一世一代の決意 と 奇数のケーキ と 広くて、深くて、優しい世界
ラストです。
声の方に駆け寄ってみると、そこには夕渚がいた。
「夕渚、お前……」
俺の中ではほとんど結論は出ているのだが、その結論を俺は受け止めることができない。あり得ないどうのこうのより、そんなことあってほしくない。もし俺の結論が正しいのだとしたら、俺は夕渚と一緒にいられなくなってしまうのだから。まだまだ思い出のアルバムとかいうやつのページは余ってるぞ。スカスカだぞ。これはこれから埋めるべきものなんじゃないのかよ。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、少女は泣いていた。思いの雫を懸命にぬぐっているのだけれど、湧き出る泉のようにその涙は流れ続けている。
気付けばユメも駆け寄っていて、
「美園、お前は」
ユメの言葉を聞き終える前に、夕渚は頷いていた。
そして告げた。
「ユウユウ、ユメちゃん。あのね、私、もう死んでるの。入学する前にはもう、現実にいない人だったの」
俺は膝から崩れ落ちそうだった。体にゾワっとした何かが駆け巡った。俺の結論を否定してほしいのに、夕渚の言葉は俺の結論が正しいことを物語っているから。
そう、夕渚美園は死んでいたのだ。
夕渚は泣いているけれど、声の調子は落ち着いている。きっと、すべてを受け入れたうえで話をしているのだろう。
自分で自分のことを「死んでる」と言うとき、その言葉はいったいどんな気持ちで覆われているのだろう。自分で自分が死んでいると気付いた時、その人はいったいどんな感情に襲われるのだろう。たぶん絶望を通り越した感情なのだろうけど、俺は絶望以上の感情を言葉に表す術を持っていない。言葉が感情を縛りつけている。
「私ね、中学の時あんまり友達いなかったんだぁ。だからね、ずっと友達が欲しかったの。思ったことをそのまま話せる、信頼できる友達が」
ユメは言っていた。夢酔い人はこの世に何かやり残したことがあるから現実世界に現れるのだと。未練が現実を押し曲げて、夢酔い人をこの世に縛りつけているのだとするのなら、夕渚が残した未練は心から信頼しあえる友達をつくれなかったこと。
夕渚はその未練を果たせたのだろうか。俺は夕渚にとって信頼しえる存在であったのだろうか。後悔ばかりが湧いてくる。俺は夕渚に何をしてあげただろう。何もしてあげてないじゃないか。俺は夕渚のことが好きだったんじゃないのか? いや、この際はっきりさせておこう。俺は夕渚のことが好きだ。初めって会ったその時から。だったら何でもっと優しくしてあげなかったんだよ。もっと一緒にいてあげなかったんだよ。
そんなの答えは簡単だ。『おフロ研究会』を含めた俺と夕渚との時間がもっと先まで続くと思っていたからに決まってる。こんなに早く終わるなんて、想像できるはずがない。
かけがえのない夕渚との時間を、もっと大切にするべきだった。もっとたくさんの色を使って、思い出のページを綴るべきだった。
「ユウユウ、昨日言ったでしょ。家族とあんまり話せてないって」
「言ってたな」
この一秒だって大切なはずなのに、何でもっといろんな言葉で返さないんだよ。もっとたくさん語りかけてあげないんだよ。夕渚との会話に、夕渚の声に、もっと触れていたいはずなのに。夕渚の言葉が恋しいはずなのに。
「私、バカだから気付かなかったの。みんな死んじゃってた。話せるわけないよね」
あの時の夕渚は、笑っていた。笑っているけど泣いていた。でも今の夕渚は違う。
泣いている。泣いているけど、笑っていた。
悲しいはずなのに、必死で笑っている。
「でも、私寂しくなかったよ。ユウユウやユメちゃん、『おフロ研究会』のみんながいてくれたから」
いるだけでよかったのだろうか。それだけで本当に夕渚の心は満たされたのだろうか。
オフィス街の街並みは、こんなときでも無情で冷たい。
「よかったぁ。死んでるって気付く前に、友達いっぱいできて。ユウユウと手だってつないじゃった」
夕渚は無邪気に笑っている。
「死んでるなんて何度も言うなよ。なんか……、本当に……、死んでるみたいじゃないか」
もう俺も夕渚の死を受け入れようとしているのに、思いと言葉というものは、どこまで裏腹なものなんだろう。
涙の軌跡を輝かせながら、少女は微笑していた。
「ユウユウ、ごめんね。私、本当に死んでるの。気付いちゃったの」
覆ることのない事実を前に、今の俺には何ができるだろう。
無理してるとわかる程に、少女の仕草は痛々しい。支えてやらないと崩れてしまいそうだ。
「私、これからどうなるんだろう」
少女が零した言葉に、ユメが気丈な面持ちで答えた。
「あちしが喰う。美園はきっと天国に行ける」
泉のように湧き出ていた夕渚の涙はその勢いをおさめ、今は少女の頬にその痕だけ残している。夕渚はふわりと笑って、
「天国かぁ。ほんとにあるのかなぁ。あったら家族に会えるかなぁ」
遠い空を見上げていた。
「ユメ、何とかならないのかよ」
俺はユメの肩を揺すっていた。自分には何もできない。でも、抵抗せずにはいられない。無駄な抵抗だなんて笑うやつがいるかもしれないが、そんなことはどうだっていい。何かしないと気が済まない。じゃないと、じゃないと、俺の思いはどこにぶつければいいんだ。俺の思いはどうやって昇華すればいいんだ。
「何とかってなんだ」
こいつにとっては、『夢酔い人』を喰うのは当たり前のことなのかもしれない。ユメは冷静を保ち続けている。
「夢食えたり、死んだ人が歩いてたりする世界があるんだから、死んだ人をよみがえらせる方法ぐらいあるだろうよ!」
思わず大声をあげていた。
「ない」
答えは一言だった。
「夕渚が現実世界にいてなんか不都合なことがあるのか」
なんとかして、夕渚と同じ時間を過ごしたい。これはもう自分のエゴでしかない。ユメにそのエゴをぶつけても仕方無いとわかっているのだが、自分の気持ちをコントロールしきれない。
「今はない。でもそのうち出てくる。死人が歩いてる世の中なんてあり得ない」
もはや常識論は、火に油を注ぐ以外の何物でもなかった。
「ないならまだ食う必要ないだろ! 不都合が出始めてからにすればいい!」
なんて非常識なことを俺は言っているのだろう。
「チイ、でも……」
ユメは続く言葉を紡ぎだそうとしているのだが、震えたまま黙り込んでしまった。
ユメは冷静な顔をしたまま、声を殺すように、唇を噛みしめながら泣いていた。つうっと涙が頬を伝っている。
自分のことが恥ずかしくて仕方なかった。ユメはわかっていたのだろう。この場で自分が泣いてはいけないと。そして自分に言い聞かせていたのだろう。すべてを理解している自分だけは取り乱してはいけないと。気丈にふるまわなければいけないと。
ユメの続きを紡ぐように、夕渚が語ってくれた。
「ユウユウは優しいよ。優しい。でもね、優しすぎるの。私ね、みんなに会えなくなるのは嫌だよ。すっごくいや。明日のパーティーだってね、行きたくてしょうがないの。でも、さよならするなら今がいい。だって、だって、一緒にいた時間が長いほど、楽しい時間を過ごせば過ごすほど、さよならするのが辛くなるから」
二人はなんて強いんだ。そして、自分のことしか考えられない俺は、なんて子供なんだ。
「チイ、そろそろ朝だ」
「だからなんだよ」
「話をするなら最後にしてくれ。そろそろ喰うぞ」
マジかよ。こういうときの時間ってやつは何でこんなにも早く過ぎ去ってしまうのだろう。最後にする話? いったいどんな話をすればいいのか俺には皆目見当がつかないね。話したいことなら山ほどあるわけで、いっそのこと最後の晩餐にはどんな話をしていたのか参考にさせてもらいたいくらいだ。
こういうときってよく言うよな。自分の気持ちに正直になりなさいって。やっぱり言っとくしかないか。さっきの俺はなんて言ってた? どうやって昇華すればいいのかわからない? なにかっこいい言葉使ってんだよ。昇華させる方法なんて一つしかないじゃないか。自分の気持ちをどこにぶつければいいのかわからない? 馬鹿なこと言ってんじゃないよ。夕渚にぶつければいいじゃないか。ほんとに人間ってのは頭ばっかりでかくなって、肝心なところで一歩を踏み出せないんだよな。待てよ、もしかしてこれは、時音の言ってたモジモジくんとかいうやつなんじゃないのか。勘弁してくれよ。って、なんだか頭の中がすっきりしてきたな。伝えようって心に決めたらこんなにもすっきりするものなのか。ほんとに人間ってのは単純な生き物だよな。まあ、告白ってのはこんな状況でするようなもんじゃないんだろうけど、言わないと一生後悔する気がする。
男の決意を胸に秘めながら改めて見る夕渚は、ずるいくらいに可愛かった。
「夕渚、俺、お前のことが――――」
「ユウユウ」
俺の一世一代の大告白を遮って、最期に見せてくれたのは、ひまわりのような笑顔だった。
「私、ユウユウのこと好きだよ」
その言葉、せめて俺に言わせてくれよ。なんて、ため息をついていると、
「ユメちゃんのことも好きだよ」
おいおい、そっちの好きかよ。俺の一世一代の決意をどうしてくれるんだよ。
「『おフロ研究会』のメンバーみ~んな、だぁ~い好き」
まったく、俺の方が浮かばれないね。
「瑠璃ちゃんのケーキ食べたかったぁ―」
最後はケーキの話かよ。
言いたいことを全部言い終えたらしい夕渚は、
「ユメちゃん、私、目閉じてるから。全部食べてね。痛くても我慢するから、残さないでね。静かに飲み込まれるから。だから、だから」
夕渚の腕にはリストバンドがはめられていた。そのリストバンドを抱きしめるように胸にあて、九つの絆をかみしめるようにして、夕渚は立っていた。
「私のこと、忘れないでね」
これが本当の別れというやつなんだろう。
「忘れない。あちしとチイの記憶にしか残らないだろうけど、あちしたちは忘れない」
「忘れないさ。ユウユウなんてあだ名をつけたやつを忘れるわけがないだろ」
俺の一世一代の決意はどこへやら。
涙は流れなかった。夕渚の記憶を留められる俺たちは、きっと幸せなんだろうから。
俺は二人から少しだけ距離をとった。それでも夕渚の声はちゃんと聞こえた。
「ユウユウ、ありがとう」
「どういたしまして」
いったい何に対しての感謝なんだよ。
「ユウユウ」
「なんだ?」
「ユウユウの手、温かかった」
「お、おま」
照れるっつーの。
「ガァ―――ブッッッ」
目が覚めた。
遮光カーテンのわずかな隙間から落ちてきた太陽が、朝の香りを運んでくる。
起きてもやっぱり、涙は流れなかった。
「まったく、ユメのやつ」
最後まで人のペースに合わせてくれなかったユメに対してぼやきを入れつつ、こんな日でも俺は学校へ行く準備を整え家のドアノブを回しているのだった。
「行ってきます」
○
高校までの道のりはいつもと変わらず、外の気温も昨日と変わらなかった。相変わらず、憎いくらいに太陽が堂々と俺たちを見下ろしている。
ただ少しだけ、周りの景色が鮮やかに見えた。
納陵高校の近くまでやってくると、これまたいつもと変わらない生徒たちの登校風景を見ることができた。制服や歩調だって、昨日と一切変わってない。
こういう日に限って俺は登校中に顔見知りのやつと顔を合わせることがなかった。
聞きたいことがあるっていうのに。
はっきり言って俺は、昨日見た夢は単なるごく普通の夢だったんじゃないかと思ってる。俺からの一方的な期待だ。そこに一縷の望みを見出してると言ってもいい。もしかしたら、神様のお告げだったんじゃないかとすら思っている。「未来を期待しちゃいけない。今を大切に生きなさい」っていう。だから俺は決めたんだ。告白しようって。
一年七組の教室のドアを開けると、
「おっす! 孝司」
尾村がいた。
「なあ、尾村」
一縷の願いを託して聞いてみる。
「夕渚美園って知ってるか?」
いつものひょうひょうとした顔で、尾村は答えてくれた。
「誰だそれ? 知らねえ」
俺の願いはもろくも崩れ去った。床に沈んでいきそうになった俺は、何も言うことができなかった。ただ唇をかみしめることしかできなかった。昨日起こったことは、幻なんかじゃなかったのだ。
今日もだるそうな顔をして通りかかった斗真を呼び止めて、
「なあ、斗真」
「おお」
「いや、やっぱいい」
「おお」
やっぱり訊くのはやめておいた。俺が呼び止めた理由など全く気にしない様子で斗真は自分の席へと戻っていく。
揺らぐことのない現実を前にしたら急に、淡い幻想にしがみつこうとしていた自分が恥ずかしくなってきた。別れ際の夕渚は言っていた、「忘れないでね」と。俺とユメしかあいつのことを覚えていないかもしれないけど、夕渚は今でも俺の中で笑ってる。そう、笑ってるんだ。あいつはすべてを受け入れていた。その強さがまぶしかった。他のやつらの記憶に残っていないとしても、俺の夕渚に対する思いは揺るがないのだから、自分の中で大切にしまっておこう。この日はなんだか、そう思えることができた。
いつもと変わらないチャイムの音が、授業の始まりを告げていた。
特に夕渚の話題に触れることなく、気付けば放課後の時間を迎えていた。時間というやつはいつでもあわただしく過ぎていく。たまにはゆっくり休めばいいのに。
手にぶら下げたお菓子の袋が、少しだけ重たく感じた。
部室の扉の前でかわいそうなくらい適当にぶら下げてあるかまぼこ板に、なぜだか笑いが込み上げてくる。
視線はかまぼこ板に夢中なのに、知らないうちに俺の手は扉の取っ手を掴んでいて、ガラガラッと部室の扉を開けていた。
やっぱり一つ足りなかった。ピースが一つ欠けているのに、誰一人、欠け落ちたピースを探していない。この部室と言うカンバスの上には、鮮やかすぎる七枚のピースが躍っていた。
とにかくやかましい。
ドアの真横にはユメがいた。
「チイ、昨日は感動的だったな」
なんだかうつむき加減で、いつものような晴れやかさがない。
「そうだな。でも俺は振り返らないさ。前を向いて生きていこうと思う。だからお前もあんまりくよくよしてるんじゃないぞ」
やっぱり昨日のことを気にしているのだろうか。どことなくモジモジちゃんになっている。
「そ、そうか。あの、その、……先に謝っとく。ごめん」
昨日の別れ際のことを言っているのだろうか。
「な、なんというか、チイの夢を食ってから美園の夢の中に行けばよかったなぁと。腹が減っては戦はできぬ、っていう言葉の意味がよ~くわかったというか……」
「ああ。気にするな。俺は夕渚の最期を見たからって、べつに落ち込んだりしてないから。それに、そう言えばそうだよな、昨日は俺の夢食べ損ねちまったんだよな。今日は馬鹿騒ぎするだろうから昨日ほどではないにしてもそれなりにうまい夢になってるはずだ。食べに来てもいいぞ」
俺はポンとユメの肩を叩いて、部室の中程に入っていった。
「いや、チイ、その……」
グゥゥゥ~~~~
そんなに謝らなくてもいいさ、ってな感じで、お腹をならせつつ俺を引きとめようとするユメの前を去っていった。
いやあ、それにしても、ほんとにやかましいな。
特にコイツ。
「タカジイはちゃんとお菓子持って来たわよね?」
このお嬢さん、なんか怒ってないか?
「持ってきた」
右手に持っているスーパーの袋をひょいっと持ち上げて、お菓子の無事を確認させる。
「やっぱり、タカジイと池中くんは信頼するに値するわね」
見ると時音の前には礼二がいて、「撃たないでください!」みたいな感じで両手を天井高く突きあげている。
「礼二、お前なんかしでかしたのか?」
自分の中に殻があるのなら迷わずそこに逃げ込みたい。という表情で俺に助けを求めている礼二の代わりに、銃口のようにおっかない視線を浴びせ続けている時音が答えた。
「聞いてよタカジイ。礼二ったら昨日買ったジュースを家で全部飲んじゃったんだって。あり得ないでしょ? 三本もあったのよ三本も。絶対昨日の夜オネショしたと思うのよ。学年中に言いふらしてこようかしら」
まったく、救いようのないバカだな礼二は。それと時音よ、お前はいつの日か名誉棄損罪で訴えられると思うぞ。ほどほどにしとけよ。
「礼二、今すぐ買って来なさい! 三本じゃ許さないわ。倍よ、倍。六本買ってきて。もちろん、自腹でね」
「マジかよ」
「マジよ」
寂しそうな財布の中身をのぞきつつ、礼二は部室を出ていった。みんな忘れてないか? 今日の主役は礼二なんだぞ。ご愁傷様なやつだ。自業自得だけどな。
部室の真ん中ではハイと立也がオセロをしていた。
「ふむふむ。四方固めの陣できたか。だが戦は最後までどうなるかわからんからな。反乱軍が立ち上がるやもしれん」
なこと起こるわけないだろ。
「先輩、たぶん僕、勝ちます」
四隅を支配した立也が優勢とみて間違いない。また真っ黒にされちまうんだろうな。
その隣では長沢が自作のケーキを慎重に切り分けていた。
「う~ん、難しい」
悩んでいる長沢に時音が歩み寄り、
「適当でいいのよ、適当で」
とか言ってケーキを適当に分け始めてしまった。あ~あ、ケーキ争奪のために血の雨が降ることは間違いなさそうだ。
ふと見た部室の窓は開いていた。
スカイブルーに浮かぶ雲の波と戯れながら、鳥たちが自由に羽ばたいている。
「こっちだぞー」
部室の隅からもうすぐ六月だとは思えないほどの冷気を感じつつ窓枠にもたれかかっていた俺は、自然とこんなことを口にしていた。
尾村は知らないって言ってたのに。もう夕渚はいないのに。
――――――――。
いや、待てよ。
そもそも尾村と夕渚は言葉をかわしたことがあるのだろうか。俺も夕渚を紹介した覚えはないし。もしかして、最初から尾村は夕渚の名前なんて知らなかったんじゃ――――。
「めちゃくちゃおいしそうね。もう待てないから先食べちゃいましょう。みんな~ケーキ選んで~」
なんだか重大なミスを犯してしまったような気がするのだが。
「ちょっと待てよ! お前らフライングだろ!」
大きな箱の中にはケーキが切り分けられてあった。
まだ分けられてない紙皿。
積まれたままの紙コップ。
コンビニでもらってきたのであろうプラスチックのフォーク。
ガラガラガラ
ドアが開いた。
箱の中には見事にデコレーションされたケーキが入っていた。フルーツなんかもきれいに盛り付けられている。おまけにチョコレートまで添えてある。
でも、
大きさはバラバラだった。
一つ一つ、全部違う大きさ。
砂漠で道に迷い、死にそうなほど喉が渇いた人たちは、時にオアシスの幻想を見るという。その強い思いゆえに、幻は姿を現すのだそうだ。
ならば今聞こえてきたのは――――
「ユウユウ」
ただ一つだけ言えること。
聴覚より視覚の情報を重視している今の俺の状況において、決して幻ではないこと。
それは切り分けられたケーキの数。
個性あふれるケーキたちは、
間違いなく、
九つ(、、)あった。
世界は俺たちが思っているより、広くて、深くて、優しいのかもしれない。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
あといくつか完結している作品をアップしようと思いますので、よければまたお楽しみ下さい。