら、扉の魔法もわかってくるかも。おとぎ話ぐらいのだけど、私だけじゃなかったみたい」
「そうか……まあ、そうだよな。佑美1人だけがその世界にっていうのもまた考えにくい。出来ることは俺もやるよ」
夏休みの自由研究だなとつぶやいたら、確かに!なんて笑われるのだった。