マナ、王宮へ。
食堂の看板娘マナが突然王宮に行くことに
サウル
神により選ばれた王。若いころは神を信頼する賢い王だったが、このころは彼は神からの力をえることが出来ずに、失策を重ねていた。
「マナ。このヤギ料理を奥のお客さんに。」
私は父親の作った料理を奥のテーブルの商人風の一行に運ぶ。
「ヤギ料理お待ちどうさま。」
「マナちゃん、大人っぽくなったねえ。」
「ああ、前は小さな女の子だったのになあ。」
「褒めても何も出ないですよ。」
いつも通りの和やかな大衆食堂。
私たち家族は、倹しくも幸せに暮らしていた。
けれど、いつも通りの日々は、あっさりと崩れてしまうこともある。
それは、客のいない朝の仕込みの時だった。
「この店でいいのか。」
「はい、この店だと思います。」
店の中に三人の屈強な日焼けした男たちが入ってきた。
彼らは兜と甲冑と短剣をみにまとっている。
「この店の主人はいるか?」
接客をしている母親が対応する。
「はい、お待ちください。」
この店が何か事件に巻き込まれた?
母親は、厨房で働く父と私を大慌て呼んだ。
客間に出た私が見たのは、明らかに軍人。
それもイスラエルの正規軍の人間だ。
よく店にくる軍人よりも明らかに高価な武具を身に着けている。
「すると、この娘か‥‥‥。」
「騒がせて済まない。この食堂の看板娘に用があったのだ。」
「私?」
兵士は無遠慮に私の顔を大きな皮の厚い手で確認し、腰の革袋から用紙を出した。
「王子ヨナタンが侍女を必要としている。この、見目美しい娘を王宮で預からせてもらいたい」
えっなんで私が。お父さん何とかしてよ。
「恐れいりますが、マナは大事な娘です。私達はこの料理屋で倹しく暮らしていきたいのです。」
さすがお父さん。私は父の男らしさに誇らしくなった。
「大事な娘さんを預けるのは不安だと思うが、王からの書類だけは確認してほしい。うちらも一応仕事なんでね。」
父と母が用紙の文章を確認する。顔色が変わる二人。おいっ・‥‥。
「免税特権。そして、娘の働く間、金貨50デナリ…‥」
「母さんこれだけあれば、家ももっといいところに住めるんじゃないか?それに免税特権はとても助かる。」
「はっ?」
両親の態度の豹変に私は愕然とする。
そこは、娘は例え金貨を積まれても渡せないとか言いなさいよ。
「あなた。マナを王宮で働かせれば素敵な男性と結婚のチャンスもあると思うの。
そうしたら、仕送りも期待できるのではないかしら?」
おいっ。家族の愛は?そして、なりより私の意見は?
「マナ。これは神がお前に与えたチャンスだ。よかったじゃないか。」
「…‥‥。」
「それでは、娘さんをお預かりして宜しいのですか?」
「はい、娘を宜しくお願いいたします。」
兵士たちに深々と礼をする両親をみて、私は大人ほど信用できないものはないのだと悟った。
信頼できるのはヤーヴェ(神)様だけだと‥‥‥。
「神の祝福がありますように」
「あなた方にも神の祝福がありますように。」
祝福しあう両親と兵士たちをウジを見るような目で見つめる。
私は馬車に乗り、自分が小さい時から過ごした店を眺めた。
両親が笑顔で手を振っている。
悲しいことに私が見た両親の笑顔の中で一番の笑顔だった。
かくして私は王宮で働くことになったのだった。
間もなく、馬車は王宮にたどり着いた。
私は店での思い出や、最後の両親の笑顔などをひたすら頭の中で繰り返し考えた。
牛が野草を何度も何度も反芻するように。
あの、金貨をみて態度を変えた両親の姿は、しばらくは忘れられそうになかった。
大きな石をくみ上げて作られた王宮を見上げた。
これから、ここで働くのか。
人生って突然変わることってあるのだな。
王宮の侍女のルツと友達になるマナ。彼女の境遇は…。