OIS-001「フラグが建てばイベント近し」
「農耕農耕……この辺か」
つぶやきが、一人きりの図書館に溶けるのを感じる。
まあ、図書委員はいるはずだけど、一人みたいなもんだ。
学校のすぐ近くに、大き目の図書館があるから、何か借りたい奴は帰りに向こうにいってるはず。
こっちにいるのは、邪魔されたくないような静かな場所が好きな連中ばかりだ。
昼休みともなれば、なおさらお互いを気にしない。
「……やっぱり、そうか」
そんな場所に何の用事かと言えば、この前佑美に聞かれた畑に関しての情報確認だった。
覚えてたことを言っただけだから、なんだかもやもやしていたのである。
元々の土壌で違うことや、やりすぎに注意であることなどを再確認する。
こんなところまで、ゲームで再現するとは、なかなかマイナーというか、細かいというか。
「パラメータが見えるゲームならでは、か」
現実じゃ、何も無しでは数値でいわゆるphが見えないから、試行錯誤しかない。
人類の農耕文化に、感謝とかそういう次元を超えてる話だよなあ。
すっきりした気持ちを胸に、教室に戻り午後の授業を受ける。
終わっての帰り道は今日は一人。というのも、今日は1人で食事の日だからである。
(手間としちゃ、もう毎日一緒の方がいいんだよなあ)
今のところ、世間の評判は気にならないが、どちらかというと佑美のためだ。
それこそ、一緒に暮らし始めた日には、あいつは他のことはやるから料理はよろしく!って絶対になる。
「親父さんたちが、料理好きなのが逆効果だったのかな?」
自然と、手伝いできるのは準備か片付け、となれば偏る物だろうか。
そんな、適当なことを考えつつ校門を出ようとしたところで校内に見覚えのある姿を見つける。
というか、佑美だ。
あんな隅っこで何を……。
彼女が立っているのは、とある桜の木のそば。
つい先日の嵐で、枝が少し折れてしまった奴だ。
折れてしまった場所に背伸びをして手を添え……ん?
(何か光った? いや、気のせいだよな)
「おーい、まだ帰ってなかったのか?」
「え? たっくんこそまだ帰ってなかったの?」
何を慌てているのか、どもる佑美に近づくと、ふと目に入るものが。
折れて痛々しい姿になった桜の枝が、綺麗になっている?
もう若芽が出て来たというか、治り始めている。
「意外に元気だな、この木。来年にはまた咲くんだろうか」
「だといいなーって思って」
焦ったような顔を見て、ピーンと来た。
こいつ、恥ずかしがってるな?
「お優しい佑美さんは、桜のために祈ってたとかか?」
「……なんでわかったの?」
予想外の、真顔。
突然の表情に、こちらも妙に慌ててしまう。
「何年一緒にいると思ってるんだよ。用事は済んだんだろ? 帰ろうぜ」
「そ、そうね。そうしましょ」
校門を出たところで、後ろから爽やかな風。
隣を歩く佑美と俺の間を吹き抜く風に、今の時期じゃ感じないはずの香りを感じた気がした。
そう、4月の桜の香りだ。
「? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
かぶりをふって、前を向く。
まったく、どうかしてる考えだ。
これじゃあまるで、佑美が桜を癒してたみたいだな、なんて考えは。
「ちゃんと作って食べてるのか?」
「そ、それなりには」
だから、適当にごまかすことで忘れることにした。
いつものように佑美とだべり、いつものように帰宅。
今にして思えば、自分の部屋からは佑美の部屋が見えるのも偶然か、そういう家の設計にしたのか。
本当のところはわからないけど、もう寝たのかはわかるのはある意味問題だな。
っていうか、こんな風に見てるとストーカーみたいで……お?
「今日は違うゲームをやってるのか、派手に光ったな。俺もなんかやるか」
カーテンの閉まった佑美の部屋で、数秒派手にたぶんテレビからだろう光が出るのを見た。
途中でやめていたゲームを始めたら、久しぶりなので妙に面白く感じて夜更かしをしてしまう。
気が付けばいい時間なのだけど、ふと見た佑美の部屋はまだ明るい。
(夜更かしは美容の天敵だぞ、佑美)
連絡できなくはないけど、なんだかそれもどうなのかと思いつつ、自分は先に寝ることにした。
目覚めたときには灯りは消えていたので、あれから寝たんだろうと思ったのだが……。
翌朝出会った佑美は、寝不足を感じさせない姿だった。
「元気そうだな。昨日は夜更かししたんだろう?」
「え? ま、まあね。でも寝つきはよかったからそのせいかしら」
確かに、夜更かしするとすぐ寝られるときとそうでないときあるよな。
だとしても、ここまで元気なのは驚きだった。
俺も、もう少し運動して体力をつけるべきだろうか?
「あ、そうそう。助言ありがと! 畑はもりもりよ、もりもり!」
「もりもりって何が育ってるんだか……大体どのゲームでも、いきなり大規模なのは無理だろうから、順当にロックを解除していかないとな」
俺としては、よくあることを言っただけなのだが、佑美は固まった。
みるみる、不安そうな表情に変わっていくのだが……はて?
「やっぱり、大量にってまずいかな?」
「どうだろうな。物によるだろうけど、今までは細々と育っていた奴とかなら、急に増えるとどんな影響があるかわからないのが怖いな。売れる奴なら値崩れするかもしれないし、大量の摂取で体調に問題が出るかもってそこまでゲームに設定があればだけど」
思いつく限りを言ってみると、思った以上に真剣に聞く佑美がいた。
今やってるゲームは、かなり設定が細かいようだ。
となると、こういうイベントもあるかもしれない。
「一番は、虫だと思う」
「虫?……あっ!」
佑美も、その危険性に気が付いたらしい。
そう、畑の野菜がたくさんということは、人間以外も食べる可能性が高まる。
それこそ、餌が増えた形になってしまうわけだ。
小規模なら、対策もしやすいだろうけど……な。
「帰ったら対策を探して見ろよ」
「うう、そうする……」
まだ朝だというのに、トボトボと歩く姿に、罪悪感。
同じ話なら、帰りとかにすべきだったかな?
結局、佑美は1日元気がなさそうで、学校が終わっても一緒。
そわそわして、早くゲームをしたい!って気分が丸わかりだ。
「そのまま夜中になってもしょうがない。飯ぐらいはちゃんと食おうぜ」
「あ、うん。そうする。急いでもしょうがないもんね」
もし、佑美のやってるゲームが現実時間の経過とリンクしてるようなら、今さらだ。
そうではないなら、今焦ってもしょうがない。
結局、どちらでも慌ててもどうしようもないわけである。
気分を切り替えた様子の佑美は、食事が終わるなり自宅へと駆け戻った。
夢中になれるゲームがあるのは、いいことだ。
「協力プレイとかあるのかな。それか俺も紹介してもらうか……」
今日も明るい佑美の部屋を見つつ、そんなことを思うのだった。