OIS-012「同居の始まり」
「アンタ、最近あっちにいるでしょ」
「ど、どうして!?」
両親の一時帰宅は、あっさりと俺たちの秘密を言い当てることから始まった。
家に戻り、お茶でも飲みたいわという母さんが、キッチンに消えてすぐのことだった。
「冷蔵庫」
「あああ!!!」
短い指摘に、思わず叫んでしまう。
どうしてそんなことに気が付かなかったのか!
向こうで暮らすようになって、当然のことだけどこっちに用事が無くなる。
結果、かさばるけど日持ちはするもの以外、自宅では保管しなくなった。
具体的には、野菜類とか、調味料の類だ。
出来るだけ自炊する、インスタントは買いすぎない。
これが俺と両親とで決めていた話だ。
となれば、冷蔵庫を開ければほぼ空っぽなことがわかってしまう。
「ま、いいわ。どちらかというと、佑美ちゃんの方がご両親に怒られてるでしょうし。それで、責任を取ることが必要な感じなの?」
「おいおい、母さん。親が聞くのもどうかと思うぞ」
我が家は、母さんのほうが強い関係だ。
親父も、別に弱いという訳じゃなく、母さんが勢いがいいって感じ。
「別に、そんなんじゃないよ。お金の節約になるし、楽だなって」
これは嘘ではない。まさか、異世界にもっていく物を買うためにお金が欲しいから、なんて言えやしない。
それに、佑美が1人だけだといざという時にごまかせないなんてことは特に。
でも、それだけじゃ……無い。
「簡単に戻ってこれる国に、次はいてくれるといいかな」
「……そう、ま。私たちも同時に寿退社したから、人のことは言えないわ。ね、アナタ?」
「そこで私に振るか!? まあ、そうだな。バイトなりなんなりは、学校に影響がないなら好きにしなさい。ハンコは置いておく」
ありがたい両親の許しも得られたところで、インターホンが鳴る。
誰かと思えば、佑美とご両親だった。
「やあ、元気そうだね。娘が随分と世話になっているようで」
「ええ、ええ。どうせ頼りきりでしょう? まったく、この子ったら」
直接は言われないが、どうやら向こうでも同棲状態なのを指摘されたようだ。
両親に挟まれる形で、佑美はいつもより小さくなっているのがどこかおかしかった。
「成績が落ちないように、頑張るって言ってましたからね。許すことにしました」
ご両親の、信頼が感じられる瞳に、頷きを返す。
「そう言ってもらえると……4人とも、すぐ戻るんです?」
手紙では、顔出しだけと書いてあった。
メールや電話じゃないあたり、サプライズしたかったんだろうか?
「ゆっくりしたいとこだが、そうもいかなくてね。まったく、下手に成果を出すもんだからこうなるんだぞ?」
「おいおい、そりゃあいいって乗り気だったのはどっちだよ」
笑いながら、男同士の掛け合いが始まった。
そんな姿に、俺も佑美もくすりと笑うのだった。
結局、それからは外食で過ごし、夜には空港そばのホテルに泊まるというのだから忙しい話だ。
本当に、報告だけに戻ってきて、ついでに顔出しをしただけらしい。
どうも……ちゃんと顔を見ないと無事かどうかわからないから、というなかなか子供としては不安な話も聞けた。
「行っちゃった、ね」
「ああ。本当に顔出しだけかよ……親父たちめ」
子供としては、正直どうかと思うぐらいだ。
楽ではあるけど、寂しがってるような子供だったら、ぐれる元だと思う。
寂しいのは、間違いない。
でも、これが俺たちの家族の形だと思うことでそれも乗り越えられる。
それに、俺たちにとっては、ありがたい形だ。
「あのね、母さんたちが客間を使ってもいいって。ソファベッドでなんて!って怒られちゃった」
「そ、そうか。じゃあ持ち込むかな」
自然と、佑美の家というか部屋に2人きりの会話になっていた。
今日も異世界にいくだろうからと思ってのことだったが、両親とのことがあるから少し意識してしまう。
佑美も……なんだかいつもとは雰囲気が違った。
「ねえ、私のこと負担じゃない?」
「負担じゃないってことは、無いな」
ごまかすようなことじゃないので、しっかりと口にする。
まあ、佑美が悲しそうな顔になってしまうのも想定内ではあるのだが。
間を置かず、ちゃんと佑美を見る。
不安そうに揺れる瞳、良く見ると手だって……。
「だけど、俺がやりたくてやってる。そこは心配するなって」
「ありがと……」
本当のところは、なかなか口に出来ない。
俺も、自分の気持ちが本当にそうなのか、まだ自信がない……いや。
佑美に、そんなつもりはなかった、と言われてしまうのが、怖いのだ。
異世界に消える佑美を見送りながら、そんなことを思うのだった。