OIS-016「人生における勢いの重要性」
「だからー、聞いてるー?」
「聞いてるよ。ほら、水」
なおも喋ろうとする彼女の口元に、コップを押し付ける。
中身は水……そう、どうも酔っぱらってるようなのだ。
「小さい子も飲んでるしさー、ジュースだと思ったら……ポカポカしてきちゃって」
「癒しの魔法が、酔いには効かないのは収穫っちゃー収穫だな」
正確には、癒せるほど集中できなくなっている、が正しいとは思う。
とはいえ、病気でもないのに魔法を使うのはどうかとも思う訳で。
幸い、軽いお酒だったようで佑美も泥酔ってわけじゃない。
「ワインを、水代わりに飲むところもあるっていうからな、そういうところもあるんだろうなあ……ほら、もっと飲んどかないと」
佑美には水を飲ませながら、町へのおでかけの報告をまとめていく。
結論から言うと、思ったより規模が大きい。
(車輪は発明されてる……少し、ちぐはぐなところがあるな? 魔法のせいか?)
マッチの代わりに、火を起こす魔法があるような世界だ。
物造りでも、出来ること出来ないことが、こっちの同じような時代とは違ってくる。
それこそ、物を冷やすなんてことが水に付けずとも出来るっていうのは大きい。
他にも、俺からすると歪に感じるのは、恐らく怪物のせいだ。
こちらでも、虫を研究して布を作ったりするぐらいだ。
怪物を研究して、その体を素材としてあれこれ作っていても不思議じゃない。
「田舎ほど、魔法使いは多い……と言っても、竈に火をつける、ぐらいがぎりぎりか」
「うん。例えば、夏に部屋を冷やす―ってのは商売になるぐらいのレア具合みたい」
「すぐに温くなるだろうに……ああ、俺たちがアイスを食べるようなもんか」
クーラーとして冷やすのではなく、一時的に涼を感じるというもののようだ。
そう考えると、魔法の事を攻撃、争い以外に使うという考えもそれなりに浸透してるってことだ。
このことは、逆に俺たち……佑美の異世界での暮らしを変えてくれるかもしれない。
人力でやるところに、魔法の力を借りられるのだ。
「少ししゃきっとして来た。これならいけるかな。見て! うーん!」
「おお!? 氷か、これ」
まだ少し顔が赤いけど、元気の戻ってきた佑美が両手を突き出し、何事か念じる。
すると、カラのコップの中に音を立ててビー玉サイズの何かが。
どう見ても、氷だ。
「この前、怪物退治にいったでしょ? あの時に、なんだか力があがったみたい。向こうの人は、階位っていってた。生き物としての段階が変わるんだって。すごい人になると、丸太を持ち上げたりするんだよ」
「まさに、レベルアップ……か」
こうなってくると、よくあるステータスオープン!っていきたいところだけど、向こうにはないようだ。
佑美にも一応試してもらったけど、それらしい反応はない。
話を戻すと、階位とやらがあがれば、やれることも増えるということのようだ。
「頑張って怪物を倒して、階位をあげて強くなってもっと強い怪物を倒して……が基本だって。ほんとにゲームみたい」
「やり直しは効かない。ほいほいついてくんじゃないぞ? それに、案外人間あっさりと死ぬんだ。階段でこけた先に釘が出ててとかだってあり得る」
「そんな、脅かさないでよ……わかってるけど」
少し、佑美の表情が硬くなる。
どうやらしつこかったのかもしれない。
けど、誰かが、親に言えない以上は俺が言うべきことだと思う。
「俺は毎晩、向こうに消える佑美が最後の姿かもしれないって、緊張してる」
「そんな、信用してないの?」
「飛行機で外国に行くのとは、訳が違うだろ?」
自然と、俺の声も強くなる。
事実、仮に飛行機が事故を起こしたら、悲しくはあるけど納得はするだろう。
可能性として、そういう物だとわかるからだ。
だけど、ある日異世界という場所に行ったまま帰ってきません、多分死んでます。
それで、納得できる奴がいるか?
家族が、それでしょうがないねって思うか?
そんなはずが、無い。
「向こうの危なさは、私の方がわかってるっ!」
「本当に分かった時には、遅いだろ!」
からんと、コップが倒れ水がこぼれるけど、2人ともそれを気にしない。
「確かにさ、向こうに行くときはワクワクすると思う。不思議な体験だし、自分で何か出来る世界だもんな。だけどさ、嫌なんだよ」
「嫌って……」
複雑な表情をする佑美の、手をしっかりと握る。
曖昧で、なんとなく抱えてきた気持ちは、佑美が異世界にいっているとわかってからはっきりした。
俺は……。
「知らないところで、佑美がいなくなるのは嫌だ。誰かと、知らない男と笑ってるのはもっと嫌だ」
「それって……ねえ、ちょっと最初と怒る部分違うんじゃない?」
「うっ、それは……」
本当は、こっちを言うつもりはなかった。
ムードってもんがあるし、命の危険で説得できるならその方が早いと思ったからだ。
沈黙が、二人の間に降りる。
「家族みたいにも好きだけど、家族じゃない形で、好きだ」
「うん、私も」
今さらと言えば、今さら。
少し前まで、お風呂だって一緒な時だってあった。
ただまあ、言っちゃったしな。
「もっと相談する、安全に力をつける方法がないか探す、これでいい?」
「あ、ああ……」
「それと……ほら、雑貨屋さんで、指輪買ってよ。フリーじゃないですって言えるように」
そう言った時の佑美の顔は、いたずらを成功させた子供のように、輝いていた。