エロス と 遮光カーテン と 夢喰い少女
『おフロ研究会』というただ遊ぶためだけに存在しているサークルに入ったせいなのだろうか。時間がたつのがやたらと早く、振り返ってみればゴールデンウィークなるものを通過してしまっていた。
結局俺は部活に入ることなく、この研究会に落ち着いた。どうせ遊ぶのなら俺と仲のいい奴らも引き込んでやろうと試みたのだが、斗真はサッカー部だし尾村はハンドボール部に入るとのことだったので、この二人については断念した。立也は最後までどこの部活にするのか決めかねているようだったので、来る日も来る日もこの『おフロ研究会』の面白さについて語り、それでもまだ渋い表情だった立也を何とか部室まで連れ込んだのだ。すると、意外なことなのか必然的なことなのか判断はしかねるが、ハイと立也は意気投合してしまい、すんなりとこの研究会に入会することを決めたのだった。
雪女との関係はどうなったかと言えば、むやみな威嚇をくらわなくなったという程度でしかないが、軽い会話を時折交わしたりもする。この前したのはこんな会話だ。
「永峰、あなた、昨日はどんな夢を見たのかしら?」
いきなり聞かれたので、思い出すこと数秒、さっくりと大雑把な概要だけ説明してみると、
「あなた!」
お化けでも見たかのような驚きようで、
「それはエロスよ」
そんな言葉をさらりと言ってしまえるあなたがエロスです!
なんてことはもちろん言わなかったのだが、綺麗な顔の女性に真面目な顔で「エロス」なんて言われたもんだから、俺の方が赤面してしまった。
部室の中で真面目な顔しているのは彼女だけで、あとの奴らは各々家からトランプやウノやオセロといった定番ゲームを持ち寄り、ワイワイすごしているのだった。
俺は、男女仲良く過ごす高校生活が、こんなにも早々に訪れるなんて予想すらしていなかったので、受験の時くらいしか信じることのない神様に「ありがとうございます」なんてぼやいてみたりもした。
しかしまあこれは後日談なんだが、この時がまさに楽しさの絶頂期で、これを境にウキウキ気分は逓減していくこととなった。そりゃあそうだろ。毎日目的もなく集まって、目的もなく遊んでいれば、だんだん飽きてくるのは当たり前のことなのだ。
そして、この絶頂期に見た俺の夢が、世にも不思議な体験の引き金になってしまったのは何たる偶然だろう。確率で言えば、全世界の人口を分母に置き、一という数字を分子に乗っけてやるぐらい低い確率で起きたのだ。
世界は案外狭いのかもしれないな。
○
俺は無敵だ。
ただ今の状況を説明すると、ピンク色の忍者服を着たやつら数人に周りを取り囲まれている。こいつらは全員敵だ。なぜなら、奴らは背中に隠し持っていた鞘から真剣を抜きだし、その刀身を俺に向けてチラチラと舐めるようにちらつかせているからだ。
「覚悟!」
どこかの時代劇番組のように、ご丁寧に一人ずつ斬りかかってくるなんて要領の悪いことはせず、全員一斉に斬りかかってきた。
一刀の剣でそれら全てを受けきれるはずはないのだが、ご安心あれ。「ニンニン!」と言えば俺はあらぬところへ瞬間移動できるのだ。
御多分に漏れず、この場面でもその特殊能力を発揮させてもらうことにしよう。
「ニンニン!」
忍者がやっていそうな印を組みながら大声で叫んでやった。
案の定、俺はピンクの忍者たちを置き去りにして、大層な作りをした城の屋根上まで移動していた。気付けば、どこぞの姫様までこの手に抱いている。そう、俺の任務はこの姫様を守ることにある。城主への忠義を果たすため、俺は自らの命に代えてもこの姫様を守ると決めたのだ。
周りに敵がいないことを確認し、麗しの姫君の顔を覗いてみると……。
「あなた、エロスよ」
…………俺は雪女を抱いていた。
「けがらわしい!あっちに行きなさい!」
怒号と同時に俺は地面へと蹴り飛ばされた。
「痛てぇ……」で済んだのが奇跡と言える距離から落下した俺は、またもやピンクの忍者たちに囲まれていた。
「ニンニン!」
先ほどと同じように叫んだのだが、どういうわけなのだろう、今回は瞬間移動できない。
「やばいっ!」
という声と同時に俺は大きくジャンプした。
そのまま必死に平泳ぎの動作を繰り返していると、あろうことか俺は空を飛んでいた。動作をやめると落下体勢に入ってしまうことから、空を飛ぶための条件は、平泳ぎをし続けることにあるらしい。
そのまま教科書で見た江戸時代の風景とおさらばすると、遠くに納陵高校が見えてきた。
平泳ぎの動作にだんだん疲れてきた俺は、校舎の屋上に不時着することにした。そしてそこで、俺は見たこともない一人の少女との対面を果たすこととなったのだ。
これがまた、変わった女の子でして。
「面白い夢だね。あんちのウキウキな気持ちが、あちしを幸せな気分にしてくれる」
俺の胸辺りの位置に頭がある小柄な少女は笑顔でしゃべっていた。
「今日はあんち(、、、)にする」
両手を後ろで組んで、小悪魔がこれからいたずら事をするかのような瞳で俺を見上げている。
「あちしね、」
『無垢』という言葉をそのまま擬人化したかのような少女は微笑のままつぶやいた。
「夢、食うんだぁ」
俺は一歩後退した。一瞬、ゾクッと寒気が走ったから。
しかし少女は俺に食いかかるでもなく、にこやかにたたずんでいた。
「きっとお腹いっぱいになる」
うっとりとした少女の表情が俺の警戒心を解き放ち、「君は誰だい?」なんて聞こうかと思って唇を上下させようとしたちょうどそのとき、神風のような突風が吹き荒れた。
突如沸き起こった突風は、少女の跳ねるような水色の髪をさらい、
俺の意識をさらった。
「……うぅ……、夢か……。って、何の夢見てたんだっけ?……まあいいか、寝よ」
最高級エステに負けずとも劣らないくらい気持ちのいい、二度寝の世界に浸ろうと思っていたのだが、
「……今何時何だ?」
一応確認しておこうと、左手一本で時計を探し出し、時間を見てみると……。
「やべえ!遅刻する!!!!!」
我が家を揺らす大声とともに俺の一日が始まった。
遮光カーテンも善し悪しですよ、まったく。