ダビデ・約束の救世主
ペリシテ5万の前に取り残されるダビデ。
ダビデの幸運もここまでと思われた…
王宮は再度のペリシテ人の進軍に慌てている。
ウリア隊長、ヨナタン様、そのほか軍の関係者が会議室に集結している。
私とルツは水を運んだり、遠征用のパンや干し肉、チーズを用意するので大忙しだ。
「今回の作戦は一万の兵をだす。ダビデを帯同させろ。」
低い声でサウル王が言う。
「何故です?彼はメシアかもしれないのです。犬死させるつもりですか。」
「ペリシテの狙いはイスラエルというよりダビデだ。もとは彼の招いた戦いだ。ダビデに責任を取らせろ。」
「なぜ、王族になったダビデを邪険にするのですか?」
「彼がメシアなら、今回も神が守るだろう。今回はこれで行く。」
隊長たちの間にも不安が広がっている。今ダビデを失うと軍の指揮に影響を与える。
出来ることならそれは避けたいのだ。
「ペリシテ人がまた高原に来ているらしいわよ。」
「また戦争になるのかな。」
ゴリアテが殺されたのにペリシテ人は本当に執念深いな。
「今回はダビデ様も兵士としていくって」
「ルツさんそれどこで聞いたの。」
「私は偶々小耳にはさんだだけ。」
ルツさんの噂好きは、置いておいてダビデ様は大丈夫だろうか。姫様とご結婚されたばかりなのに。
普通は結婚直後は戦争に行かないものなのだけれど…。
「ルツとマナ、5人分の鎧と食料を用意してくれ。」
ヨナタン様が緊迫した面持ちで指示を出す。ヨナタン様もダビデのことを気にしているようだ。
お二人は10歳以上離れているけれど、本当に仲がいい、まるで実の兄弟のよう。
「ダビデ、ウリア、ゆくぞ。」
「はっ。」
ダビデ様とウリア隊長、そしてヨナタン様は支度を済ませると馬屋に向かっていった。
私は昼ご飯を少しだけ食べ(食欲がわかなかった)バテシェバ様の家に向かった。
「マナ。よく来てくれたわ。今日は主人は戦で留守なの。」
「はい存じています。ヨナタン様もダビデ様も高原に向かわれました。」
「ダビデまで?今回も激しい戦いになるのかしら。マナ今日は祭壇に行きましょう。」
「はい、ご一緒します。」
私たちは生贄の羊を連れて王宮にある祭壇までたどり着いた。
ここは…私とバテシェバ様が出会った場所。
あの日の出会いは昨日のことのように覚えている。
「あなたと初めて会ったのもここだったわね。」
「はい、もちろん覚えています。」
私は、刃物で羊を屠り、祭壇に血を振りかける。そして、薪を集めて火を焚き、羊をその上に乗せる。
羊の焦げるにおいと共に空に黒い煙がまっすぐに伸びていく。
「神よ、ウリア様と、ヨナタン様、ダビデ様をペリシテからお守りください。あなたの祝福がありますように。」
私は
ペリシテ人は、ゴリアテの破れた高原に集結していた。
ゴリアテのいた時以上の軍団、5万はいるだろうか。
今度は借りを返さんとばかりに人数をかけて戦う気のようだ。
こちらは2万。ダビデも来ているとはいえ、どう戦っていけばいいというのだ?
「ヨナタン様、私とウリア隊長とダビデでペリシテ軍に向かいます。」
そう言ってきたのは千人隊長だった。
「何を言っているのだ。三人で行って何ができるというのだ。」
「これは、王の命令なのです。」
「父上が?何を考えているのだ。」
「今回の戦いはダビデが招いたものです。よって彼が収めることが筋かと。」
「何をいっているのだ。敵は5万あるいはそれ以上だぞ。一人で何ができるというのだ。
」
千人隊長は言葉に詰まりながら。
「申し訳ありません。王の命令です。たとえヨナタン様とはいえ。」
「私も同行します。」
私はこの後のことを王に仰せつかっている。
ダビデのみを残して、ウリア隊長と戦線を離脱する。
ダビデには悪いが、ここで彼には生贄になってもらう。
王は、この役割と引き換えに私の特進を約束してくださった。
悪く思うなよ。ダビデ。
ペリシテ軍5万を1キロ先にとらえ3人は立ち止った。
「ウリア様。ダビデを残して戻ります。」
「お前は何を言っているんだ?」
「サウル様にダビデ一人で戦わせるように言われました。私たちはここで引き返します。」
「イスラエルの英雄を見殺しにしろというのか?」
「……。」
「ウリア、そして隊長。戻ってもらって構いません。神の加護がありますから。」
ダビデは私たちに対する気休めで言ったのではなかった。
彼の眼には確信の炎が宿っていた。
「ウリア行くぞ。時間がない。」
「ダビデ様どうかご武運を。」
ゴリアテを殺された敵ダビデを目の前にして、ペリシテ軍は殺気に満ちていた。
この間のようなダビデに対する嘲笑はない。
ダビデを殺して武勲を上げようとする。
ペリシテ5万の兵がダビデに向けて襲い掛かる。
5万人の地響きと突進を見つめるダビデ。
ダビデは確信していた、神の加護と力を……。
突如砂煙が巻き起こりペリシテ軍を覆う。そして竜巻のように黒い煙が彼らを覆い隠す。
中で何が起こっているのか。うかがい知ることはできない。
「助けてくれ!」
「何が起こっている?」
砂嵐が薄くなりペリシテ軍に何が起こったのかが明らかになる。
ダビデの手前200メートルほどのところにペリシテ兵の首が大量に転がっているのだった。
前線の兵は誰一人生き残っておらず、一瞬にしてペリシテ軍は1万の兵隊を失ったのだった。神がみ使い二人に銘じて起こした奇跡に他ならなかった。
残りのペリシテ軍は4万人いたが、彼らはあまりの恐怖に身動き一つできないでいた。
「あのガキ、悪魔の子供に違いない。」
「我々では倒せない。」
一人また一人と戦線を離脱するペリシテ兵。
「ひるむな。相手は子供だぞ。武勲を上げようとするものはいないのか。」
隊長の言葉も高原にむなしく響き渡る。
「ペリシテ兵よ聞け。」
ダビデのテノールが高原に響き渡る。
「これ以上イスラエルに危害を加えないなら、私はこのまま王宮に帰る。
お前たちにも愛する家族がいるのだろう。今すぐここから去れ。神はイスラエルと共にある。」
ペリシテの士気は、みるみるうちに下がり高原から去っていった。
ダビデは高原からペリシテ軍がいなくなるのを見届け、自らも王宮へと馬を向かわせる。
ヨナタンは気が気ではなかった。三人で向かったところで何ができるというのだ?
先ほどまで三人の姿が見えていたが、突然起こった砂煙で何が起きているのか確認できない。
すると二人の兵士が戻ってきた。百人隊長と、ウリアだ。
「ダビデはどうした。」
「王の命令でダビデを残して戻りました。」
「ダビデ一人を見殺しにしたのか。それでもお前たちはイスラエルの兵士か!」
怒りに震えるヨナタン。ここでメシアのダビデを失うことがあれば、ペリシテを勢いづかせてしまうだろう。
「ヨナタン様申し訳ありません。ダビデ様の安否は定かではないのですが、砂煙の中からペリシテ人の悲鳴が聞こえてきました。」
ウリアが跪いて報告する。
一体あの砂煙の中で何が起こったというのだ。
そして、ダビデは無事なのか。彼らの行為は許せないが、二人が残っていてもダビデがたすかったわけでもないだろう。
ヨナタンは少しばかり落ち着きを取り戻した。
「ヨナタン様。馬と兵士がこちらに向かってきます。」
ウリアが叫ぶ。まさかっ……。
「あれは…ダビデじゃないか?」
遠く離れているが見た目はダビデのように見える。
頼むから無事でいてくれ、ヨナタンは神に心から祈る。
「ダビデだ、間違いない。神が彼を守られたのだ。」
ヨナタンはダビデに駆け寄る。ダビデは馬から降りて、鞍を直す。
「ダビデよく帰ってきてくれた。」
ヨナタンは頭に口づけし、強く抱きしめる。
「ヨナタン、神が私とイスラエルを守って下さった。
もうペリシテがイスラエルに手を出してくることもないだろう。」
「ダビデ君は間違いなくイスラエルの王になる。君はメシアに違いない。」




