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敦賀の戦い

「よお、雲之介。あんたら確か、くそ一向宗どもと戦うんだったな」


 長政さまらしくない、汚らしい言葉を使う猿飛は、義昭さんからもらった算盤で兵糧を計算をしていた僕にそう話しかけた。

 一介の山賊が陣中を歩き回るのはおかしなことだけど、大殿が「あいつに構うな」と命令していたので、黙認されていた。

 日が明けてから間もない。山賊は夜に悪事をするとばかり思っていたけど、意外と朝に強いのかもしれない。


「ああ。正確には朝倉家と一向宗だけど」

「協力するぜ。俺もあいつらには借りがあるんだ」


 思わぬ申し出に僕は「借りがある? どういう意味だ?」と訊ねる。


「言葉どおりだ。くそ一向宗ども、女子供にも仏敵を殺せだとか、死ねば極楽浄土に行けるだとか、いい加減なことをほざきやがる。そうやって育った奴は自分の子供にも人殺しを押し付ける。ふざけた話だ」


 意外と筋道は通っている。そこは長政さまらしいと思う。


「だからよ、くそ一向宗どもを殺せるなら、協力してもいいぜ」


 でも、やっていることは一向宗と変わらないと思ってしまう。目の前に居る乱雑で乱暴な男は、どうやって折り合いを付けているんだろうか?

 そう聞きたかったけど、僕は敢えて訊ねなかった。


「……協力するのは構わないけど、具体的にどうするんだ?」

「そんなもん決まってんだろ? 俺たちは三千人居る。それでくそ一向宗どもをあんたらの軍と一緒に挟撃してやるよ」


 浅い考えだ――それならもっと効率のいい戦い方があるはずだ。


「そうだな。ちょっと来てくれ」

「あん? どこに行くんだよ?」

「織田家の中でも一番優秀な軍師に意見をもらおう」


 僕は算盤を懐に仕舞って、歩き出した。まだ寝ているはずだ。猿飛も着いてくる。

 半兵衛さんが居るはずの陣に入ると、既に起きていた。いつもの女装姿で化粧をしている。


「あら。雲之介ちゃんじゃない。それとあなたは今話題の猿飛ちゃんね」

「……なんだこいつは。男のくせに女の格好してやがる」


 猿飛は不気味に思って近寄ろうとしなかった。

 するとくすりと半兵衛さんは笑った。


「ふふ。一度だけ会った長政さまと同じ反応ね。あの人もそうだったわ」

「ここの連中は、俺のことを長政って言うけどな。俺が本当に北近江の大名だったなんて信じらんねえよ。」


 肩を竦める猿飛に「でも薄々そうじゃないかって思ってるんじゃないの?」と半兵衛さんは核心を突く。


「……何言ってんだあんた?」

「このあたしを一目見て、男だって看破したのは、あなただけよ」


 そうだ――女顔で女装をしている半兵衛さんを男だって見破るのは難しい。僕だって初めは気づかなかったじゃないか。


「……分からねえ野郎は、鈍感だってことだ」

「あなたは見た目ほど鈍くはなさそうね。意外と繊細なのかしら?」

「俺を推し量るのはやめろ。おい雲之介。こいつが本当に優秀な軍師なのか?」


 僕は頷きながら「半兵衛さん。僕たちに策を授けてください」と頼んだ。


「朝倉家と一向宗を倒す手伝いをしてくれるそうです」

「ふうん。ま、策なら山ほどあるわよ。その中で効率的なのは――」


 そこで授けられた策とは――




「雲之介。久しぶりだな。同盟の席以来だ」


 決戦が迫るというときに、僕と秀吉が居る陣にやってきたのは、援軍の徳川家の武将、本多忠勝さんだった。鎧姿で手には名槍らしき得物を持っていた。


「おっと。軍議中だったか。悪いな」

「いや構わぬ。おぬしは本多忠勝殿だな。徳川家最強の武将と聞いている」


 秀吉が気さくに話しかけると「あんたは出世頭の木下秀吉殿だな」と会釈した。


「噂に違わぬ武人っぷりだな。わしの家来にほしいくらいだ」

「お褒めの御言葉、感謝いたす。ちょっと雲之介を預かってもよろしいか?」


 ちょうど僕は秀吉と打ち合わせをしていた。内容は秀吉が率いる各隊の配置だった。半兵衛さんが決めたところに、僕の輸送部隊が物資をどう送るかを考えていた。


「ああ、構わぬ。雲之介、外していいぞ」

「分かった」


 陣の外。忙しく動き回る雑兵の横をすり抜けて、本多さんと二人で話せる場所に向かう。

 ちょうど腰をかけられる岩を二つ見つけたので、そこに座った。

 少し黙ってから、本多さんが切り出した。


「――真柄直隆。お前、知っているか?」


 昔、織田家が窮地に立たされたときに、一度だけ聞いたことがあった。


「詳しくは知りませんけど、名前は聞いたことがあります」

「俺はそいつを一騎打ちで倒したい」


 功名心……というわけではなさそうだ。


「理由を聞いても、よろしいですか?」

「……太郎太刀と呼ばれる五尺三寸の太刀を振り回し、馬ごと人をばっさりと斬る武人。武名の誉れ高き真柄と戦ってみたい」


 本多さんは槍の底を地面に突き刺した。真っ直ぐに立つそれの穂先に、蝶々が止まった――いや、斬られて真っ二つになった。とんでもない槍だ。


「なるほど。単純に武人として戦いたいのですね」

「そうだ。だがおそらく乱戦となる状況で、奴とまみえるのは難しい」


 本多さんは「そこでおぬしに知恵を借りたい」と僕を見つめた。


「どうやったら、奴と会える?」

「……僕は武人ではありません。ましてや策士でもない」

「分かっているさ。しかしお前なら良い考えが出るかもと思ったのだ」


 武人の勘というものだろうか。僕はしばし考えて「真柄はおそらく先陣で来るでしょう」と話す。


「朝倉家でも猛将で通る真柄なら、確実にそうしてくる」

「何故分かる?」

「僕のような凡人でも、強き者を積極的に使うのは、当然と考えます。ましてや、今回は敦賀湾近くの平原での戦いです」


 そう。僕たちは朝倉家よりも兵力が多い。だから森林や山岳戦にならないように朝倉軍を平原に向かうように誘導した。


「数や地の利のない朝倉家が狙ってくるのは、間違いなく短期決戦。つまりは大殿の首です」

「まあそれも当然だな」

「ですから、朝倉家の先陣は真柄です」


 本多さんは顎に手を置いて「もしも挟撃のために迂回して本陣に向かうとしたら?」と声に出した。


「もしも俺が先陣に立ち、真柄とまみえなかったら、逆に本陣が危うくなる」

「僕の考えは浅いですから。本多さんが最後は決めてください」


 僕は立ち上がった。話が終わったからだ。


「そうか……ま、賭けだな」


 本多さんはそう呟いて、槍を引き抜き、言葉もなく去っていく。

 最後に僕は「無理しないでくださいよ!」と呼びかけた。


「悪いが無理も無茶もするのが、俺の仕事だ」


 頼りになる人だと思うと同時に、少しだけ危ういなと思った。


 さて。いよいよ決戦のときが来た。

 敦賀の戦いと後に呼ばれる戦。正面には朝倉軍二万。そして西側には一向宗が三万ほど構えている。

 こちらは本隊が四万、秀吉の軍が四千、徳川軍一万五千、足利軍が一万。総勢六万九千である。一向宗の数が多いのは予想外だったけど、何とかしないといけない。

 天候は曇り空。昼頃なのに暗くなっている。こちらは鉄砲隊が多いので、雨が降るかどうかで勝敗が決まるだろう。桶狭間といい、大殿が出陣するときは、雨が多く降る傾向があるな。


「雲之介。おぬしにこれをやろう」


 輸送部隊の指揮に行こうとしたとき、秀吉に差し出されたのは、一丁の鉄砲だった。


「本圀寺の変でも使ったのだろう? ならば撃ち方は知っているはずだ」

「この天候で、使えるかな」

「雨が降らなければな。ま、いざというときに使え」


 ありがたくちょうだいすると秀吉は「ここが正念場ぞ」と語り出す。


「ここで朝倉家を滅ぼせば、織田家の脅威は減る」


 確かにそうだ。だからこそ滅ぼさないといけない。

 たとえ多くの人が犠牲となっても――


 法螺貝が鳴る。陣太鼓も叩かれる――決戦が始まる。

挟撃……挟み撃ちのこと。

法螺貝……ホラガイ科の巻貝の一種。貝殻はこうして戦の合図として楽器に用いられた。

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