OIS-022「涼みの一幕」
全身を、冷たい風が吹き抜ける。
両手を上げ、足も開けばなおよしだ。
「気持ちいいー!」
「暑さを忘れちゃうな」
いよいよの夏休み。
俺たちは、購入した自転車に乗って、山の方に走ってきている。
地元に、全国的ではないが滝があるのだ。
他に見る物もないので、観光地化もされていない。
精々が、山歩きにたまに人が来るぐらいだ。
舗装された道路から、少し降りた先にその滝はある。
距離にすると数百メートルあるかないか。
それだけなのに、別世界だ。
「写真、とってとって!」
「ああ、わかってるよ。はい、チーズ」
お互いの両親に、元気でやってますよってするための写真。
何枚か撮影した後は、目的のために川に降りる。
町中はかなり暑いのに、ここにくるとむしろ肌寒いぐらいだ。
滝の音と、冷たい風、それに匂い。
夏の緑が、目に綺麗だなと感じる。
「あっちにも似たような場所があるよ。森の中、そこの川辺に近いかな」
「田舎っていうか、人間の住む場所、生活する場所は似通ってくるのかもなあ」
デートにしては、少々色気がないような気もするけれど、気にしない。
2人で、川辺を歩いて流木を探すのだ。
歩きやすい服装とはいえ、気を付けなければいけない。
怪我は、したくないし……学校で説明に困る。
既に渇いた物、まだ川に浸かっている物、色々と引っ張り上げてみる。
「これは、さすがに大きいから無理だね」
「そうだなあ。水槽に入るぐらいのがいいらしいし……こんなのじゃないか?」
事前に雑貨屋さんで、流木に興味が出たと言って色々聞いている。
どうやら俺が思ってる以上に、この界隈は一般人でも拾って売るのが良くある話らしい。
買い取ってもいいよと言われているので、最終的には持ち込むことも考えよう。
持ち帰った後は、洗ったり虫の対策をしたりと、そのままでは売れないというのもあるのだ。
「こうしてみると、面白いねー」
「まったくだな。っと、泥がすごいな」
「任せて!」
川で洗おうとした俺を引き留め、佑美が何やら念じると……見事に両手の中に水が。
無重力で水玉を抱えてるかのような姿に、驚く。
幸いにも人はいないわけだが……。
「もうちょっとこっそりとな。これ、飲めるのか?」
「向こうだと普通に使ってるよ。行商の人も、水魔法が使えて1人前なんだって。荷物がその分、全然違うでしょって」
「なるほどなあ……木はこのぐらいにしておこうか」
お互いの籠やリュックに数本ずつ、といったところ。
後は、あるかどうかもわからないけど、適当に散策だ。
「宝石宝石~」
「さすがにごろごろはしてないだろ。石英の塊とかはあるかもしれないけど」
夢がないことを、なんて言われそうだけど、仕方ない話だ。
綺麗な川だからって、何でも見つかるわけじゃない。
精々が、魚を見つけてはしゃぐぐらい。
「あはっ、見て見て。にゃんこみたい」
「そうか?」
「ほら、こうしたらさ」
小さいの時のようにはしゃぐ佑美。
黒っぽいすべすべした石に、適当に川の水で絵を描いて見せてくる。
確かに、猫のように見えなくも……うん。
「持って帰って、塗ってみようか。ほら、中学の時の絵具とか引っ張り出してさ」
「そうする! さっすが、たっくん頭いいね」
まるで宝物を見つけた時のように、石を抱えてくるくる回る佑美。
そんな姿が、妙に可愛くて、照れ臭くなった。
「そういえば、ここでも開けるのか?」
「え? たぶん。あっちじゃ、村以外の場所でも開けたから……」
念のために周囲を確認し、2人して物陰に。
一見すると、何をするんだ何を、と思われそうな行動だ。
川のせせらぎと、遠くには滝の音。
鳥の声、爽やかな風。
そんな中に、異物が産まれる。
西洋の建物にありそうな、大きな木の扉。
「うん。特に問題なさそう」
「そっか。よかった……でいいんだよな」
俺の考えている将来設計的には、大事なことだ。
出かけた先で異世界に行き、仕入れて来て戻る、という形を目指すのだから。
「たぶんね。この扉もさ、どうも私の魔法の一種みたいで、使う時とかにオプションぽい物が意識できるの。ほら、向こうでの時間がって調整もそこでやるんだよ」
「俺には扉以外見えないけど、そうなのか……」
ちょうどよく、大きな岩があったので腰を下ろす。
自然と佑美も、異世界への扉を消して隣に座った。
自然の作り出した光景が、目の前に広がっている。
「私、今楽しいよ。たっくんは?」
「俺もさ。佑美と何かしてるのは、楽しい」
本音を言えば、もっと楽しくなりたい。
けど、それは少し先の話になりそうだった。
「なら、よかった」
ささやいた佑美が、俺にもたれかかり、1つになった。
自然たちは、変わらない音を俺たちに届けてくれるのだった。