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鏡の国の私

作者: 暁紅桜

長期の休み、私は幼い頃から祖母の家によく遊びに行っていた。祖母の膝の上が私の特等席で、よくそこに乗って祖母にお手玉や編み物を教わっていた。

 祖母はよく、部屋にある鏡を見ていた。会いに行くたび、祖母はじっと鏡を見つめていた。まるで、そこに誰かがいるかのように。

「おばあちゃん。どうしていつもかがみを見ているの?」

 ある日私は、祖母にそう尋ねた。祖母はいつものように優しい笑みを浮かべて答えてくれた。

「鏡の向こうにはね、理想の自分がいるんだよ」

「りそうのじぶん?」

「そう。鏡の世界はこことは反転世界があるだよ。こっちが平和ならあっちは殺伐とした世界。こことは対照的な世界」

 鏡に映っているのは私と祖母の姿だけ。だけどそこに、まるで誰かがいるかのように、祖母はそっと笑みを浮かべた。

「そしてそこには、じぶんとは反対の存在がいるだよ。暗かったら明るい自分が。地味だったら、派手な自分がいるんだ」

「むぅー、よくわからない」

「そうだね。翡翠には少し難しかったかな」

 対照的な世界。幼い頃はよくわからなかったが、今の私ならわかる。鏡の世界に理想の自分がいる。理想の自分とはなんだろう……今の自分とは正反対の存在。それはどんな存在なんだろう。

 祖母のその話を聞いてから、私はよく鏡を見るようになった。朝起きた時、トイレで、手を洗う時、お風呂から上がった時、歯磨きをする時。いつか、理想の自分とであるのではないのかと。そして、いつしかその思いは強くなった。

理想の自分で会えたら、私は尋ねたかった。





どうすればあなたみたいになれる?




 私は自分の性格が好きではない。一人でいることに怯えて人の顔色ばかりを伺う。そのくせ、人と関わるのが嫌いだった。人見知りで、素直な気持ちが伝えられない。いつも人の意見に賛同して、自分を守っている。怯えて、守って、そんな自分が私は好きじゃない。

 そんな性格は、高校に上がっても変わらない。基本的に一人。誰かと話しても深くははりこまない。浅く広い関係を築いている。友人と言える友人もおらず、そんな関係を築いていても、基本的に私は一人だ。

「ねぇ聞いた、廃遊園地の噂」

「知ってる知ってる。なんか色んな噂聞くよね」

「観覧車から声が聞こえるとか」

「メリーゴーランドが勝手に動き出すとか」

「なにそれ、超面白そう」

 みんな、噂とかそういう類が好きなようだ。口を開けば「知ってる?」と言う。友達作りのきっかけでよく使われている。そこから話を広げていって、そして仲良くなる。ばかばか知ったらありゃしない。

 私は知っている。仲良くしているあの子とあの子。だけど互いに互いの悪口をいっている。結局、友達付き合いなんて表面上の付き合いにすぎない。他人がどう思ってるかなんて私には知ったことじゃない。ホント、友達なんてやめればいいのに。

「まぁ、そんなこと言えないけど」

 言ってしまえば人に嫌われる。一人になってしまう。それはすごく怖い。結局、私もそういう人間だということだ。本音が言えない。建前でしか人と話せない。

「ホント、嫌になるな……」



『だって、それがあなたなんだから』



「え……」


 不意に聞こえた声に顔を上げた。今私がいるのは、自分のクラスのある会の女子トイレ。個室のトイレは全部開かれていて、誰もいない。

「誰……」

 聞き覚えがあるような声だった。明るくて、自信に満ち溢れたような声。私とは違うそんな声だった。

 私は無意識に鏡をみた。自分の姿が映る鏡。祖母の言葉を思い出す。鏡の向こうの自分のこと。もしかしたら今のはそうだったのかもしれない。

「どうやったら、あなたみたいになれる?」

 鏡に触れ、鏡に映る自分に問いかけた。だけど返答はない。そこに映るのは自分。理想の自分ではない、今の私の姿……




「なぁ、隣のクラスの田中。前はスゲー地味だったのに、なんか人が変わったみたいに派手になってんだよ」

「聞いた? 隣のクラスの水谷さん、行方不明になったんだって」

「確かに聞いたんだよ! 小さな声だったけど、出してって!」

 それから数日、学校中に広がる噂。

 とある廃遊園地の噂。皆が口々に口にする。

 ある生徒はあるアトラクションに入ってから人が変わった。

 ある生徒はあるアトラクションから声を聞いた。

 ある生徒はあるアトラクションの中にある拷問部屋をみつけた。


ある生徒は、あるアトラクション……

ある生徒は……

ある……

あるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるああるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるああるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるああるあるあるあるあるあるあるある



 噂は、まるで学校を飲み込むかのように広がっていく。皆が興味本位で口をにして、興味本位で聞く。まるで、誰かのシナリオ通りに動いているようで気持ち悪い。耳を塞ぎたくなるように、気持ち悪い。

 ただの噂、私には関係ない。耳を傾ける必要はないのだ。だけど、私はその噂から逃れることはできなかった。それを聞いた途端、首元を掴まれるような感覚に襲われた。


「今夜、我がクラスは噂に名高い廃遊園地に行こうと思います」

 

 提案したのはオカルト研究会に所属しているクラス委員長だった。クラスメイトたちは委員長の提案にのり、大盛り上がりだった。だけど私だけがそれを望んでいなかった。行きたくない。そんな得体の知れない場所に行きたくない。わざわざ自分からそんな危険な噂がある場所になんか行きたくない。ここは、はっきりと自分の気持ちを言わないと。

「楽しみだね、安心院さん」

「へ? あぁ、うん。そうだね」

「じゃあ全員参加でいいね。集合は今夜の二十時。遅刻しないように」

 クラスメイトの言葉に、私は思わずそう答えてしまった。それを聞いていた委員長は、全員参加を決定ずけた。私は奥歯を噛み締めた。ばっくれるべきか……でもここで行かなかったら、明日から何が起きるかわからない。行く以外の選択肢は、私にはなかったのだ。



 足取りは重かった。まるで、手枷をされて鎖を引っ張られて処刑台に連れて行かれる気分だった。

 噂されている遊園地は、薄暗い森を抜けた先にあった。あれだけ噂になっているのに、見張りもいなくて、入口を塞ぐ柵もボロボロに壊されている。廃遊園地と言われるだけあって、あちこちボロボロでもう開園することは不可能のようだった。

「あ、安心院さーん」

 すでにクラスメイトたちは集まっていた。

 はしゃいでる子。怯えている子、私と同じように来たくなかった子。そんな色々なクラスメイトたちが、この廃遊園地に集まっている。

 あぁなんだろうこの気分。まるでこれから、命をかけたデスゲームが始まりそうな感じだった。ダークファンタジーな殺し合い。はは、そんな漫画やゲームがあったら見てみたいものだ。騙し騙され、裏切りが行われるそんなもの。

「はいはーい。それじゃあ、組分けするよ」

「組分け?」

「この人数で一つ一つ回るのもアレでしょ。グループごとに、噂の真相を確かめましょう」

 委員長はどこか楽しそう笑う。そして、クジが入った箱を掲げて、一人一人に込みを取らせた。

「ミラーハウス……」

 私は紙に書かれた場所を私は口にした。

 ミラーハウスの噂は、【入れ替わり】。ミラーハウスから出てきた人の中に、別人みたいに人が変わった人がいるらしい。なんでも、見た目は一緒なのに中身だけが違う、みたいな感じらしい。

 不意に頭をよぎったのは幼少の頃に祖母に言われた理想の自分の話。もしそれが本当なら、入れ替わった人間はみな、理想の彼ら彼女ら。

「馬鹿らしい……」

 私はそう思いながら、同じ場所に行くクラスメイトのグループに入る。

「なんかドキドキするね」

「ねぇ」

「怖くなったら俺たちにしがみついていいからな」

「そうそう」

「ないわー」

「それな」

 グループは五人人グループ。私のいるグループには男が二人、私を入れて女子が三人のグループ。全員話したことはあるが、仲がいいというわけじゃない。あくまでクラスメイトだ。

 私は彼らの後ろをうつむき気味についていく。口は必要以上に開かず、黙って歩いた。前ではうるさいぐらいうにみんなが騒いでいる。うつむいていれば、ガラス張りの床に映る自分の姿と目があう。つまらなさそうな、もう帰りたい、早くここから出たい。黙ってればいいのに。うるさい、うざい……耳障り、黙って歩けよ。私だからわかる、そんな表情をしていた。

 私はただ歩いた。まっすぐに、まっすぐに、まっすぐに……




 まっすぐ?




「あれ?」

 気がつけば、全面ガラス張りの空間に、私だけががいた。

辺りをキョロキョロと見渡しても、そこにいるのは鏡に映された、たくさんの私だけ。

「み、みんなどこに行ったの?」

 不安が、私の心を支配していく。

 ゆっくりと歩き、辺りをキョロキョロしながらみんなを探した。声も足音も聞こえない、自分以外の人の気配を感じない。

 廃遊園地のアトラクションのはずなのに、随分と綺麗なガラスの部屋をゆっくりと歩いていく。

「ねぇ、みんなどこに行ったの? ねぇ、返事をして!」


『どうしてみんなを探すの』


「えっ……」


 不意に聞こえた声。どこからか、女の子の声が聞こえた、

「だ、誰かいるの?」

『ねぇ、あんなに散々言ってたのに、なんでそんな人たちを探しているの?』

 声の主は返答してくれない。

 辺りを見渡しても、いるのは私だけ。他に誰もいなかった。なのに声は、私に向かって話しかけてくる。本当に、疑問に思いながら。

『一人が好きなのに、他人のそばにいて他人と行動する。一人が怖い、不安だから』

「なに、誰……誰なの!」

『人に嫌われるのが怖くて、人の顔色ばかり伺う。自分の気持ちを素直に答えることもできなくて、相手の返答に同意する』

「なに、を……なに、を……」

『一人が好きなのに、他人に嫌われるのが怖い。だからいつも、なんでもみんなの賛同に反対できない』





『自分を殺す殺人者』






「違う……やめて……やめて……」

 その声は、まるで私の心を知っているようだった。私の心の中にある、私という存在を私に伝えている。


 聞きたくない。やめて、私の心を見ないで。

『あなたのなりたい自分は、クラスの中心的存在。みんなから愛されて頼られる存在。明るくて、自分の気持ちを素直に伝えることができる存在ね』

 明るい口調が、私の心を締め上げる。そう、まさにこんな感じで話してみたい。軽い感じで、なににも怯えてないこの声と口調で。だけど、そんなことできない。私にはそんな勇気はない。私は、私は……

『ねぇ、鏡に映る自分を見てどう思う?』

 私は耳を塞いで走る。

 うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!

 お前になにがわかる、あなたに私のなにがわかる。それのなにが悪い!私だって変わりたい、あなたみたいになりたい。けど、私にそんなことできるはずがない。わからないの!一度できたこの私という人間を、あなたみたいな人間に変われるはずがない!それこそ、入れ替わりでもしない限りは!

「できることなら学校にだって行きたくない。守られた家の中でずっと居たい。なんの不安も恐怖も、心配も感じなくていい部屋の中で、ずっと居たいよ」

 私は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。顔は涙で崩れ、強く耳を塞いで。




『そんなに苦しいんだったら変わってよ』



「っ……えっ……」

誰かが私を後ろから抱きしめた。



『ねぇ、変わってよ。そんなに苦しいんだったらさ』




 耳元で囁かれた声。それは、他の誰でもなくて私の声。振り返ったそこには、鏡の中から出てきたもう一人の私がいた。

『苦しいね、辛いね。だったらさ、私と変わろうよ。私はね、みんなに愛されたり頼りにされる自信がある。クラスの中心になれる自信がある』

 私は、鏡から出ると私の目の前に座り込む。

 同じ顔、同じ声。なのにどうして、こんなにも別人なんだ。私とあなたの違いってなんなの。

『こっちの世界は私が求めていた世界。そして、あっちの世界はあなたが求めた世界。恐怖も不安も心配もしなくていい、ずっと一人で居られる世界だよ』






トンッ……






「えっ……」

『お互い、幸せになろうね』

 軽く肩を押され、私は後ろに倒れこむ。だけどそこには鏡がある。私は衝撃に備えた。だけど一切の衝撃はなく、そのままどんどん彼女の姿が遠くなっていく。

『私はずっとあなたを見ていた。あなたが羨ましかった。そんな素敵な世界にいるのに、暗くてはっきりしなくて』

 私は満面の笑みを浮かべて私に手を振る。

 やがて、私は彼女の姿を見ることができなくなった。






「あ、安心院さん!」

 ミラーハウス前、すでにでてきていたクラスメイトたちは私が出てきて、すごく心配そうに駆け寄ってきた。

「よかったぁー、途中で居なくなって心配したんだよ」

「もぉー、こういうとき男子って役に立たない!」

「え、なんで俺たちが罵倒されんの!?」

「いや、けど気づかなかったのは申し訳ない……」

「怪我とかしてない?」

 クラスメイトが不安そうな顔で顔を覗き込んできて、私はふわっと笑みを浮かべた。




『うん、平気だよ』










「はぁ、お腹減ったぁ……」

「購買行こうぜぇ」

 廃遊園地に行って数日がたった。私たちが足を運んだ日の翌日、まるで痕跡を隠すかのように廃遊園地は取壊しされた。

 他のアトラクションでは特に変わったものもなく、結局噂は噂でしかなかったという結果になった。

 学校を侵食していた噂も消えて、いつも通りの毎日が続いていた。

「安心院」

『はい、なんですか?』

「悪いが、このノートを理科準備室まで運んでおいてもらえないか?」

『わかりました』

「安心院さん、私たちも手伝うよ」

「一人じゃ大変でしょ」

『ありがとうみんな』

 にっこりと笑みを浮かべれば、他の子達も笑いかけてくれた。そのまま私は、ノートを手にしてクラスメイトたちと外に出た。

 ただ一つ、あの日から変わったことといえば、私が前と違って明るくなって、よく人と話すようになったこと。

 男子生徒も口々にそのことを話しており、数人の男子生徒が告白をしてきた。

「ーーーーーーーーー」

 私はクラスメイトと楽しそうに話をする。今までの私では到底考えられない光景だ。

『ちょっとお手洗い行ってくるね』

 そう言って、私は席を立ってトイレに行く。

 水を流して、しっかりと手を洗い、ポケットに入れていたハンカチで手を洗った。

「ーーーっーーてーーってーー」

 私はいつものように鏡を見て、にっこりと笑みを浮かべる。そして、そのままその場を去る。

「ーーって、だーーーってーー」

 だけど鏡の先、私と目が会った。彼女は聞こえたいた。

ドンドンと叩く音。

「出して、出して、出して!!」

 泣きながら、鏡の中で泣き叫ぶ私の姿を……


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[一言] 夏ホラーから来ました。 王道ながらゾクゾクする展開で楽しく拝読いたしました。 まったく違う自分になりたい、という気持ちとそれができないジレンマ。リアルな表現で書かれていて、とてもうまい作品…
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