記念写真 と 勝利の女神 と 色とりどりのコスチューム
多くの生徒が待ち望んでいる日がやってきてしまった。
嫌味なほどに天気は快晴で、どこぞのサーカス団御一行様ですか? と、問いたくなるような面々が、そのハチャメチャな衣装とは不釣り合いなくらい整然と列を揃えて座っていた。
生徒のうずうずした空気を察したのか、生徒会長と校長のあいさつはかなり手短に終わり、今は準備体操の時間である。思い思いの衣装で身を包んだ生徒たちが真面目な顔をしてストレッチしている姿は冷静に見れば面白いのだろうが、あいにく俺にはそんな余裕などなかった。
その原因と言うのは、
「おい、孝司。お前と立也はいったいどんなプレイを楽しんでるんだ?」
当然、額に巻かれたメッセージは注目度抜群で、好奇の視線を掴んで離さない。二、三度チラ見するやつらも結構いるから、リピーター率もハンパないようだ。尾村のようなこういう愚問を投げかける奴には沈黙を持って答えることにしている。説明するのも面倒くさい。というか、俺たち自身もこのことについてはあんまり触れたくない。この際仕方ない、試合が始まるまではハチマキをとっておくことにしよう。
「他人の性癖に口出しするのは大きなお世話だろうからそのことは置いとくとして、俺たち、もうちょっと派手な衣装でもよかったな」
あれだけ悩んでいた当日の衣装はと言うと、野球部のユニフォームに決まった。派手もくそもない、そのまんま野球少年の格好をして俺たちは当日を迎えたのだ。なぜ野球部のユニフォームかと言うと、俺たちが案に困窮しており、参考程度に同じクラスのAグループに「お前らどんな衣装着るの?」と聞いてみたところ、「サッカー部のユニフォームでいく」とのことだったので、その案に便乗してみたのだ。ちなみにユニフォームはというと、知り合いの野球部のやつらに貸してもらっている。
実際、当日となり、周りの様子を見てみると、男子の過半数はおとなしめの服装をしており、俺が見つけた限りでは、ふんどし一丁で男らしさを見せているやつや、ナース、女子の制服を借りたのであろうセーラー、といった女装系のやつらがちょっと浮いてるかなと感じるくらいだった。
一方、女子の方に目線を向けてみると、メイドやら猫耳といったいかにもなコスプレをしているやつらもいれば、全身着ぐるみというチャレンジャーたちもいた。中には、かっちりスーツで身を固めたキャリア系の女子もおり、もはやグラウンドはカオスをきわめている。
「孝司……」
ストレッチも終わり、第一試合開始までの空き時間となるや否や、よろよろっと斗真が現れた。
「俺、自分を見失いそうだ。マジ、若干気持ち悪りぃ」
色とりどりの生徒たちに酔ってしまったようだ。
「お~い!タカジイ~」
どこから呼ばれているのかなと辺りを見回してみると、すぐに見つけることができた。宣伝用リストバンドが思わぬところで効力を発揮しているようだ。
チアリーダーの格好をした時音は長沢と夕渚を引き連れている。
「何してんだよ。いたいけな少女を二人も引きずり回すもんじゃないぞ」
「なに言ってんのよ。それより礼二とユメちゃんはいないの?まだ試合始まってないでしょ?」
時音はぐるぐると辺りを見回している。
「大声で名前呼びながら手をふってりゃそのうち見つかるだろ」
すると、予想通り礼二とユメは数分とかからないうちに見つかった。
「おお、チイも野球やるのか」
「衣装だ」
今日はスポーツデイだからであろうか、ユメの目がキラキラと輝いている。ユメはどんな格好をしているのかと言えば、天使の格好をして、どう考えても試合の妨げにしかならないであろう白色の翼まで生やしている。二組の連中はどんなテーマでコスプレをしているのだろう、後でチェックしてみる必要がありそうだ。
「リストバンドしてるとけっこう便利だな。わかりやすくて。てか、時音のチアも悪くないな。うちの女子にも何か着てもらいたかったー。ちくしょう!」
礼二は長蛇の列で数時間並んだ後、ちょうど自分の前で「販売終了」の看板を見せつけられたお客のように、大げさな悔しがり方をしていた。
「着る前は恥ずかしかったんだけどね、着ると案外楽しいもんよ。動きやすいし、応援団にも早変わりできちゃうし。機能性にも優れてるみたい」
際どいラインをチラチラさせている時音にときめいてしまうのもなんだか癪なので、とにかく話を先に進めよう。
「はいはいそうですかい。で、俺たち集めて何しようってわけ? 早く言ってくれないと斗真が立也連れてどっかいっちまうぞ」
居酒屋でふらついていそうな酔っ払いのごとくふらっふらした状態の斗真を、立也が迷惑そうに抱えていた。
「あのね、せっかくだから『おフロ研究会』のみんなで写真撮りたいなぁと思って」
と言って、時音はデジカメを取り出した。
「先輩らも探さんといかんだろ」
雪女を写真という形で客観的に見たなら、どんなふうに見えるのだろう。しゃべらなければ絶世美女なわけだから、写真に惚れてしまったりするのかもしれないな。その時に初めて俺は礼二に対する共感を覚えることになるわけで、いちいち面倒臭い手順を踏まなければ理解できない美しさという点では、雪女と芸術が同列になるわけだ。
なんかすごいところまで行ってしまいましたね。雪女先輩。
「そうなんだけど、とりあえず一年メンバーで一枚おさめておきたいなぁと。だから、ほい、みんな寄った寄った。あ、尾村、写真よろしく」
時音がそばにいた尾村にデジカメを渡すと、
「お前相変わらず人使い荒いな。もうちょいおしとやかになった方がいいと思うぞ」
尾村はぶつぶつと文句を言いつつも、「いくぞー」と、こちらの準備が整うのを待っていた。
斗真も雰囲気を察したらしく、ふらふらと尾村の側にまわりこみ、デジカメの液晶画面を覗きこんでいる。
そして、液晶画面に映っているのであろうこの面子を見渡してみてふと思う。
「Tシャツ三人にチア一人と野球部二人、加えて勝利の女神って、この写真を見た十年後の俺は、自分が甲子園を目指してた野球少年だったのかと勘違いしちまうぞ」
「ってことは、なんだ、俺と長沢と夕渚はマネージャーか?」
「そうなるな」
「僕はレフトがいい」
「どうせならもっと目立つポジションにしろよ」
こんな会話とは無関係に、隣ではユメがなにやらゴソゴソやっている。
「チイ」
「なんだよ」
「羽折れた」
「あとでくっつけてやるから我慢しろ」
いっこうにまとまりを見せない面々に、時音は痺れを切らしたようで、
「ああん、もううるさいわね。だったらこうしなさいよ。これなら勘違いしなくて済むでしょ」
そう言って時音は右腕を自分の胸のあたりに押し当てた。
「確かに。これ見りゃ過去を偽造しなくて済みそうだ」
全員がこれを胸の前で強調していれば、勘違いすることはないだろう。
「おい、孝司、せっかくだからとなり譲ってやるよ」
ここで礼二からのナイストスが。
「サンキュ!」
「気にすんな、ユ、ウ、ユ、ウ」
嫌味な笑顔たっぷりで、気持ちの悪いことにケツをプリプリ振りながらケンカを売ってきた。どついてやりたいのだがこいつからの御厚意ゆえ、俺は手を出せない。
どうやら尾村も痺れを切らしたらしく、
「お~い、まだか~。早くしろ~」
と叫んでいた。
「なにごちゃごちゃやってんのよ! もっと寄らないと写らないわよ。ほら、もっと寄りなさいよ」
この後先輩たちを探し出してもう一枚撮ろうと計画している時音は、試合が始まる時間が気になるようで、なにかと急いでいた。早くしたいという気持ちを理解できなくもない俺は時音に協力するべく隣との距離を縮めてみたのだが。
その結果、
「ユウユウ痛いよぉ」
クレームが飛んできました~。
「なにどさくさにまぎれてセクハラしてるのよ、このエロタカジイ!」
「発情期か? チイ」
「何もしてないって!」
百パーセントの濡れ衣なのだが、
「ユウユウ肘痛ぃ~」
この煽情的な声に、俺の反論の声は太刀打ちできないようだ。みなさ~ん、俺、冤罪にもかかわらず実刑くらいそうで~す。
「永峰くん、痴漢はダメだよ」
「人の厚意に甘えて犯罪を犯すとは見損なったぞ孝司」
「孝司、その一線は越えてはいけない! またいではいけない! 刺激してはいけない~」
「やかましいわ! だから何もしてないっつーの!」
長沢までもが俺を変な目で見ている。なんたる屈辱。とりあえずどっかから飛び降りたい気分だ。
尾村ももう我慢の限界のようでして。
「お前らいい加減にしろよ。もう撮るぞ」
なんだか投げやりな感じでカメラを構えると、
「はい、チーズ」
この後、二人の先輩も捕まえて、『おフロ研究会』勢揃いの写真を撮った。
一枚目と二枚目、どちらの写真を見ても俺はこれがなんの集まりだったのか、すぐに思い出すことができるだろう。例え自分がよぼよぼのおじいちゃんになっていたとしても、忘れることなんてないだろう。この写真に写った全員の腕には、おそろのリストバンドがはめられていたのだから。これが、俺たちが『おフロ研究会』に所属していたという、まぎれもない証なのだから。