斗真 と 立也 と 気象予報士
夕渚と出会って尚且つ自然な感じで会話までしたせいだろうか、俺はお花畑の中にいた。
いきなりの「ユウユウ」発言に、当初は俺の眼球にかかっていたほんわか青春フィルターもはがれ落ちてしまったわけだが、そんなフィルターが無くとも夕渚は十分に可愛らしかった。
ところで、どうして俺がこんなお花畑のど真ん中にいるかと言うと、お花摘みに来たわけでも押し花をしに来たわけでもない。もちろん、「好き」「嫌い」「好き」「嫌い」なんて言いながら花びらをチラチラ散らしに来たわけでもない。
何を隠そう、ここは俺の夢の中なのだ。
ちょっと一目惚れっぽい体験をしたからって、そこからお花畑に結び付けてしまう自分の脳みそに若干の恥ずかしさを覚えながらも、ここが夢の中だと気付いてしまった自分に、「何やってんだよ!」と喝の一つや二つ入れてやりたい気分になっていた。
「どこにいるんだ?」
おそらく現れるであろう一人の少女を探していると、
「よお、チイ。ここにいるぞ」
俺の真後ろから現れた。まったく、影法師かよお前は。
「チイ、一言言っていいか?」
「どうぞ」
ユメは周りの景色をぐるりと見渡してから言い放った。
「メルヘンチックだな」
「…………」
お恥ずかしい。返す言葉もございません。
そのままユメは俺の方に向き直ると、俺の顔を見上げて笑顔で宣言した。
「今日はチイの夢食うぞ」
どうやら今日の俺は夕渚と出会ったせいで、なかなかに弾んだ心持だったらしく、ユメにとってはお腹のふくれるいい夢だったらしい。
しかし、夢を食われたところで何の実害もないと分かってはいるものの、実際に食べられるとなるとなんだか嫌な気分になる。というわけで、俺の思考回路決議によって、ユメの夢食い宣言は否決されることになった。
「やめてくれ。別の人の夢にしろ」
「何でだ?」
「何でもだよ」
「嫌だ。食う」
母親に好きなおもちゃを買ってもらえない三歳児のようなわがままっぷりをいかんなく発揮してくれちゃってるもんだから、俺はもうお手上げだよ。ヘルプミーだよ。
でもここで折れてしまったら、今後もこいつのいいカモになりかねないので、「頼むからやめてくれ」と粘り強く根気強く説得していると、
「それじゃあ、おいしい夢を見てそうなやつを紹介しろ」
という妥協案を掲示してくれた。
今日の俺並に心躍っていそうなやつは全く浮かんでこなかったのだが、今日を幸せそうに過ごしていた奴を頭の中で懸命に探していたその反動だろうか。今日の別れ際に気になることを言っていた一人の男子生徒が浮かんできた。
「斗真なんてどうだ?」
たぶん、ユメに言わせるところの「おいしい夢」なんてのとは程遠い夢を見ていそうだったが、俺にとってはすごく気になる夢だったので斗真の名前を挙げてみた。もちろん俺は、俺もユメと一緒に他人の夢にお邪魔させてもらうこと前提で話していた。
「斗真か。まあいいだろう」
案の定一人でどこかに行ってしまいそうだったので、
「待て、ユメ。俺も連れてってくれ」
嫌がるかと思ったのだが、
「ほい」
右手を差し出して、指先でカモンカモンをしていた。
「じゃあ、行くぞ。チイ、手を放すなよ」
この言葉を合図にしたかのように俺は再び、「天王星発土星行き特別超快速」とかいう感じの、心臓弱い人じゃなくても乗っちゃだめでしょ! と叫びたくなるような感覚に襲われつつ、斗真の夢へと降り立った。
斗真はかなり日常的な夢を見ていた。
「ここ、納陵高校だよな」
周りを見渡しながらユメの同意を待っていると、
「チイ」
ユメはハムスターもびっくりなくらいの膨れっ面をして、
「全然おいしそうな夢じゃないぞ」
予想通りのクレームだった。
「まあまあ、そんなに文句ばっかり言うなよ。とりあえず、斗真を探そう」
と言ってから、ふと気になることが。
「俺やお前がこの夢の中で斗真に会ったらやっぱまずいのか?」
常識的な人間にとっては到底理解しがたい異常行動を俺とユメはとっているのである。何かやばいことをしている気分になるのは当然のことだ。
「心配ない。ここはあくまで夢の中だ。斗真にしてみれば、夢の中にあちしやチイが出てきたと思う程度のことだ。それに、あちしやチイがもし変なことをしたり言ったりしても、あちしがこの夢を食えば斗真の記憶には残らない」
「ということは、特に心配するようなルールみたいなもんはないってことだな」
「でもここは他人の夢の中だ。当然、あちしたちは夢の中で重要なファクターじゃないから、あちしたちの存在は無視されやすくなる。そのことだけはよく覚えておけ」
「わかった」
そして、俺とユメは校門をくぐった。
とりあえず手始めに一年七組の教室に行き、その後校舎の中を歩き回ったのだが斗真の姿を見つけることはできなかった。というか、斗真の姿だけでなく人っ子一人出会うことはなかった。校舎の中も細部まで再現してあるわけではなく、特に南館においては色彩や構造なんかがかなり簡易化されて存在していた。これはたぶん斗真が南館にあまり足を運ばないせいなのだろう。運動系の部活に入っている奴らの部室はグラウンドにあるから、南館を訪れる頻度は極端に少ないのだ。見たこと聞いたこともないようなものを構築できるほど夢の世界ってのは万能ではないらしい。
どうやら斗真は校舎の中にいないようなので、俺とユメはグラウンドに行ってみることにした。
「チイ、いたぞ」
俺より先にユメが斗真を発見した。
「おお、部活か」
俺は斗真が真面目に汗を流している姿を初めて見た。体育の授業のときはダラダラ歩いているか、保健室で寝ているかのどちらかの印象しかなかったので、これは新鮮な光景だった。もしかしたら、選択種目であるバスケの時間もこれくらい頑張っているのかもしれないが、残念なことに俺の選択種目はソフトボールなので詳しくはわからない。
まだ入部したてなのでレギュラーでも何でもないんだろうけど、ただひたすらにボールを追いかけている斗真の姿は、普段とは全く違う、純粋な少年の一面を表しているような気がして、自然と見入ってしまった。斗真の額から流れ落ちているキラキラ光る汗が、普段のとげとげしさのようなものを洗い流しているのかもしれなかった。
「チイ」
なんだか興奮した様子のユメが激しく俺の裾を引っ張っている。
「かっこいいぞ。斗真、かっこいいぞ」
ユメもこの光景に見入っているようだ。もはや、夢がおいしいのおいしくないだのという話はきれいさっぱり忘れてしまっているらしい。
「チイ、お前は何かスポーツをやってないのか?」
「あいにく俺はわけのわからん研究会に入っちまったからな。掛け持ちする気にはならん」
「そうか。あちしが思うに、男は全員スポーツをやるべきだ。髪型気にしてる暇があったらスポーツをやった方がいい。その方がかっこいい」
「悪かったな、スポーツやってなくて」
「気にするな。これはあくまであちし個人の見解だ」
ユメが鼻息三割増でスポーツに汗を流す男の美しさを語っているうちに、部活が終わったのか、斗真がこっちに向かって歩いてきた。
「お疲れ」
「ナイッシュ―だ」
俺とユメが話しかけると、
「サンキュ」
と言ってそのまま部室の方へと消えていってしまった。
「何かそっけないな」
「だから言った。こんなもんだ」
まあでもよくよく考えてみると、現実の世界でも斗真の対応はこんなもんかもしれないな、なんてことを思いつつ、おそらく戻ってこないであろう斗真を待っていたのだが、当然のごとく斗真は戻ってこなかった。
「どこ行ったんだろうな」なんて言いながらユメとグラウンドやら校舎やらをグルグル回ったのだが、人の気配というものが全く無くなっていた。
学校の敷地内に斗真はいないと判断した俺たちは、外に出ようと校門をくぐったのだが、
「なんじゃこりゃ?」
「これが夢だ」
一歩敷地外を踏んだ時には、景色が全く変わっていた。俗にいうワープみたいな感じかな。
「この世界の主体は斗真だからな。こういうことは当たり前に起こるのだ」
ユメは理屈っぽく説明することなく、さも当たり前かのように教えてくれた。
「ここはどこだ?」
室内だということはわかるのだが、薄暗くてよく分からない。床には湿っぽい畳が敷いてあり、古臭い箪笥の匂いが木目調を連想させる。ここはたぶん民家だろう。
「チイ、何か聞こえる」
ひそひそ声で俺に話しかけたユメの近くに行ってみると、おそらく喧嘩をしているのであろう男女の声が聞こえてきた。
「夕飯作ってないくらいでいちいち文句言わないで」
凛とした女性の声に、
「何だその言い方は! こっちは仕事でくたくたなんだぞ!」
野犬のような男の悲鳴。
「あなただけじゃないでしょ。私だって働いているのよ」
「だからその言い方はなんだって言ってるんだ!」
襖越しだからよく分からないが、たぶん、女の人は男の人にぶたれたのだと思う。
「何でそうやってすぐに手を挙げるのよ!」
ガチャン、という悲鳴が静かに落ちていった。食器か何かが割れたのだろう。
「誰のおかげで飯食っていけてると思ってんだ!」
ヒステリックな男の怒号に、女の人は泣いていた。
「あなただけが稼いでいるなんて思わないで!」
勇ましく透き通った声が男の怒号に沁み込んでいく。
「何が言いたいんだ」
さっきまでの威勢が一転、ひどく腹の底にまとわりつくような男の声が空気を黙らせた。襖の奥からは女の人が鼻をすする音だけが漏れ聞こえてくる。
「何が言いたいんだって聞いてんだよ!」
部屋が揺れた。
「俺より稼ぎがいいからって偉そうにしてんじゃねえぞ」
家が沈みそうな恐怖心。
「やめて! お願いだからやめて! きゃあ! ごめんなさい。ごめんなさい。お願いだから。お願いだから許して下さい」
この後は女の人の鳴き声しか聞こえてこなかった。
俺はここが誰の家なのかということくらい想像がついている。だから俺は気になったんだ。あいつはこの襖の向こうにいるのだろうか、何を見ているのだろうか、どんな表情でやり過ごしているのだろうか。考えれば考えただけやり切れない思いが込み上げてくる。喧嘩をしている二人の大人と、どこかにいるのであろう一人の少年。その関係が俺の思っているものと違っているのなら、それはそれでいい。いや、むしろその方がいい。
俺は人の夢がその人の過去をそのままを反映していると考えているわけではない。俺自身、意味不明な夢を見ることだってあるのだから。でも、だからと言って、夢が全て虚構でできている、という風に言うこともできないでいる。少なくとも俺の経験からはそう言えてしまうから。
明日からの俺は、斗真と上手く接することができるだろうか。今までと変わらない態度であいつと会話ができるだろうか。はっきり言って、わからない。
気付けばユメが俺の服の裾を握りしめていた。こんな修羅場的シチュエーションに初めて出くわしたのだろう。小さくなって震えている少女の両耳をふさいでやった俺は、できればこんな夢とは出会いたくなかったな、なんて事を思いながら、好奇心で夢を覗いてしまった浅はかな自分の行いに反省していた。
俺とユメが襖に背を向けると、
「あっ」
襖のわずかな隙間からこぼれ出た蛍光灯の明かりが、俺たちの視線を導いてくれた。
白い光の先で、幼い少年が膝を抱えてうずくまっている。
耳をふさがれていたユメは気付かなかったかも知れない。少年は、襖から染み出てくる声に隠れるようにして苦しんでいたから、気付けなかったのかもしれない。部屋の隅に溶けていく少年が震えていることに。
そのまま俺たちは、少年の濡れた瞳へと吸い込まれていった。
深く深く、底のない瞳の奥へと。
「あれ?」
天井が高い。
というか、空が高い。
つまりは外だ。
気付けばまたもや場面が変わっていた。俺の眼前には見たことのない風景が広がっていた。
「たぶん斗真の地元だろう」
そう言うとユメはピョコピョコ歩きだした。場面の転換とともに気持ちの切り替えまでできてしまっているユメに、俺はほんの少しだけ感心してしまった。女の人が失恋を引きずらないというのは案外本当なのかもしれないな。
そんな事を考えながら数分歩いていると、中学生であろう人の流れを発見することができた。日の暮れ具合からして今はちょうど下校時間なのだろう。よく見ると中学生の団体の中には高校で見かけたことのあるような顔ぶれも混じっていた。
「これってもしかして」
ユメの顔を見やると、
「うん。これは斗真が中学生の頃の世界なのだろう」
こう言う場面に遭遇すると、「ああ、俺、こんな体験してて大丈夫なんだろうか」なんて不安に襲われたりもするのだが、ユメに言わせると、「経験豊富な大人になれるぞ」だそうだから、まあいっか、と将来の心配をすることを中断するのであった。
俺たちは見知らぬ土地を二人で歩き回っていたのだが、いっこうに斗真を見つけることができなかった。その代り、導かれるようにして人気の薄い公園にたどり着いた。
ためらうでもなくズカズカと公園の中に入っていくと、
「あ、いた」
ただでさえ人気の薄い公園であるのに、それをさらに二乗したくらい人気の薄い場所に斗真はいた。斗真がいる場所は大きな遊具の陰になっているので、通りから一瞥するだけでは見つけられないのだ。
しかし斗真の方は俺たちの存在に気付くことなく相変わらずのトゲトゲオーラを放っていた。
公園の中をもう少し歩いて行き、「斗真」と声をかけようとした寸前、俺はあることに気がついた。
「あいつ……」
斗真は同じ制服を着たガラの悪い連中四人に囲まれていた。ガラの悪い連中が何人も集まって「か~ごめかごめ~」なんて歌を歌ってるわけないから、状況的にはよろしくない方向に向かっているのだろう。
「チイ」
いまにも駆け出しそうな俺をなだめるべく、ユメの右手が俺の肩をポンポン叩いていた。
「これは斗真の夢の中だから心配するな」
さっきまで震えていたくせによく言うよと思ったが、まあ、確かにユメの言う通りだなと自分に言い聞かせつつ、俺はあることに思いを巡らせた。
(あんま思い出したくない過去ってやつも、食ってくれる奴がいたらいいんだけどな)
あの時見た斗真の悲しげな表情を思い出しながら、俺はユメと二人で遊具の陰から事の成り行きを見守ることにした。今日は斗真の全部を見ているような気分だ。明日絶対謝ろう。
「お前マジ調子乗りすぎなんだけど。何回シメられれば気が済むわけ?」
調子に乗ってんのはお前だろ、と教えてやりたくなるくらい態度のでかい男が斗真を押し倒した。態度だけじゃなく体格まででかいこの男は倒れ込んだ斗真に向って唾を吐きかけている。 斗真も斗真で、お前が吐き掛けた唾はこんなにも醜いんだぜと言わんばかりの目つきで、かけられた唾を拭いもせずにぬらりと頬に垂らしている。
「こいつぜってーМだぜ。ひっひっひ。実は嬉しいんだろ?」
サディズムに目覚めてしまったらしい別の男が斗真の腹の辺りに蹴りを入れ始めた。これはさすがに効いたらしく、斗真は腹を押さえてごほごほ咳き込んでいる。
「キモすぎなんですけど―。ワンって言って見やがれこのクズ!」
いったい何に対して気持ち悪いという言葉を吐きかけているのか知らないが、今度は少し小柄ないじめっ子が斗真の顔面を踏みつけていた。お前の靴についた誰かさんの唾の方がよっぽど気持ち悪いように思うのだが、何となくの雰囲気だけで言葉を吐きかけているこいつらはそんなことには気付いていないようだ。
「おいおい、顔はヤベ―って。外からバレないとこにしねーと。こことか。マジ超ウケる」
まともに喧嘩したら小六にも負けるんじゃないかっていうくらいへちょい男も斗真の太腿を蹴りつけていた。
俺も結構やばめなシチュエーションを想定していたのだが、その予想をはるかに上回る悲惨な状況だった。夢の中なので多少塗色もされているかもしれないが、その分を差し引いたとしても見るに堪えない光景だ。まさにボッコボコである。顔だけ奇麗な状態に保っておくあたり、こいつらの陰湿さが十分にみてとれる。
斗真は決して軟弱な人間ではないから少しぐらいやり返せばいいものを、歯を食いしばったまま一切の抵抗を見せなかった。無抵抗なものを痛めつけるという絶対的な優位に酔いしれてしまっているのか、狂気の傀儡と化した四人はリミットの箍が外れたかのように永遠斗真を嬲り続けている。
さすがにこの状況では、夢の中の出来事と分かっていても我慢することができなかった。さっきまでの室内での出来事とはわけがちがう。やられているのは斗真自身なのだから。だから当然、「やめろこの野郎!」と突進していきたい気分になった。ユメもこの状況はさすがに見かねたらしく、「あちしも行く」と言ってきた。
俺とユメがお互いのアイコンタクトだけで合図を送り合い、行くぞ!と腹を決めたちょうどその時、
「何してるんだ!」
俺たちのものではない怒号が割って入った。
そいつはこういう不健康な場面には最も似つかわしくない奴だった。
「なんだてめえ、やんのかコラ!」
お前らそれしか言えないのかよ!とツッコミを入れたくなるくらい定番なセリフを吐き散らかして、ガラの悪い四人組は勇敢に現れた少年へと歩み寄っていく。
少年は四人組の迫力に押されたのか、二、三歩たじろいだが、何かを決意したかのようにぶるっと首を振ると、一直線に連中めがけて突っ込んでいった。
四人組は一瞬歩を止めたが、自分たちの多勢を確認すると再びニヤつきながら前進していく。
俺とユメが、少年の勇敢さに見とれていると、
「あれ?」
少年は連中を見事にスルーして斗真のもとへと駆け寄っていった。
「逃げるぞ、斗真」
喧嘩する気はさらさらないらしい。
「無理。マジ無理。超痛てえ」
少年が斗真を抱えているうちに、
「ちょっとー、無視しないでくださーい」
二人まとめてボッコボコにされてしまった。
きっと斗真はあの性格上、中学の中でもちょっと浮いた存在になっていたのだろう。そのつんけんした態度がこういう不良っぽいやつらの癇に障って、ちょくちょくこういう目にあっていたんだと思う。そう考えると、そんな斗真を性格上放っておけないこの少年が、かわいそうではあるものの、なんだか間抜けにすら思えてくるのだからおもしろい。
でも、なんだかわかった気がした。
どうして性格真反対のあの二人があんなにも仲良くやっているのか。決して言葉数は多くないのだけれど、お互いがお互いを信頼しきっているような関係でいられるのかが。
「斗真、すまん。僕もやられてしまった」
「マジ役立たず」
「斗真、前から思っていたんだが、お前にはもっと協調性というものが必要だ」
「うるせえよ」
「まったく、お前といるとろくなことにならんな」
「じゃあ来んなよ」
「それはできん。なぜなら僕は」
お互いの背中に身を寄せながら、お互いの性格を表したかのように全く別々の景色を眺めながら、二人は言葉をかわしていた。きっとこの少年も斗真の全てを知っているわけではないのだろう。話たくないことというのは誰に限らず持っているものなのだろうから。でも、そんなこと知っていなくたって、地球は毎日回っているんだ。
「斗真、お前の友達だからな」
斗真はふっと硬い表情を崩した。
「よくそんな臭いこと言えるよな」
「事実を述べているまでだ」
「マジ勘弁」
バサッとお互いの背中を滑るようにして大の字になり、二人は寝転んだまま天を仰いでいた。
「でもよ」
このときの斗真の表情を俺たちは覗くことができなかった。もしかしたら、俺たちがまだ見たことのない満面の笑みを浮かべていたのかもしれない。
二人の会話を邪魔しないようにしているのかと思うほどに黙り込んだ公園の空気の中で、斗真の声がはっきりと震えた。
「ありがとな、立也」
空から見つめる太陽もこの二人に遠慮したのだろうか。申し訳なさそうにその後姿だけをのぞかせている。一口には言い表せないほど様々に味わいのある赤色を引連れて、空がその頬を染めていた。
これほどまでにきれいな夕焼けを見たことがない。
俺は気象予報士ではないけれど、絶対の自信を持ってこのことを宣言できる。
明日はきっと、晴れるだろう。