カレらノ日常
※どこでも語る予定の無い話を一部組み込んでます。
かつて、山城の国と言われたどこかの山。
その山の主である姫神の神域への入り口に来訪者がいた。
神無月の集まりも終り、かと言って師走の騒々しさもまだ始まらないそんな頃。
一応言うなら、ハロウィンは終わっているのは、確実なそんな頃だ。
することが無いわけではないけど、忙しいわけではない。
某女家庭教師のように、古風な蝙蝠傘を介して降り立つのは、青年。
白髪に銀をまぶした髪と抹茶色の瞳と和装。
浮世離れした女顔をした彼は、古式ゆかしいトランクを手にしている。
ヴィクトリアンなドレスならその某家庭教師そのままの様相であった。
なんでもないように、街の神社に入るように姫神の神域へ行く青年。
進むうちに、明治期に建てられたような洋館が現れる。
和洋折衷の文化住宅を古今の和風建築を更に混ぜた奇妙ささえある。
「小母上、お久し振りです。」
かって知ったるなんとやら。
その洋館のサンルーム。
洋風の応接セットに座るのは、山の姫神。
みずみずしいが真っ白な背丈ほどの髪に紅玉のような瞳、女房装束姿の若いが老獪さも含む年齢不詳の女性。
その女性の座るソファの前の一人掛けには、青地に大輪牡丹の模様の着物姿のおかっぱ頭の市松人形が置かれている。
また、お茶と茶菓子は2人分並んでいるようだ。
それは、今来た青年と姫神の分ではなく、市松人形との分だ。
この市松人形は、付喪である歳若い妖に近いそれだが、同時期の同類よりも手強い相手ではある。
蛇足になるから、詳しくは話さないが、作り手にして母たる人形師の咎でもあるのだが。
「うむ、久方ぶりじゃな。
いつきよ、そなたの終姫殿も息災か?」
「ええ、恋人の片眼が行方不明で気落ちはしていますが、元気に裏稼業に精を出しています。」
「それはそれは。」
『いつき、おみやげは?
きょうかいの姫が着物作っていつきにわたすっていってたわ。』
きゃあきゃあと置いてあった市松人形もそんな感じに騒ぎ出す。
「はいはい。
小母上には、終の姫からのお菓子とファッション雑誌です。」
幾つかの有名どころのファッション雑誌。
ミドルティーンから壮年向けまで。
フォーマルやカジュアル、着物やゴスロリまで、さまざまだ。
余談ではあるが、この姫神の好みは、白ゴスや正統派ゴス系のちょっとマイナーなロリィタ系である。
普段は、女房装束のようなものを着ているせいもあるのだろう、きっと。
ノリで言うなら、普段はキッチリスーツの女性が、私服が少女趣味なのに近いのかもしれない。
足を出すことに抵抗があるのか、最低でも長袖ハイネックでストッキングなのだ、真夏でも。
ちなみにで言うが、真夏の京都でフル装備だと控えめに言って、軽く死ねる。
それでも、この姫神はそういう格好をして歩くのだ。
十数年前にまだ幼かった終の姫が、うっかり話したことから知り好むようになったのだ。
時折、京都市中に出向いて、人の子に混ざっているようだから。
そのせいで、『和風美人のゴス姫』なんていう都市伝説にまでなっているのだけれど。
また、とある人形作家がその話にインスピレーションを受け、和風美人が洋風ドレスを着ているシリーズを作ってしまったなどの影響はある程度には、姫神は気に入って人の子に混じるのだ。
フル装備なだけあって、ひそかに人外認定されているのは、まぁ、自業自得だろう、うん。
ちなみに、お菓子のほうは保存性を優先した卵以外の水分ナシのナッツとドライべり―のビスコッティである。
お茶に浸しながら食べないと顎が死ぬようなそんな焼菓子。
「で、こっちは、依茅の分で《境乙女》からの着物十枚と帯締め下駄なんかの小物ですね。
一組は、ハイカラさん風味のそれです。」
『わぁ~、やっぱり、きょうかいの姫のは最高ね。』
色とりどりの和布で縫われた着物。
市松人形の依茅のサイズで縫われている。
二枚は、黒地に無数の白猫が抜かれた模様の現代布で浴衣のようだ。
終の姫の実妹でもある《境乙女》は、家から出ないこともあり、そういうハンドクラフトを得意とするのだ。
細かい小物の類は、実費とリクエストの物々交換で他の作家と交換している。
そのおかげで、依茅は某アンティークドールのように衣装持ちなのだ。
今日着ているものにしても、いつきと呼ばれた青年には見覚えのないそれ。
「それで、小母上。
部屋の隅のそれ、中身入りの《人珠》ですよねぇ、しかも、複数。」
ひとしきり、お土産を見た後。
一杯めのお茶を飲み終わった三人。
樹が、そう切り出した。
確かに、幾つかのソフトボール程度の珠が飾られていた。
強いて言えば、水晶玉にオパ-ルのような遊色反応が浮かぶ珠。
生きているかのようにちかちかと、有色反応が蠢いている。
――それが、四つ。
「そうじゃ、終の姫にも誇れぬものじゃが。
ヒトの領域に入ったのじゃ、代価のうちであろう?」
「そうですねぇ、何をしたんです?
小母上はまだ人間好きですし、よほどの不調法を仕出かしたんです?」
「我のこの領域の表宮があろう。」
「ありますねぇ、相変わらず、煌びやかで銀メインとは言え、玉や珊瑚で飾られていますし。
山の妖からの供物の簪やなんかも置いてありますね。
……盗みでもしましたか?」
「この間、五人、この領域に迷い込んでのう。
それだけならまだしも、四人が簪などを盗みより、その上建物の飾りまで剥がして持っていこうとしたのでな。
一人はなにもせなんだし、人の世に還したわ。心までは還してやれなんだが。
その一人と四人のうちの一人が、親戚のようで昔、我が通行許可の加護を与えた者の末らしい。」
「あらら、ということは、この辺だと市内の××の末でしょう。
今でも小母上に供物を捧げている。」
「そうじゃのう、本家筋ではないようじゃが、我の話を聞いておってこれじゃからな。
読んだ限り、父親達が現当主の少々歳の離れた末弟2人らしいのぅ。
先代が、手を出した一族の娘の子じゃな。」
『むぅ、神様のものじゃなくても、人の家のものもってくのはいけないんだよ。』
「そうですねぇ。
一応、霊感が死滅していても、普通は違う場所というのはわかると思うのですが。」
「じゃのう。
まぁ、犬神筋もおったようじゃ、あてられたのじゃろう。
それでも、盗み居ったのは、そやつらの咎じゃ、自業自得と言うもんじゃの。」
「まぁ、ある種の必然でしょう。
ねぇ、××の○○○さん?」
「おや、意識があったのかえ?」
「小母上の加護のせいでしょう。
時と代のせいで、薄くなってますが、あの夫婦の妻の方に少々魂の質が似ている、せいか代の薄さより少々濃いみたいです。」
「それは、重畳。
あの妻に似ているなら、手加減はいらぬのぅ。」
『あめ玉みたいにしゃぶっても、最期までちゃんとわかるんだね!!』
「あのまま、自我を削られて、調度品になるのが適当かと思いましたけど。」
「ふふ、未遂といえど我のモノに手を出して無事であろうと、そんな甘いことをすると思うかえ?」
「思いませんねぇ、小母上も神としては忘れられ気味でも、山の主姫ですから?」
「主も、一口乗るかえ?」
「うーん、終の姫にバレたらことですし、見学だけを。」
『むぅ、ならなら“あいであ”だけでも出してよ。』
「それぐらいなら、良いですよ。」
まぁ、ちょっと、(人間には)不穏だけれど、これも、彼らには日常なのだ。
ちなみに、この四人だけではなく、窃盗を教唆した父親と犬神筋の母親祖母も、怪死をしたと明言しておこう。
父親は、もちろん、此処の存在を知っていての教唆からの咎。
犬神筋の2人は、それを統制するすべを教えなかったが故の咎。
咎には、罰を。
それの相手が神様でなくとも、当然の処置なのだろう。