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ユメクイ  作者: マナブハジメ
3/17

雪女 と ハイ と フロイト

一番はまっていたのは涼宮ハルヒです!

アニメから入ったくちです。

 納陵高校の校舎は大雑把な分類をすれば北館と南館に分けられる。北館は主に教室や職員室なんかがあって、俺たちはほとんどの高校生活をこの北館で過ごすことになっている。それじゃあ南館はただの飾りかと言うとそんなわけはなく、別名部室棟とも呼ばれている。その名の通り、文化系の部室が軒を並べ、中にはサークルなんかの団体も混じっている。

「えーっと、この辺って聞いたんだけどな~」

 俺と時音は『おフロ研究会』とやらを訪問することにしたのだが、研究会の名前を聞いた瞬間、俺は興味を失ってしまった。略称だとしても、名前の通り考えれば『お風呂』を研究する会ってことになる。俺は別段お風呂好きというわけではないし、温泉だって行ったことはあるのだが、一日六回入る程の温泉狂というわけではない。風呂はお湯につかって温まって、体を洗うためのもの。それくらいの認識しか持っていないわけで、特に語り合ったり考察を深めるようなもんだとは思っていない。

 それでも俺が南館まで足を運んでいるのは、「面白いらしいんだってば!来てよ!」という時音の強引な説得の賜物なのである。こいつが数ある生徒の中からわざわざ男子の俺を誘ったということは、他の女子どもには全員一様に「ノー」という返答を返されたのだろう。その時点であきらめればいいのに、なお食らいつくこいつの根性には拍手を送ってやりたい。しかし、そこまで強い意志があるのなら一人で体験入部すればいいんじゃないのか?俺ならゴリ押しでもすれば無理がきくとでも思ったのだろうか。まあ実際きいているわけだが。

「おい、もしかしてここじゃないのか?」

 ドアの前には『おフロ研究会』と書かれたかまぼこ板が垂れ下がっていた。もうちょっと洒落た看板を作った方がいいんじゃないかな。()っ付け作業が見え見えなんですけど。

「でかしたタカジイ!」

 大声出すのはやめてくれ。アホみたいなあだ名が廊下に響くから。

「じゃあ、入ろっか」

 と言って時音はドアを開け、

「すいませーん!見学させていただきたいのですがー」

 そのままズカズカ入っていった。

 俺もその後に続いて入ってみると、

「あっ!お前!こんなところで何やってんだよ!」

 ものすごーく見知った顔を発見した。

「な、な、な、何してんだよ孝司!」

 向こうも驚いたようで、タラバガニは実はカニではなくヤドカリの仲間なんだと知った時のような、目ん玉飛び出すんじゃないかと思うほどの形相でこちらを見ていた。

「あれま、(れい)()じゃないの。ここの団体に入ってたわけ?」

 一年四組にあてがわれた長滝(ながたき)(れい)()は俺や時音と同じ中学出身で、もっと言えば、俺の大親友である。

「ま、まあな。お前らこそ何やってんだよ」

 ズカズカと部室に入ったはいいものの、礼二以外の人影は見当たらない。

「礼二、一人なの?」

「まだみんな来てないだけ。ここには先輩二人と、俺を合わせた新入生二人の合計四人が所属してる」

「よくそんなマイノリティ・グループで活動中止にならないもんだな」

「部室が余ってるからだろ。たぶん」

 そう言うと礼二は俺たちを部室においてあったパイプ椅子へと座るよう促した。

 何だか落ち着いてきたところで礼二へと質問を投げかけてみた。

「お前なんでこんなわけのわからん研究会に入ったんだ?そんなにお風呂が好きなのか?」

「いや、孝司、お前は大きな勘違いをしている。そもそも……」

 礼二が何やら俺の誤った認識を訂正しようとしていると、

「おはよう諸君。昨日はいい夢見れたかな?」

 威勢良く扉を開き、エネルギーの浪費としか思えないくらいの馬鹿でかい声をかっ飛ばしながら、上級生らしき人物が入ってきた。

「おやおや、入会希望者かい?しかも二人も。いや~うれしい限りだね~」

 その先輩らしき人物はキョトンとしてしまった俺と時音を見て、

「ああ、自己紹介が遅れてしまった。僕は『おフロ研究会』の会長をやっている、(ばく)智一(ともかず)だ。三年一組。よろしく」

 獏先輩は俺と時音の手を強引に取り、握手をしてきた。

 この先輩のハイテンションに圧倒されてしまったが、このままでは俺たちは、お風呂大好き人間の一員にされてしまう。

「あ、あの、獏先輩とやら、俺たちは見学しに来ただけでして、その、まだ入会するかどうかはわからないんですが」

 申し訳なさそうな仕草を演出してみた俺に向って、このハイな先輩は、

「ノープロブレムだよ、諸君。わが『おフロ研究会』には細かい手続きなど存在しない。自分が『おフロ研究会』に入っていると思えば、その人は誰でもここの会員なのだよ。書類上の手続きはないから安心したまえ」

 なんつー適当な研究会なんだここは。

 さっきから隣にいる時音は笑いっぱなしだし、ふと見た礼二も俺たちを紹介するわけでもなくダルそーにこの光景を見つめているだけだ。

 ったのだが、

「え、海老沢(えびさわ)先輩。こ、こ、こんにちは!」

 ハイな先輩の後ろから、何ともきれいな女性が現れた。そう、この場合は女子と言うよりも女性と言った方が正しいのだろう。制服をこんなにも大人っぽく着こなしている人は初めて見た。老けているとかいうのとは全く違う。大人の香り満載だった。

「海老沢先輩、きょ、今日もいい天気ですね」

 礼二よ、お前は何かと分かりやすいやつだな。どうやらこいつはこの先輩目当てでここに入ったと見て間違いないようだ。不純だとは言わないさ。これも青春ってやつなんだろ?

「そうね。ところで、この子たちは誰?不審者なら追い出すけど」

 皆さん、人は見た目で判断してはいけません。この先輩、超美人な反面、超怖いです。

「名乗りなさい」

 海老沢とかいうこの、見た目美人、は、腕組みをしたままの仁王立ちという、阿修羅像もびっくりなくらいの眼力で俺たちを睨みつけてきた。おまけにマイナス三度の冷たい声で威嚇するもんだから、俺と時音は直立不動のまま凍ってしまっていた。

「そんなに怖がらせちゃだめじゃないか、エビちゃん。彼らは僕たちの新しい仲間なのだよ。もっと歓迎してあげなくてはだめだろ?」

 近所の子供にやたら噛みつく飼い犬をなだめるかのような仕草で割って入ったハイな先輩が、このときばかりは何とも有難く感じた。

「そうだったの。ごめんなさいね」

 敵意はなくなったのだが、やっぱりこの先輩は怖い。……ってことは、あれか、礼二はその…………エムだな。付き合いは長かったが気付かなかったぞ。

 てか、俺たちはもう、お風呂大好き人間の一部に取り込まれてしまったらしい。今から否定するとまた冷凍保存にされてしまう目にあいそうだったので、この際、どうにでもなれという感じだった。書面手続きがない分かなり気楽だしな。

 いきなりのドタバタ劇がひと段落を迎えると、

「新人君たちもいるわけだから、メンバー全員そろったら、改めてこの研究会の活動方針でも説明することにしよう」

 会長と女王様はパイプ椅子に腰掛け、残り一人の会員を待つようだ。

「時音はいいのか?俺たち、もうメンバーの一員にされちまったぞ」

 小声で訊ねると、

「いいわよ。だって、面白そうじゃない」

「何が面白そうなんだ?まだ活動内容聞いてないぞ」

「雰囲気」

 まあ、退屈はしないかもな。

 二人だけ立ちっぱなしっていうのもおかしいので、俺たちは礼二の隣に腰かけた。

「よお、エムジ」

 礼二にしか聞こえないくらいのボリュームでからかってみた。

「なんだよ、その呼び方」

「お前、あのエビちゃんとかいう先輩が好きなんだろ?」

「エビちゃん言うな!その呼び方は俺の夢だぞ!」

「小さい夢だな。今日からお前に対する見方が変わったぞ」

「う、うるさい」

 そんな二人のヒソヒソ話が気になったようで、

「何の話してるのよ?私も混ぜてよね」

 時音が絡んできて、ますますからかいがいがあるなあ、なんて思っていると、

「ごめんなさい。遅れちゃいました」

 最後の一人がやって来た。

「あれ?新しいお友達ですか?」

 ほんわかした声で訊ねているのは、礼二の紹介によると長沢(ながさわ)瑠璃(るり)という名の女の子だった。

「違うのだよ、瑠璃くん。彼らは我らの新たな同士なのだよ」

 ハイが即座に訂正した。この先輩に対する呼び方が悪くなってるって?それは気のせいさ。

「そうなんだぁ。よろしくお願いします」

 小さくパチパチしながら、スカートの裾をふわふわ危なっかしくさせている様子はかなりの癒し系だった。

「よし、全員そろったな。それでは、これより我らが『おフロ研究会』の活動方針を説明したいと思う。みんな、よく聞くように」

 ハイが立ち上がり、説明を始めようとすると、

「会長、まずは自己紹介から始めるべきだと思います」

 エビちゃん先輩が進行を妨げた。

「それもそうだな。では改めて、三年一組、『おフロ研究会』会長をやっている獏智一だ」

 続きまして、

「二年五組、『おフロ研究会』副会長の海老沢美里奈です」

 この先輩には早く慣れたいものだ。慣れればかなりの絶世美女だからな。今は雪女にしか見えないけど……。

「一年四組、長沢瑠璃です。よろしくお願いします」

 勢いよくお辞儀するもんだからまたもやスカートの裾が危なっかしいことになっている。目のやり場に困っているのは俺だけではないはずだ。

 この後、礼二と時音が自己紹介を済まし、俺の順番が回ってきた。

「一年七組、永峰(ながみね)孝司です。温泉+浴衣=卓球、ってのは全国共通の方程式だと思ってます。よろしくお願いします」

 残念なことに俺の自己紹介についてコメントをしてくれる人は誰もいなかった。礼二の方をちらりと見てみたが、自分で処理しろ、見たいな視線を送ってくる。なんて薄情な奴だ。

そして、俺が散らかしてしまった沈黙を無かったことにするかのごとく、数秒前と何ら変わるところのないテンションを維持したままのハイが研究会の説明をし始めた。

「それでは孝司君、『おフロ研究会』ではどんな活動をしていると思うかね。当ててみたまえ」

 いきなりクイズ形式ですか。せめて三択問題にしてもらいたいところだが、名称通りに考えたらこれしかない。

「お風呂について語り合うんですよね?湯加減とか体のどの部分から洗うのかとか。もしかして、夏合宿、冬合宿があって、温泉旅行に行ったりするんですか?それなら俺は大賛成ですよ。旅費だって、少々高くても文句言いませんし」

 意気揚々と答えたのだが、

「だから違くて……」

 礼二の小声もむなしく、

「ふざけてると蹴り出しますよ」

 雪女に睨まれた。俗に言う冷凍ビームってやつだな。

「なかなか面白い冗談だ。でもな、孝司君、我々の活動方針とは程遠い解答だよ」

 じゃあ、お風呂場の洗い方を極める集団とか……なんて言おうとしたのだが、これ以上雪女を刺激するのはよくないと思われたので自粛しといた。

「では、友里君はわかるかね?」

 時音は、何かボケてみろ、と言う俺の視線を余裕で無視して、

「わかりません」

 と答えた。ノリの悪いやつだ。賢明とも言えるが。

「そうか。それならば仕方無い。僕の口からこの『おフロ研究会』の活動方針を語ることにしよう。そもそも、我が研究会の正式名称は――」

 そのままハイは、部室に置いてあったホワイトボードのところまで歩み寄り、青色のペンででかでかと文字を書きはじめた。そして俺は知ったのだ。このわけのわからん『おフロ研究会』とやらの正式名称を。

 さあみなさん、ご傾聴あれ。『おフロ研究会』の正式名称は、

「『フロイト研究会』」

 だそうだ。どーゆう略し方してるんだ!なんてツッコミは後回しにして、率直な感想を言えば、結構ちゃんとしたとこだったんだな、ここは。

 そしてもう一つ、誰もが気になる点に触れておこう。

「『おフロ研究会』の『お』はどこから来たんですか」

「僕も知らん。誰かが付けたのだろう。最初からこうだった」

 ハイが雪女に目線をやると、

「その通りです」

 何か文句でも?というメッセージ付きの視線が突き刺さってきたので、もうこれ以上の追及はできません。あしからず。

「先輩、フロイトって何ですか?」

 手を挙げたのは時音だ。

「フロイトとは、オーストリアの精神医学者で、人間の深層心理は夢の中に現れている、なんて思い付いてしまったすごいお方なのだよ。まあ、彼の業績には何かと批判が付きまとっているがね」

 時音はハイの説明を「なるほど」みたいな顔で聞いているのだが、どうせわかっちゃいないんだろうな。

 そんな疑いの視線で時音を見やると、

「バレた?」

 時音は苦笑いを浮かべていた。礼二と長沢はすでにこの話を聞いていたらしく、特別何の反応も見せなかった。

 この研究会がお風呂好きの集まりじゃないってことはわかったのだが、フロイトの話をするくらいだったらお風呂の話をしている方がましに思える。なんせ、フロイトなんてお風呂以上に興味がないからな。時音も同じ意見のようで、困ったような視線を俺に送ってくる。

 こうなったら、雪女の機嫌なんてうかがってる場合じゃない。

「あの、先輩方、俺と時音はフロイトに興味がないんです。すいません。何か、思ってたのと違ったんで、入会するのやめます」

 しかしハイは、残念がるでも引き留めるでもなく、

「まあまあ、最後まで聞いてくれたまえ」

 軽く手でいなして俺を席に着かせると、

「『おフロ研究会』の活動方針(、、)はフロイトについての考察を深めることにある。そして、いや、だからこそ、我らの活動内容(、、)は――」

 ホワイトボードをバンッと叩いた後、

「楽しく遊ぶことにある!」

 何でだよ!!!!!!!

 方針と内容に全く繋がりを感じられませんけどッッ!接続語の使い方も間違ってるし。

 一同が、「遊ぶぞー」とか、「やったー」とか言ってる中で、俺は見つけてしまった。

一人だけプルプル震えている女性(、、)を。

「永峰とか言ったわね……あんた……フロイトを……」

 何故だか険悪なムード。

「馬鹿にすんじゃないわよ!!!!!!!!!!!」

 興味がないだけだ――――――!なんて言い訳は、当然のごとく聞き入れられなかった。

 後でわかったことなのだが、この『おフロ研究会』において、雪女(俺しか呼んでいないが)こと海老沢美里奈だけはフロイトに多大な関心を寄せているらしい。なにせ、この部室でみんなが遊んでいる中でも、一人で考察を深めるため、読書にふけっているくらいだからな。

 こうして、晴れて(?)俺と時音も『おフロ研究会』の一員となったのだった。


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