OIS-017「定番のルートって、あるよね」
日曜日の朝。
何もなければ、出来るだけ寝ていたい朝だ。
でも今日は、いつも通りの時間に起きていた。
新しい部屋、天井にも慣れてきたのを感じる。
「最初は、寝付けなかったもんな」
ソファベッドでは、逆にお泊り感があって、よく眠れた。
客間となると、こう……何か違うのだ。
その違和感も、何日も寝泊りしていれば薄れていく。
「別々に家を出ようって、そういうもんか?」
手早く着替え、朝食代わりの軽食を用意する。
と言っても、シリアルと飲み物ぐらいで、実際の朝食は……商店街でする予定だ。
佑美が、商店街で待ち合わせね!なんていうからだ。
どうやって時間を潰すか……神社にでも行こう。
家を出る時に声をかけ、涼しさを感じる外へと出る。
「こうしてみると、こっちでいう妖怪とかって本当にいるのかな?」
朝も早い時間帯なので、多少歩いても暑さは感じない。
むしろ、敷地内に入ると木陰となり、吹く風が寒いぐらいだ。
いつかお参りに来た時と同じで、どこか幻想的な雰囲気だった。
町の音も、どこか遠くに聞こえる。
まるで、ここだけ別の世界のような、不思議な感覚。
「っと……ちゃんとお参りしないとな」
本殿へと向き直ったところで、視界に見慣れない光があった気がした。
なめらかで、にじみ出るような光。
でも、瞬きをする間に消えてしまった。
「まさか、ね」
一瞬、不思議な何かが見えたのかと思ったけど、気のせいに違いない。
こんな町中にある神社で、そんなことが起きるわけもないというある種の偏見を抱きながら、お参りを済ませる。
ゆっくり歩けば、待ち合わせ時間には余裕をもってつけそうだ。
一か月前なら、こんな気持ちで佑美とどこかに出かけるなんて想像できなかった。
突然の告白……じゃないな、出会いから生活は一変した。
出来ることなら、笑顔で終わりたいとは思うけど、話が少々、大きいなとは思う。
「確か約束はここで……お? 来た来た……」
「おはよ。どうしたの?」
「いや……気合入ってるなって。似合ってる」
恋愛経験はないけれど、ここでは褒めるのがいいというぐらいはわかるぞ。
佑美が、普段見ない感じだった。
お化粧もしてるっぽいし、服だって滅多に着てない奴だ。
前に見たのとは、また別の服だった。
「えへへー。そう? じゃ、まずはどうする?」
「お茶からでいいんじゃないか? まだ雑貨屋も少し早いしな」
他に店もないので、以前のように喫茶店から……デートはスタートだ。
そう、これはデート……だよな?
そうじゃなきゃ、佑美もこんなにふわふわとした感じにならないと思いたい。
今日は、対面じゃなくカウンターに座ることにした。
さりげなく、佑美が椅子を少し寄せたことに気が付いて、朝からドキドキしてしまう。
「もうすぐアイスコーヒーが美味しくなるかな?」
「そうだな。今年の梅雨はどうなるか……向こうにも?」
あっちの世界にもありそうかというつもりで聞くと、多分、と帰ってきた。
俺が思ってる以上に、向こうのことを調べてるらしい。
「そういえば、田舎の方が、野菜とかの味は濃い気がするの」
「それはわかるなあ。おじさんの故郷も田舎でね。普通の家の畑でも、野菜がでっかいんだなあ。お待たせ」
「ありがとうございます。マスターも畑仕事をやるんですか? たまーに、規格じゃない野菜がサラダに混じってますよね」
世間話に聞こえる会話となれば、こうしてマスターだって乱入の1つぐらいしてくる。
当たり障りない返事をしていくと、それが当たりだったようでマスターの目も輝いた。
「少しだけだけどね。やっぱり、自分の手で最初から関わると扱いが変わってくるね。おっと、味わってくれ」
そういって勧められる今日のブレンドも、少し前と違うけど美味しい。
異世界の農業具合や、風土を考えると珈琲は……だいぶ離れた場所にありそうだ。
薬としてなら、もしかしたらもうあるかも……高そうだな。
静かな時間を過ごして、満足した気持ちで2人して次の場所へ。
本命である、雑貨屋だ。
「相変わらず綺麗!」
「ああ、そうだな。家に置きたい人の気持ちがわかるよ」
あれもこれも買うには、お金がいくらあっても足りない。
気に入ったのを1つ、置いておこうという気持ちはよくわかるけどね。
フリマに出した物たちのお金が入ってきていない現状、買える物は限られる。
2人で見回っていると、小石たちの中に気になる物があった。
特別綺麗という訳じゃないのだけど、何か、これはという感じだった。
「なあ、佑美。これ……」
「うん。良い物かも」
佑美も、綺麗さ以外に感じる物があったようだ。
その、ピンク色のついた石英のような小石を手に、レジへ。
ポスターに、好きな石でリングを作りますってあったのを見たからだ。
ファッションリングってやつだろうか?
すぐに出来るというので、しばらく店を冷かしつつ、待つ。
「まいどあり。つけてあげなよ、彼氏君」
「今日はこっちにね」
そういって佑美が差し出してきたのは、薬指……ではない。
右手の中指……ちょうどいいかもしれない。
緊張した気持ちで、そっと指輪をはめる。
「きつくないか?」
「うん。大丈夫。加工、ありがとうございます」
「いいのさ、朝から甘い物見せてもらった」
言われて、そういえば店員さんのすぐ目の前でやっていることに今さら気が付く。
2人して真っ赤になりながら、店を出てしまうのだった。
「あー、恥ずかしかった!」
「どこでつけても一緒だよ……行くのか」
日曜日は、用事がなければ長く向こうに行く。これは前から話していたことだ。
頷く佑美を引き連れて、午前中はデートを楽しむことにした。
異世界め、佑美はそっちにはやらないぞ、なんて気持ちを抱えながら。