記憶2
高校生活はとても楽しかった。
誰かと関わっていられる、言葉をかわせる、同じ時間を共有できる、同じ空間を共有できる。そんな当たり前の高校生活が、とても楽しかった。
街では少しも感じられなかった自分という存在を、ここでは確かに感じることができた。
冷たい無表情で他人を拒絶する顔や、なぜだかいつも忙しそうで自分の世界しか見えていない個の集団が行きかう交差点とは違い、高校の廊下には暖かな声や賑やかな表情が溢れ返っていたから。
忙しそうにしている生徒もいるけど、
「――ちゃん、またね~」
友達のことは忘れていない。
忙しそうにしている先生もいるけど、
「こら、宿題ちゃんと提出せんか」
生徒のことは忘れていない。
ここが自分のいるべき場所だと思った。
高校それ自体が大きな一個の家のような気がしていた。
だって、みんな当たり前のように隣にいるのだから。自分の悩みや昨日あったことなんかを思ったままに語りあっているのだから。みんな家族だと思っていた。
でも、違った。
帰りのホームルームが終わると、みんな教室を出ていった。部活に行ったり、街へくり出したり、自分の家に帰って行ったり。
だから放課後は嫌いだった。自分の隣に誰もいなくなってしまうから。自分が一人だと気付いてしまうから。
あれだけ温かかった教室も、がらんとむなしくて、広い分だけ寂しさが大きかった。
そんな教室を無意識のうちに見ないようにしていたのだろうか。空を見るのが好きだった。両手をめいいっぱい広げても抱えきれないくらい大きな空で、のびのびと翼を広げて飛んでいる鳥たちに視線が釘付けになった。
「どうして迷子にならないんだろう?」
こんなことを疑問に思ったりもした。
いつまでも教室にいることはできないから、一人でとぼとぼアスファルトの上を歩いていた。
広い道路に投げ捨ててある空き缶に自分の姿を重ねてみたりして、カラコロと音をたてて転がっていく様子に同情してみたりもした。
猫が毛を逆立ててニャーとないていた。
放課後にいつも一人でいたからだろうか、瑠璃ちゃんが誘ってくれた。
へんてこな名前が書かれたかまぼこ板がぶら下がっている部室だったけれど、少し時間を過ごしただけで、ここが私の部屋だと思った。自分が帰るべき場所だと思った。いつだって私の隣には誰かがいてくれたから。手を伸ばせば言葉が返ってきたから。
でも、やっぱり、違った。
下校の音楽が流れるとみんな帰っていった。自分の家へと帰っていった。
途中までみんなと帰るのだけれど、最後まで一緒にいることはできなかった。
一人になってふと気付く。
「私、どこに帰ればいいんだろう」
長い間、家族と会話をしていないように思う。
「お母さん」
…………
「お父さん」
…………
「お兄ちゃん」
…………
いつから会話が無くなってしまったんだろう。
周りを見渡してみてふと気付く。
「ここは、どこ?」
道路の脇に、綺麗なお花が供えられていた。
「私、何か大切なことを忘れてる」
思い出す前に、誰か私をさらってほしい。
瞳を閉じたら世界が真っ暗になった。
暗い世界が恐かったから、孤独な世界が嫌だったから、振り払うようにまぶたを開いてみたけれど、瞳には暗い世界しか映らなかった。
でも、やっぱり星たちはきれいだった。
決して戻らない時間のように、駆け足をやめない闇夜のそよ風が、少女の髪を優しく揺らしていた。