入学Ⅰ
150年前、南鳥島近くの公海に突如として海面上に黒い渦が発生した。
それが別の世界―後に魔法世界と呼ばれることになる―に通じているのがわかったのがそれから10年後。
そして魔法世界との交流に発展したのがさらに20年後のことになる。
そして魔法世界から手に入れた一番の益は―その名の通り魔法であった。
ファンタジーの存在であった魔法。
それがこちらの世界の住人でも使うことができるというのは革命的な出来事であった。
そして魔法が普及してから100年たった。
鷹見柊は16回目の春を日本で迎えていた。
長時間の飛行機などの交通機関を乗り継ぎ、この人気の少ない田舎までたどり着いた。
ここは山を切り開いて作られた、珍しい学園があるだけである。
その名は東明魔法学園。
日本に一つしかない魔法を学べる学校である。
その新入生として鷹見柊はやってきた。
明日には入学式であるためその前日に到着した。
これでも遅いぐらいだ。
全寮制の学園なためもっとはやめでもよかったのだが、なにしろ急な事であったため仕方がない。
この入学もここの学長にかなり強引にねじ込んでもらっていたのだ。
もちろん試験は行っている。
実技の試験は免除、筆記のほうは魔法で送られてきたものを行った。
(これも裏口入学というのだろうか)
そう考えると柊の罪悪感にちくりとしたものが残るが、全部学長のせいにしてしまえばいいかという結論に達した。
そこでちょうどよく魔法による電話《念話》が頭の中を鳴り響く。
相手はその学園長マルクス・アルフォートからだ。
「鷹見です」
『マルクスだ。さっそくで悪いが…いまどこにいるんだい?』
その質問に柊は疑問を抱く。
入学式は明日だというのにマルクスはなぜか焦っている様子だったからだ。
「どこって、今駅についたところですけど」
『あーそうか…。悪いが、急いで学園まで来てくれ』
「なにかあったんですか?」
『入学式はこれから開始だ』
「はあ!?」
『とにかく急いできてくれ、それじゃ』
そう言い残し、マルクスは接続を切った。
あの人は、と悪態をつきながら走りだした。
走りながら、問題点に気づく。
自身の服装についてだ。
東明魔法学園はもちろん制服登校だ。
それに対し柊の現在の服装は私服。
制服は寮到着時に配布となっていたため、所持していない。
学校に予備があるだろうが、どちらにしろ私服で学園内に入っていかなければならない。
(事情を説明すればどうにかなるだろ…)
そうしている間に学園にたどり着いていた。
学園の広さからか、思ったよりも時間がかかっていた。
柊は学園の敷地に足を踏み入れる。
同時に柊は視界外からの敵意に気づく。
側面の雑木林からの攻撃。
多数の礫が高速で飛来してくる。
柊は二歩下がりそれを躱す。
魔法の発動者を探し、それを見つける。
というよりも見つける前に姿を現した。
きれいな黒の長髪を一つにまとめ、レディーススーツに身を包んでいる。
そのTHE・日本人といった相貌の女性はこっちをにらみつける。
「いや、あの誤解してますよきっと。僕はここの新入生でして」
「制服を着ていない新入生がいるわけないでしょう。それ以外の来校者だったという理由も通用しないわよ。来校者には許可証が事前に渡されています。それら以外が学園内に入り込んだ時点で検知する結界が張られているわ。あなたのような不審者がね」
それに、と彼女がつけたし、手を構える。
「視認外からの攻撃に気付くなんて真似、入ったばかりの新入生にできると思う?」
たしかにと得心がいく。
それとは別に、だからといって不審者を問答無用で攻撃していくスタイルはどうなんだよ、と心の中で悪態を吐く。
解決策を思案するがすぐに一番おとなしい解決方法は自身が無害であることを証明することだと理解した。
荷物を地面に置き、両手を上げ背中を女性へ向ける。
「これでいいですか?」
そう柊はつげるが、それでも女性の警戒は解けない。
女性はじりじりと少しずつ近づいている。
「おーい、霧島君ちょっと待ってくれーい!」
そう大きく呼びながらふくよかな男性が走ってくる。
その男性もスーツを身にまとっており、白髪交じりの頭髪もしっかりと整えてある。
「霧島君、その子は例の新入生だ!ちょっとした手違いで今日ここに到着したんだ。だから許してあげてくれ」
「学園長…そういうことは事前に連絡してください。怪我させるところだったじゃないですか」
呆れ顔で警戒を緩める。
柊もため息を漏らし、両手を下した。
そして柊はマルクスをにらみつける。
「す、すまんかった…。だから、そんな目で見ないでくれよ」
「…後でお話がありますので昼食は食わないようにしててくださいね。はいたら汚いので」
「腹パンは確定なのね…。まあとりあえず、予備の制服を渡すから彼女について行ってくれ」
「わかりました」
柊はそれに従い、先を行く霧島の後ろをついて行った。
連れてこられたのは保健室らしき部屋。
そしてどこから持ってこられたのか制服をベッドの上に置かれる。
「これあなたのにしていいわ。寮の管理者の人には私から言っておくから」
「わかりました」
返す手間が省けるのは柊からしたらちょうどいい。
霧島は椅子に座り着替えを待つついでに柊に疑問を投げかける。
「ちなみに参考までにきかせてくれないかしら。どうやって私の攻撃をよけたの?」
「まぐれですよ」
「そんなわけないでしょ、しっかりとどこからくるか事前に見て退いてたじゃない」
「偶然、丁度よく、そっちを見てただけです」
「…ま、そういうことにしておきましょうか。着替え終わったのなら教室行くわよ。入学式はさっき終わってしまったけど、HRがあるからそれは出なさい」
柊は内心ガッツポーズした。
面倒くさい式に出席せずにすんだという幸運からである。
「一応言っておくけれど、また同じように遅刻するようなら、二度としたくなくなるようなお仕置きをしますから。留意しておくように」
「また攻撃魔法でもぶつけるんですか」
「あれは侵入者用よ。お仕置きは精神的なものにとどめているわ。それとも肉体的なもののほうが好みか
しら」
「どっちも勘弁です」
そう答えるとそそくさと柊は制服に袖を通そうとした。
サイズはほぼぴったりだ。
が、その前にそれ以前に問題があった。
「ってちょっと待ってください。これもしや女子用では?」
霧島は今更?みたいな顔を見せる。
「何も言わないからそういう趣味があるのかと思ってたわ」
「ないんで、男子用くれませんか」
「言ったじゃない、精神的お仕置きだって。はやく着替えなさい」
「…………え?」
柊は耳を疑った。
この女性は何を言っているのだろうかと。