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2話「アイリーン・プレイヤー」

結論から言うと、彼女の近くに服が置いてあった。茶色のローブに袖を通し、少女は自分の腕を覆うほどある袖をじっと見つめた。


「邪魔です。」


一言そう言うと、彼女は右手で左手の袖を掴み、思い切り引っ張って引きちぎった。同じことを逆の袖にも行い、いくばくか軽くなった腕を少し振る。


「これでよし。」

「寒くないのか?」


その少女の様子に、先ほどと同様の疑問をぶつけるカナタ。この主人公、先ほどからこれしか言っていない。


「マスター、それは些細な問題です。」

「些細か。そうか。」


少女の返しに合点がいったように頷き、そこで別の疑問を持ったように腕を組んで考え込む。その様子を少女は待つように見ている。感情のない目線ではあるが、どことなく「なんだこいつ」と思っているようにも感じる。(※所説あります。)

5秒ほどそうしていただろうか。カナタはその疑問が何かということに気付いて少女に問いかける。


「待て、マスターとはなんだ。俺のことか?」

「そうですマスター。」


カナタに対して即答する少女。その声に迷いはなく、カナタのことをマスターと認識していることは疑いようがない。


「そうか、俺だったか。」


少女の言葉を鵜呑みにして、カナタは合点する。その声に迷いはなく、カナタが少女のマスターであると認識していることは疑いようがない。

いや、そこは疑えよ。


『カナタよ。状況が理解できず苦悩していることでしょう。』


そこに、カナタをここに導いた声が彼の脳裏に響く。彼への慈しみに満ちた声に、彼はスッキリとした表情で答える。


「いや、疑問は氷解した。問題ない。」

『なんで!?』


慈しみに満ちた声音が驚愕に満ちた声音に変わる。声の主であろう女性は小声でぶつぶつとなんで……。なんで……。と繰り返している。ここまでに築き上げてきた聖女のようなイメージが台無しである。ちゃぶ台返しではない。そもそも台がないので返せない。


『カナタ、ほら、そもそも何故呼ばれたかとか、目の前の少女が何者なのかとか……。気になりませんか?』


その言葉を受けたカナタはやはり考え込み、数秒後にそのことに初めて気がついたように呟く。


「確かに。不思議だな。」


「こいつ大丈夫かなあ……。」と謎の声の主と少女が思っているように思える。その言葉をぎりぎりで踏みとどまり、謎の声は語り始める。


『いいでしょう。その疑問に答えて差し上げます。私は、地母神メリア。この神殿に祀られる神です。あなたもご存じの通り、この世界で破壊神ガロアが再び目を覚まさんとしています。しかし、悔しいことに今の私にはガロアと戦う力はありません。そこで、そこにいる神造兵器、アイリーン・プレイヤーと共に貴方に世界を救って欲しいのです。』


その口から語られたのは、にわかには信じがたい言葉の数々。しかし、この世界に脈々と受け継がれる伝承に沿った内容である。メリアの声に反応したように腕にある筋からの発光を一層強くするアイリーンをカナタはジッと見つめる。


「そうか、わかった。」

『えっ!? あ、そう。……大丈夫? あっさりしすぎじゃないかしら……。』


勧誘側がであるメリアが不安になるほどのあっさりっぷりである。ポン酢でおいしくいただけそうだ。なぜこんなにあっさりしているかと言うと、カナタがほとんどこの話を聞いていないからである。

そのカナタの様子に、アイリーンは首を傾げながら声をかける。さすがにマスターがこの様子では不安があるのだろう。なお、その不安とは依頼内容についての検討がないことに対する不安であり、神話的存在を信じるか信じないかと言う話ではないところがメリアとは異なる。


「マスター、僭越ながら申し上げます。こういう場合はもう少し吟味したほうがよろしいかと。」

「そういうものか。ではひとつ。」


アイリの提言に首を縦に振ったカナタが受動的でありながら能動的に初めてする質問である。その内容に、メリアは耳を澄ます。耳がどこにあるかはわからない。


「俺は何をすればいいんだ?」

『あ、そこなのね……。』


てっきり、なぜ自分がとかそのような質問が来ると思っていたメリアは少し間を置いた後に答える。


『基本はこの世界を旅してもらうわ。アイリーンの目からこの世界を見て、異変を探ってもらうわ。』

「じゃあ、村を出ないといけないんだな。」

『そうなるわ。問題があるなら私としても無理強いはできないのだけど。』

「いや、地母神メリアの頼みは断ることはできない。それが俺の為す事なのだろう。」


あまりにもとんとん拍子にことが運びすぎて、メリアはいっそ眩暈すら起こしそうだ。しかし、彼がこの件に関して従順なのには理由がある。地母神メリアは、農業に従事するものにとってはどの神よりも信仰している神である。そして、農業こそ世界の全てであるカナタにとってはその神からの言葉はなによりも優先すべきものであり、至上命題なのだ。

もっとも、本物であるか否かという点に関しては疑って欲しいところであるが。


「では、俺は農業の仕事があるから失礼する。地母神メリアよ。改めて、今日の加護を。」

『あ、ええ。任せなさい。』


見えない胸を張って応えるメリアに、カナタは少し満足げな表情を浮かべ、神殿の外へと歩き始める。


「お供します、マスター。」

「ああ。ところでお前、名前は?」

「アイリーン・プレイヤーです。」


先ほどメリアの口から出たのを忘れたかのように尋ねるカナタに、気を悪くした様子もなく淡々と答える。アイリーンは既にカナタがどのような人物か理解をし始めたようである。カナタは、素直だがどこか抜けており常識がなく、その時あまり関心が向いていなかったものはすぐに忘れてしまうのだ。


「長いな。」

「左様ですか。」

「お前のことはアイリと呼ぼう。」

「承知しました。」


カナタの一歩後ろを歩くアイリはその提案に頷く。なお、その提案は非常に魅力的であったために早速適用した次第である。


農場に到着すると、カナタはすぐさま苗を地面にばらまいて、土を操り、苗を植えていく。凄まじい速度で行われるその作業をアイリは木陰でじっと見つめている。


「マスター、ずいぶん急いでいるようですが。」

「出発の準備がある。当然だ。」

「……? 出発は今日ではないのでは?」


アイリは神造兵器。すなわち機械である。しかし、旅に出るなどという大きな頼みを、今日の今日で実行するとは毛頭思ってはいなかった。そのくらいの倫理観はあるためにカナタがその日に出発しようとしていることが理解できなかったのだ。


「急がば急げという言葉があるだろう。アイリは案外無知だな。」

「申し訳ありません。」


それを言うなら急がば回れであり、そもそも意味が真逆になって、ただとにかく急いでいるだけになってしまっているとアイリは思いつつも、それを指摘していいのかわからずにただただ少し頭を下げるのであった。

そんなやり取りをしているうちに、カナタは作業を終えて手に着いた土を払う。そこで、カナタはふと立っていたアイリのことを見つめ、口を開いた。


「ひとつ質問をしても構わないか?」

「はい、構いません。」


カナタによる初めての能動的な質問である。そのパターンをいくつか想定し、自分のスペックや構造等のデータを整理して言葉を待つ。


「アイリに心はあるのか?」

「え……?」


自分の中を見透かすような瞳に射抜かれ、アイリは言葉を詰まらせる。その質問は彼女の想定の斜め上を行っており、表情に少し驚きの色を見せながらカナタのことを見つめる。

そのアイリの様子を見てカナタは無表情の中に少しだけ満足げな色を見せる。


「その反応で十分だ。撤回しよう。」

「……承知しました。」


不思議なやり取りに疑問を覚え、やはり変なマスターだと思いつつも少し好ましく思うアイリであった。


「代わりに別の質問を。アイリは兵器だそうだが、どのような──」


カナタの質問を遮るように、農場近くの茂みがガサガサと揺れる。

そこから現れたのは、体長2mはありそうな猪であった。何かに興奮しているようにカナタの方に突進してくる。

質問の途中に起きた突然の出来事に、口を開けたまま固まっていたカナタであったが、いったん口を閉じて、またすぐに口を開く。


「アイリ、アレを倒すことはできるか?」


カナタがほとんど動じていないことを声の調子から感じ取り、猪の方に目を向けていたアイリは一瞬だけカナタの方に目を向け、すぐにあるじへと突進する敵に目線を戻す。そして、足を少し曲げて体重を下ろし、そのまま手をダラッと力を抜いて自然体の状態にする。そして、その目に一瞬強い力が宿り、彼女は強く地面を蹴り出す。凄まじい勢いで猪の正面を駆け、交錯する瞬間に地面に思い切り踏み込んで猪の勢いを少し削ぐ。そして、掌を猪の顔面に添えた。衝突音が鳴り、猪の後ろ足が勢い余って宙に浮く。ほとんど力が入っている様子ではないにもかかわらず、猪の走りを片腕で完全に止めてしまったようだ。そして、腕に走る筋が肩から徐々に掌に向けて発光してゆく。それが掌にたどり着いた瞬間、


「浄化の光。」


ゴウッという轟音と共に猪の体を貫いた一条の光が地面を焦がし、先にあった木々をも消滅させた。あまりに一瞬の出来事である。

プシューッと排熱をする音と共に、アイリは心なしか自信満々な雰囲気でカナタの方を見る。


「良い従者は主の質問に素早い実行で応えるものです。」

「ああ、いい答えだ。」


カナタの言葉に気を良くしたように、アイリは再度プシューッと排熱をするのであった。それが感情表現なのか……?

ともあれ、猪を倒したことを確認するため、カナタはその傍に歩み寄る。もっとも、体の中心に穴をあけられて生きていける猪はいないため、遠くから見ても死んでいることはわかるのだが。体の真ん中に穴をあけられても生きていけるのはちくわくらいのものである。いや、そもそもちくわは生きていない。

カナタは、猪の体を確認するもののその体は焼け焦げ、村に持ち帰ったとしても大して有用だと思えない上に、そもそも持って帰ると何を言われるかわからない。そのためにカナタは魔法で地面に穴を掘り、猪を埋葬した。


「――la……」


その墓にカナタが手を合わせていると、背後からとても透き通った歌声が響いてきた。美しく流れる旋律。しかしどこか物悲しい雰囲気の歌だ。意味のわかる歌詞はない。カナタのわからない言葉なのかもともと歌詞と呼べる歌詞ではないのかはわからないものの、それが逆に心を打つようだ。

カナタはその歌をじっと聞きながら手を合わせ続けるのであった。

そして歌が終わり、カナタは合わせていた手を離すと、振り返らずに問いかける。


「鎮魂歌か?」

「はい。昔、メリア様に教えていただきました。」

「綺麗だ。」


と、そこでカナタがふと思い出したようにアイリの方を向き、その腕をじっと見ながら言う。


「そうだ。さっき気になったのだが、腕の筋は人間が多いところではいささか目立つように思うのだが。」


カナタが気にしていたのは、普通人間には存在しない体を走る発光する筋である。確かに人の中にいると目立つのは間違いない。カナタにしてはまともな心配である。カナタにしてはとはなんだ。失礼だぞ。


「しかし、私の排熱機構はわきにあるため、基本的に袖のない服を着なければ排熱風で不格好になるかと。」


アイリが気にしていたのは機能性というよりも自身の恰好の良し悪しであった。機械でも無表情でも女の子は女の子だと実感する瞬間である。ならばそもそもローブなど着ないのではないかというツッコミはよしていただこう。

ともあれ、排熱機関を気にする様子のアイリに、カナタは木の陰に置いてあった鞄から赤い紐と短剣を取り出した。


「なら、わきを開けた袖ありの服を着ればいい。アイリは機転がきかんな。」


そう言いながら木陰で地面に手をつき、魔法を発動させると、土で腕置きを作ってアイリを手招きする。


「さっきちぎった袖をつけよう。」


アイリの服の肩とちぎった袖に短剣で小さな穴を開け、そこに紐を通して結んでいく。それを袖にぐるりと一周、左腕と右腕の両方に施して頷く。


「なるほど。この手がありました。」


肩から少し空間を開けて紐で結ぶことで、体の筋を隠し排熱の妨げはしないという構造になっている。

アイリは表情には出ないものの、どこか嬉しそうに袖を振る。


「感謝します、マスター。」

「構わない。」


アイリの感謝の言葉に応えつつ、カナタは荷物をまとめて立ち上がる。


「出発の準備をしないとな。」

「はい。」


日が天頂へと差し掛かろうとしている。暖かい陽気の中を、ふたりは歩いて村へと向かっていくのであった。


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