マナの初仕事。ヨナタンとの出会い。
王宮の侍女のルツと友達になるマナ。彼女の境遇は…。
うまずめ
子供を産めない女性のことをいう。当時のイスラエルでは子供を、とても重要視したため、子供を産めない女性は強いコンプレックスを持っていた。
ヨナタン 王の息子。性格がやさしく。のちにダビデの親友となる。年は20近く離れている。
ヤーヴェ(神)私のこれからの人生が少しでも良いものとなりますように。
私は宮廷から離れた建物に連れられ、部屋に通された。
「ここがお前の住む部屋だ。ミカル色々この子に教えてあげてくれ。」
「はい、かしこまりました。」
「今日からよろしくお願いします。」
「そんなかしこまらないでよ。私もまだ二月くらいしか経っていなかったんだもの。」
「ありがとう、ミカル。」
「なんか元気ないね?疲れた?」
ルツさんは、荒野に儚げに咲く花のように守りたくなる感じ‥‥。
きっと男性にも人気があるのだろうな。
「実は…‥。」
私は今日起こった一連の出来事をミカルさんに話した。
ミカルさんは黙ったまま私の目を見てコクリ、コクリと頷いてくれた。
私は、胸につかえていた感情。例えば切なさとか、失望とか、戸惑いとか。
そういったものが噴出してミカルさんの胸の中でワンワン泣いた。
「そっか、それは切ないね。」
そう言って、ミカルさんは私の頭を撫で、静かに慰めてくれる。
「私は奴隷として買われただけだから仕方ないのだけど。両親はいないし。」
私はそれを聞いて、ふと我に返った。ミカルさんの方が状況は良くないのに‥‥‥。
「私たちのリーダーが曲者でね今年二四歳になるのだけど。産まずめでいらっしゃるの。だから結婚、妊娠とかの話題はダメよ。」
「うまずめ・・・・・。つまり子供を宿せないということ。」
「そう、綺麗な方だから求婚はあったのだけど。うまずめと分かったとたん誰からも相手にされなくなった。だから彼女の前で恋愛や結婚の話はダメよ。」
私は、コクリと頷いて耳を傾ける。
「けれど、それでいてあの方は噂好きなところもあるから、あちらから他のご婦人方の話があったら聞かないといけないの。」
ルツさんはフゥーと深くため息をついた。そのお方は‥‥。結構めんどくさい?
「少し休んだら、仕事を教えるわ。その時に会うことになるから、今の話忘れないでね。」
「わかったありがとう。」
私たちは、お互いのこと。生まれ育った町のことを話して楽しんでいた。
そこに、私を王宮まで連れてきた兵士がノックもなしに入ってきた。
「ヨナタン様が来られた。挨拶をするから二人ともきなさい。」
「かしこまりました。」
ミカルは慣れた様子で頭を下げると。私もそれに習って頭を下げる。
「ヨナタン様って確か‥‥。」
「サウル王の息子。つまりヨナタン王子ね。マナさん粗相のないようにね。相手は高貴な方なんだから。」
とは言われてもなあ。
私の店に来るのは庶民か兵士だし、王宮での作法とかわからない。
もし何か大変なミスをしたら…‥。
私は考えるだけで、寒さに震えるスズメのように全身をプルプルと振るわせてしまう。
「マナさんはなるべく私の真似をしてくれたらいいと思う。名前を聞かれるから元気にね。」
そうさせて貰う。里に入りては里に従う…‥。祖母が言っていた気がする。
兵士と私たち二人は広い王宮の中を歩く。
サンダルが大理石にあたりカツカツと音を立てる。
昨日の今頃は私が王宮にいるなんて、信じなかったろう。
けれども、私は紛れもなく王宮にいるのだ。
金に目のくらんだ両親のおかげで。
「マナさん、キョロキョロしすぎ。」
ルツさんが小声で注意する。
「ええっ。私そんなにキョロキョロしてた?」
「してたよ。田舎者と思われるよ。」
贅沢な置物や見事な造りの王宮につい目を奪われてしまった。
私は、やっぱり村の食堂の娘くらいが丁度良かったんだよ。
「この部屋にヨナタン王子がいるから粗相のないように。」
「はい。」
私は緊張しながら部屋にゆっくりと入る。心臓の鼓動が聴こえる。
それに引き換え、ミカルは落ち着いて一礼する。
私も慌てて一礼してから部屋に入る。
「神の祝福がありますようにヨナタン様。
早く戻られて驚いております。」
兵士の先にいたのは三〇歳くらいの髭を蓄えた。男性だった。
「貴方にも祝福がありますように。
預言者ダニエル様の言ったとおり、少年は、すぐに見つかったよ。
さっき、王に会わせたところだ。」
彼がヨナタン様…‥。男らしく包容力のありそうな方だな。
身に着けた剣や甲冑は金属でできた丈夫なものだ。
おそらく相当高価なものだろう。
「あの者たちは?」
「はい、侍女のミカルと今日連れてきた新しい娘です。」
「はじめてお目にかかります。マッ‥‥マナと申します。今日から侍女として王宮で使えることになりました。」
「ハハッ。さすがに緊張しているようだ。気を楽にしてくれていい。私はヨナタン、王の息子だ。」
楽にするように言われてもなあ。私はどう楽にしたらいいかわからないよ。
「ルツ。マナに仕事を教えてあげてくれ、あまり急がなくていいから。」
「はいかしこまりました。」
彼女は視線を下に向け軽くお辞儀をした。さすがに慣れているなあ。私とは違う。
「もうお前たちは下がってよい。」
私たちは礼をしてから部屋を出る。
「ヨナタン様、例の少年は本当に羊飼いだったのですか?」
兵士の声が聞こえる。羊飼いとか言っていたような‥‥‥。
私とミカルは王宮の通路を歩きながら話す。
「サウル王は具合が悪いのよ。」
「へえ、そうなんだ。」
「それで、預言者ダニエル様から少年を連れてくるように言われたらしいの。」
「なるほどね。それは、わかったのだけど。少年とサウル王が具合が悪いことに何の関係が?」
「さあね。まあ私達には関係ないことよ。」
サウル様は具合が悪いのか。
そういえば、うちの両親が話していたな。サウル王は昔は良い王だったと言っていたけれど、最近は財政が良くないとか、贅沢だ、税金が高すぎるとか言っていたな…‥。
「あとで食事の支度について教えるわ。水を運んだことは?」
私も元小料理屋の娘。その辺は心得ている。
「あるよ。たぶん大丈夫。」
サウル王の体調が突然よくなり、宴が開かれることに。
そこにいた、音楽家の美少年がダビデだった。マナは彼に心を奪われる。