パーティー と 妄想劇場 と 大人への階段
カオスを極めた球技大会も無事幕を下ろした。今年も奇跡的にケガ人や事故という類のハプニングは起きず、この様子だと来年もこのカオスっぷりは継続されるのだろう。
閉会のあいさつをするべく壇上に上がった生徒会長は、前期最大のイベントを無事やり終えたことに対する安心感からなのか、はたまた、やり遂げたことに対する達成感からなのか、わんわん泣いていて、いったい全体何をしゃべっているのかわからないという状態だった。
感動という名の感情はどうやら伝染しやすいようで、俺のクラスでももらい泣きしている女子なんかが何人かいた。俺たちには来年再来年もこの行事が待ち受けているわけで、こいつらは毎年このように泣くのだろうかと思いつつも、この涙がクラスを団結させたりするのだろう。明日からの俺たちのクラスは何かが変わっているかもしれないな。
ところで、俺と夕渚はあの後試合に間に合ったのかと言うと、なんてことはない、余裕で間に合った。なんと礼二のチームは学年別で行われるトーナメントの決勝戦にまで上り詰めていたのである。
というわけで、俺たち『おフロ研究会』一年メンバーは、閉会式後に全校生徒に配られた紙パックのジュースを飲みながら、校門の片隅で礼二の健闘をたたえているのであった。
「くそ~。あと一歩で優勝だったのに」
試合が終わった直後はかなり悔しそうな顔をしていた礼二も、今となってはちょっとした充実感のようなものが見て取れる。
「いいじゃないか。準優勝だろ? 俺たちなんて予選敗退だぞ。暇すぎてお前の応援なんかしちまったよ」
一緒に応援していた夕渚の方に目線をやると、
「そうです。すごいです。興奮しました」
先ほどの無礼は記憶の片隅に追いやられているようだ。
「長滝くんたち格好よかったよ。クラスの女子とかみんな、「惚れた~」って言ってたし」
長沢も憧れの先輩を見るような目で礼二のことを見ている。たった一日にして礼二の株がこんなにも急上昇するなんて、うらやましい以外の何物でもないぞ。来年こそは何とか決勝まで行きたいもんだ。
「孝司、来年は頑張るぞ」
立也は誓いの握手を求めてきた。握手に応じてやりたいところだが、その前に、同じクラスになれるかどうかが問題だ。
「チイ」
ユメが後ろからつついてきたので振り返ってみると、
「ストロー落ちた」
ユメは、溺愛している飼い犬の首輪を外した瞬間、全速力で逃げられた飼い主のような表情で俺を見ている。
「三秒ルールって知ってるか? 拾ってフウフウすれば大丈夫だ」
古今東西無敵のルールを教えてやるのだが、
「いや、そうじゃなくて、こう、ジュースの中に入った」
それはもう、救出不可能です。
「パックに口付けて飲むしかないな。我慢しろ」
ユメは「しかたない」とか言いながら、再びジュースを飲みはじめた。
そして、ユメがジュースの最後の一滴まで飲みほし、「いや、もうジュース入ってないから」とつっこんでやりたくなるくらい、紙パックをぺしゃんこにしていたちょうどその時、
「ねえ、みんな。明日、部室で礼二の準優勝記念パーティーをやりましょうよ」
何かと記念日を作りたがる女代表みたいなやつがここに一人。
「部室って言ったって、飲み食いバカ騒ぎはまずいだろ。いくら寛容な教師だってそこまでは許してくれん」
「大丈夫よ。バレなきゃいいんだから。それに、私たちは毎日バカ騒ぎしてるじゃない。そこにジュースとお菓子が加わるだけよ。教師だっていちいち覗きになんてこないわ」
確かにバカ騒ぎはいつものことなのだが、
「先輩たちだっているんだぞ。そっちの許可だっているだろ」
と言い終わるのが早かったか、こっちの方が早かったか。
「その点なら心配いらん」
ニョキッと俺の背後からハイが生えてきた。いったい、いつからどこから現れたんですか!だから言ってるでしょうに、この人の登場の仕方は何とかしないといけないって。
「そのパーティー、許可する」
ハイは、キラーン、とかいう効果音がつきそうな物腰でオーケーサインを出していた。
「ありがとうございます、先輩」
時音は早くも感謝を述べているのだが、
「まだ雪女もいるだろ」
全員が「それ誰?」みたいな表情をしている。でもなぜだか視線は俺を通り越していて……。
「永峰、雪女って誰?」
一、二、……って数えるまでもなく全員揃っている。そもそもこの場にいないのは一人しかいないわけでして。みなさんさようなら。だがこれだけは言っておく、冷凍状態で発見されてもかき氷にだけはしないでくれ。なんかめちゃくちゃ痛そうだから。
とまあ、極限の被害妄想はこのへんにしといて、
「雪女? やだなあ、ははは。俺はユキナって言っただけですよ。でも違いますよね。ははは。先輩はミリナでしたよね。ナしかあってませんよね。ははは」
苦しい、むしろ痛い言いわけだったのだが、
「そ、そんな」
雪女は頬を朱色に染めている。しかも、まさかの乙女の仕草で、
「名前で呼ぶなんて、永峰ったら、永峰ったら」
スカートの裾をいじらしく握りしめて、
「ほんっとに」
ウィンク一つ。
「エロスなんだからぁ」
「…………」
やっぱりこのオチですか。
これが原因なのかは分からないが、とにかく機嫌をよくした雪女は時音の提案を快くオーケーしてくれた。
突如思いついた計画かつ開催日が明日ということもあり、買い出しは今日中にしなければならなかった。先輩達には気を使って先に帰ってもらい、今は一年生メンバーだけで、高校の近くにある大型スーパーへと足を運び、買いだしをしている最中である。
球技大会が終わったばかりでもうくたくただというのに、お菓子を買う時の女子はどうしてこんなにもキラキラ輝いた顔をしているのだろう。
「チイ、あちしはね、これと、これと、これと、これと、これと、これと、これと――――」
「そんな小粒なもんばっかり選ぶなよ。もっと大きな袋に入ったやつにしろ。これとか」
大人数で手を伸ばしながら食べられそうなお菓子をかごに入れたのだが、納得いかないような顔をしてユメは首をかしげている。
「なんでだ? あちしそんなに食えんぞ」
「お前一人で食うんじゃない。もういいよ、お前は時音の方に行ってジュース選んで来い」
「ほ~い」
スポーツまみれの一日だったからであろうか、今日のユメは聞き分けがよく、跳ねるようにして時音と礼二が待つジュース売り場の方へと消えていった。
「そっちはどんな感じだ?」
かごを持った立也が長沢と夕渚とともに現れた。
「こんなもんでいいだろ。あとは礼二がジュースのかごを持ってるから、俺たちもそっちに合流しよう」
「そうしよう。あのさ孝司、僕はちょっとトイレに行ってくるから、これ持っててくれ。あとですぐ行くから」
立也はトイレの方へと小走りで去っていった。残された俺たちは三人でジュース売り場に向かうことにした。両手に花ならぬ、両手にかごですよ。
ジュース売り場に向かう途中、俺の後ろから「わぁぁ」とかいう歓声が聞こえてきたので振り向いてみると、夕渚が一緒に歩いている長沢を置き去りにして、ハチミツを見つけたミツバチのような猛スピードで、あるコーナーへと吸い寄せられていた。
俺と長沢が顔を見合せ、何が起きたんだ? みたいな顔をしていると、
「瑠璃ちゃん、ユウユウ、こっち来てー」
夕渚は、どんぐりを見つけた三歳児のような無邪気さで俺たちを呼んでいる。
「どうしたの?」
「なんだよ」
近づいてみるとそこは、カップケーキやらプリンやらシュークリームなんかが並ぶスイーツコーナーだった。
「このケーキ買っちゃだめかなぁ?」
夕渚はカップに入ったショートケーキを手に取りながら、俺と長沢の顔を交互に見つめている。
「う~ん、どうかなぁ~、永峰くんがいいって言ったらいいよ」
長沢は俺に判断を委ねてきた。そんなこと言われましても……。
「どうかなあ」
九人分買ったら結構値段もするだろうから……、なんて悩んでいるうちに、
「あれま、お菓子選び終わった? 何してんの?」
時音と礼二が。
「おお、追いついた。すっきり爽快だ」
ハンカチで手をふきつつ立也が。
気付けばスイーツコーナーに全員勢揃いしていた。
「夕渚がこれ買いたいんだと」
夕渚が持っているカップケーキを指差すと、
「いいじゃない。ケーキのないパーティーなんてパーティーじゃないわ。そうだ、どうせなら大きな丸いケーキを買いましょうよ」
時音はかなり乗り気なのだが、
「でかいケーキってけっこう高いぞ」
礼二も俺と同意見のようだ。全員揃って念仏のように「う~ん」と唸っていると、
「じゃ、じゃあ」
控え目に長沢が発言した。
「材料だけ揃えてもらえれば、私が作ってくるよ」
長沢の手作りケーキが食べられるチャンス到来! ということで、この機会を男子が拒否するはずもなく、当然、ケーキを食べたい女子たちだって拒否することはなかった。
「瑠璃ちゃんありがとう。遠慮なく、お願いします」
時音を筆頭に全員でお礼を言ってから、ケーキの材料を買った。ケーキの材料をスイスイ買っていくユメを除いた女子三人を見ながら俺たち男連中プラス一名は、
「なんか新婚生活っぽいな」
学校では見ることのできない三人の姿に、妙にテンションが上がっていた。普段見せない女子のこういう一面がこんなにも強力なもんだとは知りませんでしたよ。
「なんだ、もう夕渚との新婚生活がお前の妄想劇場では始まってるのか?」
洋画劇場みたいなノリで言うんじゃねえよ。
「そうなのか、孝司は夕渚さんなのか。じゃあ僕は長沢さんにしようかな」
立也、変な話に乗ってくるのはやめてくれ。かごを持ったまま、視線は長沢の後姿を追いかけている。なんかこれ、危なくないか?
「ちょ、ちょっと待て。俺が長沢だ。池中は時音にしてくれ。俺にはあいつを扱い切れない」
数本のペットボトルが入ったかごを揺らしながら礼二が抗議の声を上げていた。
ほら見ろ。わけのわからん会話が始まってしまったではないか。というか、礼二はほとんど悪ノリだ。何か顔が芝居臭い。
「僕は長沢さんの方がしっくりくる。すまんがここは手を引いてくれ」
とうとう妄想劇場のヒロイン争奪戦が始まってしまった。人間の脳みそって偉大だな。誰もがみな無限の世界を持っているようだ。
「無理、それ無理。こうなったら仕方無い、ジャンケンで勝負だ」
そろそろその三文芝居やめようよ。お前は雪女に惚れてるんじゃなかったのか?
「のぞむところだ」
二人は妄想劇場のヒロインを決するべく決闘を始めてしまった。たかが妄想ごときでここまで熱くなれる二人に俺は拍手を贈るべきなのだろうか。いや、やめておこう。拍手の価値が下がってしまう。
「うむ、じゃあ、あちしは友里がいい」
二人の隙に乗じて、何の話をしているのか全くわかっていないであろうユメが時音をゲットしてしまった。おいおい、ユメ、そいつらには近づかない方がいいぞ。
「これで残るイスは一つだな。いくぞ、じゃんけん、ぽん」
礼二はグー。立也はパー。ということで、
「やりましたよ、獏せんぱ~い。勝ちましたよー。やっぱりじゃんけんはパーです」
どこに喜びぶつけてんだよ。てかもうジャンケンに勝った喜びにすり替わってますから!ヒロインどっかに飛んじゃってますから!
「あ~負けちまった。悔しいぜ~」
全然悔しそうには見えない礼二はこの三文芝居に幕を下ろしたようで、
「なんだかんだで俺、結構明日が楽しみなんだけど」
重そうなかごを揺らしながら笑っていた。
「そうだな。僕は、ちょっとしたことでもイベントに結びつけるというのは悪いことではないと思う。時音さんには感謝するべきだ。なんか僕たち、青春っぽい日々を過ごしているじゃないか」
いつもの調子に戻った立也も感慨深そうだった。もしかして、さっきのくだりはこいつも芝居だったのだろうか。
「ユウユウ~」
夕渚が俺を呼んでいた。
「ちょっと、タカジイ。一番軽そうなかご持ってるんだから、ちゃんとついてきてよね」
時音ももうちょっとおしとやかだとありがたいのだが、こいつがこういう性格だからこそ、今の俺たちの関係が生まれているのかもしれないわけで、十人十色の良さが身にしみてわかるような気がするのは日々俺たちが大人への階段を上ってるからなのだろうか。