表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雪乃お姉さんと真島くん

25歳、聖なる夜にて恋を知る。

作者: 桐谷 キリ

お久しぶりです。

ブランクが半端ないのでキャラが掴めてません、はい。

前作ともしかしたらキャラが違うってなったら教えてください、訂正します。あとスマホで執筆したので普段より誤字脱字がやばいと思いますので、後々修正していきます(´;ω;`)


 12月中旬、そろそろ街はクリスマスムード一色になり、駅前には色鮮やかなイルミネーションとクリスマスツリーが飾られるようになった。それらに合わせるように軽やかなクリスマスソングが駅前の多くの店から流れ、その場の雰囲気作りに大いに貢献している。

 そんな華麗なる世界に添えるに相応しいのは、やはり私の少し前を、腕を絡ませて歩いているような恋人達だろうか。

 もしくは若い夫婦とその間に挟まれ楽しそうに笑う子供達だろうか。

 間違っても、仕事帰りでフラフラになりながら歩くような私ーーーー小崎こざき雪乃ゆきのは、このクリスマスの雰囲気には合わないだろう。

 最寄り駅の階段を降り、繁華街の街を通って家路につく。仕事用に買ったはずのヒールの靴は疲れにくいというのがウリだったのだが、このとおり私の脹脛は疲れでパンパンである。さらに踵は靴ズレを起こしているのか、キリキリと痛み始めている。

 店のウインドウに反射して見える私の顔は、「疲労」という言葉がぴったりだった。キャッキャウフフと楽しそうに前を歩く恋人達とは雲泥の差、まさかに月とスッポンである。畜生。

 だが、私もまだ25歳の女。別に仕事が好きなわけでも恋人いなくても大丈夫な強い女ではない。クリスマスなんて、一年で一番恋人に憧れる時期じゃないか。

 この時期は辛いぜ、なんてやさぐれて溜息を吐いた時だった。



「もー!樹ったら!」

「ごめんごめんって」

「うふふっ、仕方ないなー、その代わり樹の奢りね!」

「ええ…!…はぁ、わかったよ」

「ふふ、樹だーいすき!」



 前を歩く恋人たちのさらに前を歩く若い男女。男の方の声はあまり聞こえないが、女の高い声でなんとなく会話の予想がつく。

 傍から見たらなんてことない、彼女が彼氏に強請り、それを彼氏が了承する仲良さげな高校生カップルだ。

 だがしかし、だ。その片方が知り合いだった場合、ましてやその知り合いが、自分に好意を抱いていて、自分がそれに気づいていながら放置している相手だとしたら、どうする。

 その日、波乱の予感がした。









「それは…黒に近いグレーじゃない?」




 次の日、昨日のあらましを誰かに話したくて、かといって妹のさくらに話すわけにはいかず、次に理解していると思われる親友の美子みこに全てを話した。

 お昼休みまであと一時間。それに痺れを切らし、とりあえず給湯室に逃げ込むとコーヒーを作っていたと思われる美子がいたので、これ幸いと話したのだが、コーヒー片手に口を開いた美子の評価は割とキツかった。



「名前を呼びあって奢りの話でしょ?怪しいわねぇ〜」

「いやでも、幼馴染みとかっていう線も…」

「あら、それにしたって夜に男女で逢瀬なんて、幼馴染みでもしないんじゃない?」



 言われてみれば確かにと思ってしまう。そんなことないと言えないのは、きっと私の中でも疑問だからだ。

 はぁ、と溜息をつき、私もコーヒーを作ろうと新しい紙コップに手を伸ばし、ポットにお湯が残ってるかを確認する。



「メール持ってるんでしょ?聞いてみればいいじゃない」

「わざわざ昨夜一緒にいた女の子誰ですかって?嫌だよ」

「でも最近音沙汰無いんでしょ、彼」



 そうなのだ。

 彼、真島ましま、いやいつきくんとは夏の桜の事件から何度か顔を合わせている。ほとんどは彼からの誘いで出かけたりという感じだったが、ここ最近は彼からのメールの着信が鳴ることはない。

 いや、最近、というか、あの文化祭の日からずっと連絡を取り合っていない。恐らく部活やらテストやらで忙しいのだろうが、桜からもあまり彼の名前を聞かなくなった。

 正直、昨夜彼の様子を見るまではあまり気にしたことは無かったのだが、気にしてみれば寂しく思ってしまう自分がいる。



「何、寂しいんだ」

「…正直さー、樹くんには私じゃなくてもいいと思っちゃうのよね」



 それこそ桜でも、と付け足すと隣で少し驚くような気配がした。

 そもそも高校2年生の彼と社会人の25歳女が釣り合うのかと聞かれたら厳しい。世間の目を気にするなと言われたら確かにそうなのだが、私としても8歳も年下となると重いものは重いのだ。

 ため息をついて紙コップにコーヒーの粉とお湯を入れくるくるとかき混ぜる。ほのかに香るコーヒーの匂いに苦味を感じた。



「…私の中の真島くんのイメージは優しくて爽やかな年下くんなんだけどさ」

「うん、」

「彼に好きって言われてるなら、それを信じてあげれば」

「…うーん…そうね、そうなんだけどさ」

「信じることが大事よ」

「うん…うん………ん?」



グシャリ



 思わず紙コップを握り潰してしまい、中に入っていたコーヒーの茶色い液体がこぼれる。ピチャピチャと零れた液体が白いタイルの床を汚していく。



「ちょ、雪乃!?何して、」

「…待って、あれ?」



 だがしかし、どんなにコーヒーが零れようが、どんなに美子が驚いていようが、今の私には届かなかった。

 ちょっと、待て。いやでも、あれ?こんがらがりそうになる頭を必死に回し、そして一つの結論に至る。



「私、樹くんに好きなんて言われたことない」






 日同じくして昼休み。

 美子が席取りしてくれているので、私は美子の分も買うべくお財布だけを持ってカウンターで順番待ちをしていた。

 何にしようかなと考えていると、後ろからポンっと肩を叩かれた。



「立花、」

「よ、雪乃」



 彼に名前で呼ばれ、そういえば彼が倒れてからそういう風に呼ばれるようになったんだと思い出す。急に呼び捨てで呼ぶようになったからビックリしたけど、こういった休みの時間だけで、勤務中は今まで通り「小崎」と呼んでくれる。

 今まで上の名前で呼ばれていたから、突然下の名前で呼ばれると少し歯がゆく感じる。



「お前何すんの?」

「んー…寒いからラーメンでもって思ったんだけどね」

「あー、もうすぐクリスマスだもんな」



 クリスマス、という単語にピクリと反応してしまう自分に嫌気がさしてしまう。

 自分で釣り合わないと思っているくせに、やたら気になってしまっている自分の迷いが嫌いだ。頭に浮かぶのは、昨夜のクリスマスソングとムードに包まれた高校生カップル。

 おそらく2人はあのままクリスマスも一緒に過ごすのだろう。

 今日何度目かの溜息を吐いたところで、後ろから「どうした」と心配する声が聞こえた。



「何か失敗でもしたか?」

「あー…いやね、ちょっとモヤモヤすることがあってね」

「モヤモヤ?なんでまた」

「あー…いや、えと、そう。今年もクリぼっちになりそうだなぁと思って」



 なんだか立花に樹くんのことを言うのは間違っている気がして、思わず違う話にしてしまった。立花が数秒私の顔をじっと見つめて黙るので、グ、と息が詰まる。な、なに。


「あいつに誘われてないのか」

「え、あいつって?」


 神妙な顔つきでそう聞いてくるので、心当たりがないと聞き返すと、立花は少し安堵したような表情をした。何に安堵したのかよくわからなかったが、すぐに彼はニパっと楽しそうに笑い、財布の中からお金を出し、食堂のおばちゃんに「ラーメン2杯」と頼み、千円札を出した。


「え、ちょ、立花さん?」

「24日の夜、残業するなよ」

「え?」

「イブなんだから、少しくらい女らしい格好してな」


 意地悪そうに笑う彼に、心臓が一瞬浮いたような気がした。それに苦しさも感じるのに、どこかそれを嬉しく思う自分もいた。

 失礼なことを言っている口調は柔らかい。きっとモヤモヤしているであろう私に気を使っての言葉だ。

 だから、立花から離れられない。



「いいけど、どうせなら美子の分のラーメンまで買ってよね」



 その後、結局立花の財布からもう500円消えた。










 その日の夜、自室でスケジュールの整理と確認をしていると、部屋の扉がノックされた。ノックの仕方で桜だとわかった私は、了承すると、思った通り可愛らしい桜の声が聞こえた。

 いつも二つに縛っている、柔らかく曲線を描く髪の毛を下ろし、薄いピンク色の部屋着の上下セットを着た桜はやはり可愛かった。思わず抱きつこうと席を立つが、顔が少し不機嫌そうだったのでやめておいた。



「どうしたの桜ちゃん」

「あのさ、お姉ちゃん真島くんと連絡取り合ってる?」



 なんだか昨日今日でやたら樹くんを意識するなぁと思いつつ、首を横に振る。すると、不機嫌そうな顔をさらに顰めて溜息を吐いた桜にどうしたのかと聞いた。



「何かあったの?」

「この前ね、真島くんの幼馴染を名乗る転校生が現れたのよ」



 なんだその少女漫画的展開は。

 思わずツッコミそうになる言葉を慌てて押しとどめ、さして気にもとめないように「へぇ、そうなんだ」と返す。

 どうやらその返しが悪かったみたいで、桜の可愛い顔がくしゃりと歪む。



「…しかも、最初から真島くんのこと呼び捨てにして…彼もあの子のこと呼び捨てにしてるし」

「まぁ幼馴染みなんだからそうよね」

「それにここ最近はずっとあの子に連れ回されてて、それに了承してるし」

「久しぶりに会ったんでしょうから」

「っ、昨日だって夜に会って真島くんの家に泊まったんだって、今日自慢げに話してたわ!」

「親とも仲いいんでしょうね」



 まるで樹くんが浮気していたという証拠を私に畳み掛けるように告げる桜に、淡々と返す。それはけして、私が余裕あるからというわけではなかった。

 だが、桜にはそう捉えられたようで、「なんで」と震える声で私に問いた。


「なんで…?なんでそんな平然としてられるの?」

「桜、」

「お姉ちゃんの馬鹿!!真島くんの気持ち知らなかったの!?」

「桜」

「文化祭だって、あんなふうに他の男連れて、真島くんショックだったよ!?」

「、桜!!」

「お姉ちゃんはなんにもわかってない!!」



 そう言ってドアを全開にして出ていった桜の後ろ姿を呆然と見送る。

 けして桜に暴言をはこうだとか、嫌なことを言おうなんて考えていなかった。でも、考えてみれば私は自分の保守のために桜をねじ伏せようと、大きく荒らげた。

 結局、ねじ伏せられてしまったのは自分だけれど。

 情けない、と自分でも思う。たかが年下の男の子にこうも心と妹をかき乱されるとは。でも逆にここ最近考えてなかったからこそ、急激な情報量に頭がついていかない。

 だけれど、桜は勘違いしてる。だって私と彼は付き合ってる恋人同士というわけではないのだから。彼が誰と恋愛していようが、誰と夜に会っていようが、私には関係の無い話なのだ。

 でも。



「そういうふうに割り切れないのよねぇ…」



 簡単にそう思えるほど、私はそこまで強くなくて、女々しい女なのだ。

 思えば文化祭の時だって、私は彼のこと全然考えてなかった。彼のことを忘れて立花と遊んでいた。今こうやって離れてみると自分は最低だと思ってくる。

 これなら彼に愛想つかされても文句は言えないな。桜はああ言ってるけど、きっともう彼は私のことなど忘れて幼馴染みと言う転校生の女の子と楽しく過ごすだろう。


 ポスンとベッドに座り込み、膝を抱える。近くにあったスマホを手に取り、電源を入れると通知が来ていた。美子からだ。

 25日に会えないかという簡単なメッセージが、余計に意識させる。思い返すのは、立花のイブの誘い。きっと気を使った誘いかもしれないけれど、私も立花も割り切った仲だから当日になれば普通に楽しむだろう。


 本当は、余裕なんてない。

 本当は、聞いてみたい。

 でもやっぱり聞けないそのもどかしさは、私に自信が無いから。私は自分が今何がしたいのかすらわからないのだから。

 樹くんの気持ち?そんなの知ってる。でも自信が無い。突然の転校生の登場と、音沙汰のなくなった彼からの連絡。意味するものはまるで一つ。



「8つも歳上な女、ね」



 ああ、なんて女々しくて図々しいの。

 らしくなく自己嫌悪に苛まれていた時だった。

 持っていたスマホがバイブで揺れ、着信を告げる。バイブが長いので電話だろうと画面を見ると、「立花」と表示されていた。

 時計を見れば夜10時。こんな時間にどうしたんだろうと、その電話に出てみると低く落ち着いた声が耳に落ちてきた。



「もしもし」

『よぉ』

「どうかした?」

『昼間しょぼくれてるお前を思い出してな』



 立花という男は、気配り上手で、誰よりも深い優しさを持つ男なのだ。それは入社して同期としてお互いを認識した時から、気づいていたことだった。

 一度懐に入れた者には最後まで面倒を見るような男なのだ。だからこんなふうに優しい声で電話をくれる。その事実に涙がじわりと浮かんできた。ダメね、年取ると涙脆くなるってこれのことね。



「ありがと、でもだいじょ、」

『大丈夫なんて言わせねーからな』



 時折、彼は私の腕を強く引っ張るような声を出す。そうして私を導くように、ゆっくりと背中を押し、振り返れば笑顔を見せてくれる。

 いつだってそんなふうに私を支えてくれるから、甘えそうになる。



「ねぇ、立花。私、自分がどうしたらいいかわかんないよ」



 自分の声が、静かに落ちていく。どこか掠れていて、情けなく震えている。立花に伝わってしまっただろうか。それは恥ずかしくて嫌だな、と自嘲気味に口の端が上がる。


「何がしたいのかもわかんないし、どうしてこんなふうに立ち止まってるのかわかんない」


 わかんないよ、と声にならない声で、心の底から思う疑問を、関係の無い立花に吐露する。間違っているのかそうでないのか、私にはわからないけれど、彼はそんな私でもきっと受け入れてくれるだろう。

 だからけして声を荒らげるようなことはしないはずなのだ。



『うじうじしてんじゃねーよ、このナメクジ女!』



 そう、こんなふうに私のことをナメクジなんぞと言うような奴では決して。


「…え、…はぁ!?」

『あのな、お前別に一世一代の恋愛してるわけじゃねーんだよ!相手は自分と同じ人間なんだ、考えとか持ってるに決まってる!勝手に自分で決めつけてうじうじしてんじゃ、それはなんの解決にもなんねぇだろうが』

「……!」

『その真島ってやつが例え心移りしてようがしてなかろうが、それはその次の話だろうが!まずは確かめろ!確かめて、聞いて、それから悩め!憶測で動くことが何よりも馬鹿なことだろうが』



 人間というのは、酷くカンチガイを繰り返すものなのだ、と。誰かが言っていた気がする。それは確かに立花の言っていたとおりで。


『お前は真っ直ぐなやつだ。だからそんなふうに立ち止まるなんて、時間の無駄だろ』

「…っ、」

『何度だって起こして支えてやる。だから安心してぶつかって潰れてこい。…それから、24日の夜だが、急に予定が入っちまった、わりいな』


 電話から聞こえる立花らしいエールに、心が震える。私は今転んで起き上がろうともせずただ目の前の光景を仰向けになって眺めていただけなのだ。その光景が確かなものだと、調べもせずにそれを受け入れて、妄想して、モヤモヤとしている。

 それはただの逃げるきっかけに過ぎなくて。樹くんと私は釣り合わない。その理由を勝手に自分で作って彼から、現実から逃げようとしていた。たとえ彼が私に告白をしていなくても、それも理由としようとしていた。「だって」を重ねようとしていた。

 なんて馬鹿で稚拙な考えを持っていたのだろう。


「自分から誘っておいて…馬鹿ね。それと、フラれる前提で話さないでくれる?」


 やることは決まった。自分がしたいことも、これからすべきことも。

 私はたしかに、良い人に恵まれているんだと思った。電話の奥で笑う彼が悲しそうだったなんて、その時の私は知らなかった。







 それから私は、不機嫌そうな桜の部屋に行って、学校は何時に終わるのかを聞いた。その質問に桜は嬉しそうに笑って教えてくれた。


 その次の日、私はいつもより早く会社を出て、桜に言われた時間に、桜と樹くんの通う学校に向かった。その日は部活がないらしく、樹くんも早く帰るだろうと桜の助言通りに動き、校門の前に立つ。

 もともと母校のためか、酷く懐かしい気持ちになり、数年前に卒業した日のことを思い出す。そういえば、高校で初めて彼氏が出来たんだったな。あの頃は青春だったなぁと、おばさん臭くそんなことを思っていると、目立つ男女2人組が昇降口からこちらの校門まで歩いてきた。

 片方の男は、遠くからでもわかる、樹くんだ。そしてその横で腕を絡ませて歩いている女の子が、恐らく彼の幼馴染みという転校生だろう。

 本当に、傍から見たらラブラブカップルなのかもしれないな。自嘲気味に笑うが、すぐにやめる。立花の言葉を思い出したからだ。

 その男女後ろの方で、可愛らしいオーラを放つ女子生徒がいる。あれは我が麗しの桜ちゃんだろう。オーラに似合わないくらい、恐ろしい表情でその男女を睨みつけている。まるで嫉妬した悪役みたいだ。そんなところも可愛いが。

 ざっとそんなふうに校門の脇で舞台でも観ているように光景を眺めていると、目立つ男女のうちの男の方、つまり樹くんが私の存在に気づき、驚いたような表情をした。



「雪乃さん…?」

「…?樹?」

「お久しぶりね、樹くん」



 あえてにこやかに笑ってみせると、彼は慌てた様子で彼女の腕を離し、バタバタとこちらに走って来た。その様子にどうにも可愛らしく思う反面、まるで浮気現場を見られた男のような反応だなと余裕に思うところもあった。

 隣の彼女も私の存在を認識したらしく、小首を傾げて、上目遣いに樹くんを見ている。



「なんで、言ってくれれば、どこかで待ち合わせでも…っ、」


 そんな彼女に反応も見せず、マフラーも手袋もしていないズボラな私に駆け寄って自分のマフラーを私の首に巻いた。その優しさが胸に染み渡るように、私の鼻をツンとさせる。


「ありがとう、でもいいのよ、私も母校見てみたかったし」

「でも、今日は一番寒いんですよ?」

「ふふ、心配症ね。ところで隣の可愛い子は誰?仲良さげだけど…」


 意味ありげにチラリとショートカットの可愛らしい女の子を見る。気が強そうな大きな瞳は、どこか桜とは似通った可愛らしさを持っている。いやまぁ桜の方が断然可愛いけど。


「あ、彼女は俺の、」

「樹の幼馴染みで彼女の梨奈りなでーっす!お姉さんこそ、樹のなぁに?」

「おい、こら梨奈!違います、彼女なんかじゃありません!ただの幼馴染みです!」


 慌てて訂正する彼の横でちぇーっという彼女の表情と先ほどの言葉は、明らかに私への敵意が含まれていた。まぁそうだろうな、と思う。きっと彼女は、樹くんのことが大好きなのだろう。

 私はなんて答えようかと一瞬迷い、でもその答えは言わないでおこうと決めた。


「今日は樹くんにデートのお誘いをしようと思ってね」

「えっ、」

「は!?」


 クスクスと二人の反応に笑っていると、ギリギリと鋭い睨みが飛んでくる。あまりにも素直な反応なので初々しく感じながらも、頭の中でできたシナリオ通りに言葉を出していく。


「でも、なんだか樹くんはその女の子と仲良く楽しそうにやってるから諦めようと思って」

「え!?いや、そんなことないです、ただの幼馴染みだから、」

「そうなんです、私達仲いいんで、お姉さんは樹のこと放っておいてください!っていうかそもそもこのお姉さんなんなの!?」


 キャンキャンと小型犬の如く甲高い声が校門で響く。そんなものだから周りの生徒が興味を示し始め、チラチラとこちらを見ながら帰りっていく。

 2人の後ろの方で桜が冷静にこの場を見ているのには少し意外だったが、桜も空気を読んでくれたのだろうか、もしくは私に任せてくれたのだろうか。


「ねぇ樹くん、私最近寂しかった」

「…え?」

「全然連絡くれないんだもの、愛想つかされたのかなって思っちゃった」


 芝居がかりつつも寂しそうに本音を漏らせば、彼は複雑そうな表情を浮かべ、俯いてしまう。その反応がお気に召さなかったのか、梨奈と呼ばれた女の子はさらに大きな声を張り上げた。


「だから、なんなのよあんた!私の大切な樹とどういう関係なのよ!」

「ねぇ樹くん。24日の夜、この校門で待ってるわ」


 そんな彼女を無視して、そう伝える。

 真剣に、そして力強く。本気であることを示して。


「もし他に予定があったら来なくていいわ。私にも他に誘ってくれる人がいる。でも、もし樹くんが来てくれるなら、イブの夜を一緒にしたいわ」


 それだけ言い捨てて踵を返す。後ろから私を呼び止める女の子の声がしたけれど、私はそれに振り返らなかった。

 これが最後の機会にしよう。もし、彼が来なかったら、この関係をやめよう。でも、もし、彼が来たら。

 私は、全てを決めなくてはいけない。









 24日、決戦の日。勝手に名付けたその名称に笑いそうになる。

 祝日だった昨日の夜に、立花から連絡が来た。頑張れよと強く優しい声で応援してくれた彼は、風邪を引いたのだろうか、どこか鼻声だったけれど、それでも確実に背中を押してくれた。ありがとうと返せば、彼は小さく返事をした。

 世間は完全にクリスマス一色に変わり、そうして鮮やかにそのムードに応じていく。夕方になっていく空を会社の窓から眺め、ドキドキと心臓が波打つのを感じる。

 今日は早く会社を出て心の準備をしようと思い、不安を拭うべくパソコンに書類を打ち込んでいく。今日のことを知っている美子は、慌ただしく仕事をする私を呆れたように見ていた。


 予定通りの時間に仕事を終わらせ、課長にメリークリスマスと告げて会社を出る。社員用出口の扉を開ける際、同期とバッタリ会い、忘年会の話を持ちかけられたり、思うようにタクシーを捕まえられなかったりといつもより上手くいかない自分に笑ってしまう。

 夕方よりもドキドキとする心臓を抑えようと、胸に手を当てた時立花の声が脳の中で再生された。

 彼は、本当に優しい人だ。

 何故か涙が出そうになる。でもその代わり、心臓の激しい音は穏やかになり、そして安定していく。



 タクシーに乗って、指定した母校の校門まで向かう。タクシーの窓から見える外は、誰もが幸せそうで、楽しそうに笑っていた。

 そんなきらびやかな世界を眺めて、気づく。窓に反射して映った自分の顔が、まるで好きな人を待つかのような表情をしていることに。そしてその好きな人というのは。

 まさかこのきらびやかな世界かとボケられる程余裕はなかった。


 たった一つの恋にこれだけ振り回されるなんて、私はまだまだ子供なんだと思わされた。思わずため息をつくけれど、どこか嬉しそうに笑う窓に移った私を見てまたため息が出てしまいそうになる。

 しかもその恋の相手が、8つも年下の男の子だなんて。数年前の自分じゃ考えられないな、と自嘲気味に笑う。


 タクシーの運転手さんに目的地についたことを知らされ、料金を払い車から出ると、外はもう薄暗くなっており、冷え込んでいた。

 またマフラーも手袋も忘れた私は、おばさん臭くカイロを手に、白い息を手に向かって吐いた。校門の壁に寄りかかり、会いたい人物を待つ。すると、街灯に照らされた影が、私に近づいてくるのが見えた。

 それに反応して、まさかと思い顔を上げると、そこには樹くん、ではなく、彼の幼馴染みだという女の子だった。


「こんばんは、お姉さん」

「こんばんは、えっと、梨奈ちゃんって言ったかな」


 ショートカットの髪に、キツめの大きな瞳。その瞳には敵意を含んでいて、私に攻撃でもするんではないかと思うくらい険しかった。

 暖かそうなコートを着た彼女はやはり可愛らしいが、どうやら穏やかな話をしに来たようではなかった。


「お姉さん、雪乃さんっていうんだってね」

「ええ、そうよ、梨奈ちゃんは、」

「あれでしょ?うちのクラスの小崎桜ちゃんのお姉さんなんでしょ?だから樹とも知り合いなんでしょ?二人仲いいから」


 私の話を遮るくらい、どうやら私は相当嫌われてるらしい。まぁ恋敵のように思っているのだろう。実際そうだけど。


「年上だからって、容赦しないから、私。樹は私のものだし、樹には私が必要なの!」

「…、」

「樹を誑かして、あいつの優しさにつけこんで、私許さない!許さないんだから!」


 彼女は、彼女なりの正義感でここにいて、こうして私に主張する。きっとそれは傍から見た私と樹くんへの評価なのかもしれない。

 年下を誑かし、余裕な表情をするような悪役。それに彼女は見えるのかもしれない。

 でも私は。


「あんたなんかに、あんたなんかに樹は渡さないんだから!」

「ねぇ梨奈ちゃん。確かに8つも年上の女と仲がいいのって変かもしれない。私だってそう思う。でも、」


 でも私は。

 親切で優しくて、好意的で可愛らしい年下の彼のことを、好きになってしまった。

 それは紛れもない、拭いきれない事実で。


「でも、何よ!」

「梨奈ちゃん。樹くんはどこ?」

「はぁ!?樹が来るとでも?樹は来ないわ、来ないようにさせたもの」

「…なんですって」

「樹はねぇ、クラスのクリスマスパーティーに行ったわ。私はあなたに会うために欠席させてもらったけど」


 私が企画したんだけどね、と笑う彼女に、苛立ちが募る。でも同時に納得してしまう自分がいた。

 近くに自分を理解してくれる人がいる。きっとそれは私なんかよりも近い存在で、かけがえのないものだ。そっちを大事にするのは、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。

 覚悟はしていたけれど、やっぱりショックなものはショックで。思わず俯き、鼻で笑われた時だった。



「ちょっと待ちなさいよ!!」



 聞きなれた可愛らしい声が横から聞こえた。驚いてそちらの方を向くと、そこには正義のヒーローのごとく腰に手を当て胸を張った可愛い桜と、しかめっ面をした樹くんが、そこにいた。


「さくら…?…いつき、くん?」


 驚いて顔を上げ、呆然と二人の姿を見つめる。そうしていると、ツカツカと桜が私の方に来て、ガシッと両手で私の肩を前から掴んだ。


「何年下の女に負けてるのよ!」

「ええ、いや、ちょっと桜に雰囲気似てるなぁっていうのもあって…」

「こんな不細工な女と一緒にしないでよねお姉ちゃん!」

「そりゃ桜が一番可愛いけどそんな事言っちゃいけません」


 最近毒舌になってきてお姉ちゃん寂しいよと言うとうるさいと言われた。手厳しくもなってるなぁ。

 そうこうしていると、梨奈ちゃんが驚きの声をあげ、樹くんに詰め寄っていた。


「なんで!?樹どうしてここに、」

「雪乃さん、遅くなってすみません、ちょっと、支度に戸惑っちゃって」


 顔を赤らめながらそう話す彼に、愛しさがこみ上げる。出会った時はそんなこと思わなかったのに。


「ううん、私が早く来すぎちゃったのかも」


 笑いながらそう返すと、彼はヘラっと笑った。そして梨奈ちゃんの方に向き直り、口を開く。


「梨奈、ありがとな、心配してくれて」

「なっ!樹、なんで、」

「でもいいんだ。俺が、俺が最初に雪乃さんのこと好きになったんだから」


 きゅ、とまるで心臓を絞るような言葉にいてもたってもいられなくなる。そんな私の心情を察してか、ニヤニヤとする桜を小さく睨む。


「っ、でも、私は樹のことっ!」

「梨奈、ごめん。梨奈の気持ち、知らなかったんだ。さっき小崎さんに怒鳴られて知ったんだ」


 ハッと私も梨奈ちゃんも桜の方を見る。桜はツンとそっぽを向いて私たちに反応を見せなかった。そんな桜を梨奈ちゃんは睨みつけるが、桜にしてみればどうでも良いことのようで。


「優柔不断だと思う。知らずに傷つけてたと思う。本当にごめん」


 俺を心配してクリスマスパーティーまで企画してくれてありがとう。


 そういって悲しそうに笑う樹くんに、梨奈ちゃんは何も言えなくなってしまった。私だって梨奈ちゃんの立場になれば何も言えないし、呆然としてしまう。

 全てを理解したのか、静かに涙を流す梨奈ちゃんに、罪悪感と申し訳なさを感じる。

 もしかしたら今、私は本来繋がるはずだった二人の気持ちを切ってしまったのかもしれない。

 そう考えた時、再び立花の声が聞こえる。憶測で動くのは馬鹿だという、彼の叱り声が。


「…くっ、樹を捨てたら許さないんだから!」


 そう言って走り去っていく彼女の後ろ姿を眺め、ごめんねと呟く。すると隣で桜が「あーらら」と声を漏らした。


「仕方ない、追いかける人がいないから、私が追いかけてやるか」


 言葉の割には楽しそうに話す桜の様子に、桜なりの優しさなのだと感じる。

 冷たく思えるけど、本当は人情に厚くて、悲しみを知っている子なのだ。だから泣いて走り去った梨奈ちゃんの友達になれるような、優しい子なのだ。

 そうして桜も走っていってしまい、あたりは暗くなり、街灯に照らされた影は二つになった。

 お互いを向かい合ってたっているけれど、視線は合わず、私は斜め下を向いていた。


 誘った時は年上の女の余裕さを演じていたけれど、いざこの瞬間が来るとなると酷く緊張するものなのだと思った。

 どうやって会話しようと考えていると、ふわっと頬が柔らかいものを感じた。


「…え?」

「メリークリスマスイブ、ですね」


 目の前に映る彼の優しい笑顔と、視界の端に映る、真っ白なマフラー。

 私に向けたクリスマスプレゼントだと理解するのに、そう時間はかからなかった。


「ありが、とう」

「プレゼントだから開けるのは戸惑ったんですけど、あまりに寒そうだったので」


 久しぶりに、彼を近くに感じた気がした。いや、気がした、じゃなくて、そうなのだ。

 年下のくせに、私よりも背が高くて。

 年下のくせに、私よりも女子力高くて。

 年下のくせに、私よりも優しく笑って。

 年下のくせに、私よりも気を使える。

 そんな彼のことが、私は。


「樹くん、私は、」


「好きです」



 先に言われた同じ台詞に、唖然とする。でもそれを予想していたのか否か、彼は優しげに柔らかく笑い、私の両頬を両手で包む。

 冷たい手が私の頬に直接触れ、ピクリと反応してしまう。


 でもそんなの、気にならなかった。


「好きです、雪乃さん」


 1度も聞いたことなかった、彼の好意の言葉。寒すぎる外で冷える空気の中、この二人の間にだけ熱が走る。

 視界が滲み、待っていたその言葉を心が受け取る。零れた涙を、彼の親指で拭う。そんな仕草にまた心臓が揺れ、波打っていく。


「ねぇ雪乃さん、俺、あなたをメロメロにできましたか」


 ねぇその質問は、卑怯じゃないの。


 私も負けないくらい笑って、彼の顔に自分の顔を近づけ、唇を彼のそれに押し付ける。


「充分だよ」



 メリークリスマス、そういってもう1度背伸びをして彼にキスをした。





これにて突妹シリーズ、最終話となります。


いやぁ、長い長い。前作とのブランクが半端ないので随分時間がかかった気がします。

次からはスピンオフも書けるなぁと思って、桜ちゃん主人公とか書いてて楽しそうですよね(笑)

桜ちゃんは真島くんを怒鳴りつけたと書きましたが、ガチです。ガチ怒鳴りました。そのへんも書いてみたいなぁと思ってます。まぁいずれ番外編か何かで(笑)


ずっと現実世界の恋愛を書いていたので、次作は異世界を書いてみようかなぁとレベルの高いことを考えてます。まぁ、多分短編でしょうが(笑)

連載はどうも連載できる自信がなくて、私には難しいのです…(´;ω;`)


まぁ詳しくは今度書く活動報告書にて、お知らせしたいと思います。


ここまで多くの皆様がこのシリーズを読んでいただいて、本当に嬉しく思います。

また的確な指摘を下さった方や応援してくださった方、本当にありがとうございました。

今後も執筆を続けていきますので、どうか応援のほうを宜しくお願いします。


ここまで読了ありがとうございました。

良いクリスマスを( ̄∇ ̄*)ゞ



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 立花さん格好良すぎだぜ 立花さんの格好良さに思わず泣いてしまいました
[一言] 何だよ何でだよ雪ちゃん……とよよよと打ちひしがれ(沈)、 立花さん……良い人なのはわかるけど紛らわしいことすんじゃねえ、と壁をどつき(笑)、 樹くん……ヘタレなだけじゃなく鈍かったのか、と◯…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ