プロローグ
もし、過去に戻れるならどれだけいいだろうか。
どこから間違えたんだろうか。
赤銅色の曇り空を仰ぎながらそうつぶやく。
稲妻が轟く空からは土砂降りの雨が絶え間なく降り注ぐ。
この雨で衣服にまみれた泥や血は洗い流される。
いくつもの擦過傷や、左肩と右脇腹の傷にしみる。
その痛みより後悔や無力感が強い。
今更そんなことしても取り返しのつかない現状が足元にある。
男がうつぶせに倒れている。
あきらかに彼のほうが傷が深い。
生死の確認はしていないが、この出血ならおそらく―
それを考えると後悔の念が強まる。
雨は止むだろうか―
彼は暗い空を仰ぐ。
●
「ちょっとまってよ!」
その声で彼は大きな門の前で歩みを止め、振り向く。
振り向いた先には金髪碧眼に日に当たったことのなさそうな白くきれいな絹肌の少女だった。
ずいぶん遠くから走ってきたのか息を切らし、高鳴る鼓動を抑えるために立ち止まり、頭を下げる。
息を整え、勢いよく頭を上げる。
「なんで何も言わずに行っちゃうのよ!」
上げた顔は涙目でありながら、怒っているような表情を見せる。
その大声に再び息を荒げ、目をこする。
周りにはほかにも人はいたが、そのことに彼女は気にしない。
それよりも大事なことがある。
むしろ逆に周りが触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、目をそらしている。
注目されていることは避けられないが―
「タイミングがなかったからな。それに、お前に近づかせないようにされてたしな」
「なんでそんなこと…」
「そりゃ、俺は悪者だからな。お前ともう係らせないようにしたかったんだろ」
もし、誘拐などでもされたらのような邪推といったところだろう。
「柊ならそんなものどうとでもなるでしょうに」
「俺にまた問題起こせっていうのか」
恩赦により国外通報ですんだというのに、そんなことしたら処刑されてしまう。
もちろんそこまでなれば力づくで逃げることになる。
その時はせっかく治った身体がふたたび怪我だらけになるだろうが。
「―っていうか、そんなことどーだっていいのよ。…戻ってくる気はあるの」
「ない」
「ふざけんな!」
そう大声で叫びながら、脛蹴りを食らわせてくる。
柊は蹴られる前にしっかりと片足を下げ、躱す。
だがしかし、そのまま蹴ろうとした足をそのまま下し足を踏みつける。
軽めの女性とはいえ、勢いをつけていたためなかなかに痛い。
柊は小さく呻くのを聞いて、彼女は顔を見上げてすこしうれしそうな顔をする。
しかし、あまりにも近づきすぎたため、はた目から見たら口づけをしようとしているかのようだ。
それに気づいた彼女はすこし距離をとり、ごほんと間をあける。
「いつかもどってきなさい」
「だから俺は―」
「それでも」
彼女は食い気味に柊の会話を遮る。
「待ってるから。私―第五王位継承者リーナ・ラ・ヴィーヴルの守護者は鷹見柊のままだから」
「おい、そういうことを簡単に口にすんな」
「わかってる。わかって、言ってる」
柊はその言葉に反論をするのをやめた。
約二年間、リーナの近くにいた柊にはこうなればもう言っても無駄なのが分かった。
どちらにしろもう遅い。
柊は小さくため息をし、じっと真剣な顔しているリーナに顔を向けた。
「別に待ってなくてもいいけど、いずれまた顔見せにくるよ。どちらにしろ―魔法から離れることはできないからな」
そう言って柊は離れ、門へと向かっていく。
門が開き、柊が入った時点で門が閉じた。
リーナはすぐに去らず、しばらくそのまま立ち尽くした。