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1話「出会い」

神代戦争。それは、人類やそれに準ずる生命体がまだ生まれる以前のこと。この世界では神代と言われている遥か彼方の戦争だ。読んで字の如くである。

創世の神々によるこの戦争は、最終的に地母神メリアの率いる神群と破壊神ガロアの争いとなった。世界を護りたいメリアと、破壊衝動の赴くままに全てを破壊せんとするガロア。

ガロアは自身でメリアを殺すための尖兵を造り出した。その従順忠実な尖兵たる7機の神造兵器はメリアの同志を蹂躙し、彼女の元へと殺到した。

今にも討たれようとするメリアは、兵器に向けて必死に自身の気持ちを、世界の尊さを訴えた。だが、それに耳を貸すことなく神造兵器は彼女に迫る。

そんな中、1体の神造兵器は一筋の涙を流したという。そう、それらは神によって造りだされたが故に感情を持っていたのだ。

メリアを殺せという与えられた命令を上書きし、涙を流した1体は残りの6体に単身突入し、その体を砕きながらもメリアを護った。神造兵器達は散り散りとなり、世界各地でその機能を喪失した。単身で勇敢に戦う姿に感銘を受けた彼女はその兵器を丁寧に修復し、自らの子のように大切に扱った。対して神造兵器を失ったガロアは怒り狂い、その身でメリアのもとへと攻めんだ。しかし、その前に立ちはだかったのはやはりあの神造兵器であった。メリアに授けられた力を使い、単身でガロアを倒すことに成功した。が、ガロアはこんな言葉を残して消えていった。


「我は力の残滓をこの世界に残した。それは種となり、1万年後に芽吹くだろう。その時こそ我が復活の時! 永久の安寧などはこの破壊神の名のもとに許さぬ。世界よ、怯え、震え、ただその時を待つがいい……。」


その言葉はそれそのものが彼の呪いのように世界に付き纏うこととなった。メリアは、戦争とその被害の修復で力を使い果たし、長い眠りについた。その過程でメリアと共に戦った神造兵器も来たる時のために世界のどこかの神殿で眠りについたと言われている。


これが、この世界に伝わる神代戦争の物語。心優しき女神と1体の兵器の物語。


――今は、この出来事から9999年経ったと言われている。




ハイグベルン王国。長い歴史のあるこの国の外れにある小さな村。それが、メレーア村である。どことなく女神の名前に似ているのはこの近くに地母神メリアの神殿が存在しているからである。今は老朽化の影響で王国から立ち入りが禁じられているが、昔は熱心な信徒が祈りを捧げていたという。

そんな小さな村のはずれにある小さな農場の片隅に、真剣な面持ちで地面を見つめる少年が立っていた。

耳にかからない程度に切りそろえられた黒髪が村に流れるのどかな風に揺られている。醸し出す雰囲気はとても真面目そうである。

穴が開きそうなくらいに地面をしきりに見つめ、少年は地面に手を置き呟く。


「畝を作ろう。」


その声に反応したように彼の手が輝き、轟音と共に地面が波打つ。ズザザザザザザという音がひと段落すると、彼が地面に向けた手の先から農場の端まで畝ができあがっていた。

少年は淡々とその作業を繰り返し、農場一面に畝を作ると、近くの木の陰で一息ついた。

彼はカナタ・デントライト。この村の農家で生まれ育った16歳の少年である。細身の体はひ弱そうで一見農業には向いていないものの、実は彼の魔法は土を操るというものであり、これ以上なく農業に向いているのであった。すなわち農業に向いているのである。この世界では、身体能力よりも魔法の適性がものを言うのだ。

そんな彼のことを両親は農家になる必要はないと見守り気味に育ててきたが、彼が受けた教育は農家になるためのものであり、やはり彼は農家になるのだろうと村の誰もが思っている。もしかしたら医者になるかもしれないと思っている人は当然いない。


「今日の仕事はこれで終わりか……。帰ろう。」


カナタは荷物をまとめ、村に戻るために林道を通る。

木を切り倒してむりやり作ったような狭い道ではあるが、村人達にとっては農場へと向かう大切な道である。


『――ァ』


その道半ば。今は立ち入り禁止となっている分かれ道の前で、葉擦れ以外の音を聞いた気がしてカナタは足を止めた。それは、誰かの声のような……。

しかしその声はもう聞こえず、「気のせいか。」と呟いてカナタは帰路につくのであった。



「おかえり、カナタ。」

「おかえりなさい、カナタ。」

「ん、ただいま。」


両親に出迎えられ、カナタはいつも通り挨拶をする。そして始まるいつも通りの食事。

穀物を炊いたものに、野菜が少々。質素な食事を食べながら、両親と農業の話をする。


「今日作った畝には芋を埋めてもらうぞ。」

「わかった。」


次の日の作業を打合せ、入浴し、寝る。そして起きたらまた農業をする。それはカナタの世界の全てであり、これからも続くものであった。両親は将来的に農家になる必要はないと言うが、カナタにはそれ以外の道など想像できなかった。村の外を知らず、農家以外を知らない。別の言い方をすれば世間知らずな彼にとっては農家こそが全てなのだから。


食事を終え、入浴をすませたカナタは自分の部屋の布団に入る。いつもはそのまますぐに眠りにつく彼であったが、その日はなぜか分かれ道で一瞬聞いた音ともとれない音が頭の中で延々と反響してなかなか眠れなかった。



朝、近所の畜産一家が飼っている鳥の鳴き声で目を覚まし、カナタは布団から起き上がる。

彼の目覚めはいい。そのまますぐに井戸に向かい水を汲むと顔を洗う。


「昨日のアレはなんだったんだ……。」


珍しくあまり眠ることができなかったことを彼なりに気にしているようだ。


「おはようカナタちゃん~。今日も早いわね~。」


近所の農家のおばさんが声をかけてくる。


「おはよう。それと、ちゃん付けはやめて。」


その瞬間に彼の頭は日常に引き戻されたようで、先ほどまでの思考はどこかに行ってしまった。気さくに話しかけてくれるのはありがたいが、自分の年齢も考えてほしいといったことを考えながら、彼は農場へ行く準備を整えるのであった。


農場へと向かう道中、カナタはあの分かれ道で足を止めた。声が聞こえたわけではないが、やはり昨日の出来事がフラッシュバックするのだ。


「この先にあるのは、神殿のはず。」


立ち入り禁止であるのにその先から声が聞こえてくるはずがない。そう言い聞かせ、彼は農場への道を再び歩き始めた。



「地母神メリアに感謝して。今日もご加護を。」


農場に着き、いつものように祈りを捧げると、家から持ってきた芋の苗を手に取る。持ってきた苗に問題がないかを丁寧に確認してから、彼はそれを自分の目の前にばらまく。


「取りに来て。」


地面に手をかざしてそう言うと、手が緑色に輝くと同時に畝が等間隔で盛り上がり始める。そして、それぞれから触手のような土が飛び出しては撒いた苗をひとつずつとってゆく。土が生きているかのような情景は、見る者が見たら腰を抜かすだろうが、この世界にそのような人はいない。ならばこれを言う必要はなかったのでは……?

ともあれ、それほど凄いということである。それを何度か繰り返し、作業がひと段落したことでカナタは木陰で一息つく。


「まだ、昼には早いか。」


木に背中を預け、さわやかな風の吹く中で葉の音を鑑賞しながら時が過ぎるのを待っている。すると、やはり昨日の睡眠不足が祟ったのか、徐々に意識が深くに吸い込まれていく。心地よい微睡みが彼を誘っていたその時、



『――ぁ』


歌うような、ささやかれたような、しかし頭をガツンと殴られたような。そんな音が突如彼の耳に叩きつけられる。それに反応し、彼は勢いよく立ち上がる。


「やっぱり聞こえる。」


作業は早めに終わっており、一旦ここを離れても今日のノルマに支障はないだろうという判断をし、カナタはあの分かれ道へ向けて歩き始めた。


歩みを進めるごとに耳鳴りのように、しかしどこか心地よく彼の耳を音が打つ。そして、分かれ道にたどり着き、彼は迷うことなく最近整備された様子のない道へと分け入っていくのであった。

道一杯の草と、まとわりついてくる羽虫を手で払いながら道を奥へ奥へと進んでゆく。そして、10分ほど歩いたところで唐突に鬱蒼と茂っていた草木が彼の視界から消える。開けた視界の先には、柱は倒れ、白い壁にはヒビが入り、苔に覆われた石造りの神殿があった。巨大なそれは、過ぎた年月を感じさせる風貌で、廃墟と化したその佇まいそのものが荘厳さを引き立てるようであった。


「綺麗だ……。」


村の簡素な建物しか見たことがなかったカナタにとってはあまりに神々しく、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

そんな彼の意識を引き戻したのは、分かれ道にいたときよりも大きく、はっきりと響く音。


『カナタよ。此方です。』


そして、はっきりと聞こえたことで、それが声であったと彼は判別することができた。この声が遠くを指しているのか近くを指しているのかわからないのは彼の名前の不徳の致すところであり、誠に遺憾である。

それはさておき、彼の心を包み込むような優しい響きの声に包み込まれ、その足が徐々に神殿の内部を目指して進んで行く。


「誰だ、俺を呼んでいるのは。」


崩れた神殿の中で、唯一その形を保っている一番大きな建物の入り口をくぐり、暗い内部へと足を踏み入れる。階段を下りていくと、真っ暗であるはずの内部でひとつだけ光り輝く、半開きの扉があった。


「光ってるな。」


こちらで説明したことを改めて呟き、しかしながらその怪しさからかそちらへと進むことをためらうカナタに、謎の声が語りかける.


『大丈夫です。その扉の先に、あなたを待つものがいます。』


誰のものかはわからないが、それでカナタは安心して扉に手をかける。そして、力一杯引くと、光が溢れだし、彼の目を眩ませる。

腕でかばっていた目を開き、その扉の先、部屋の中を見ると、そこには輝く金色が……。


「……女?」


少しも動じずに、情緒も風情もなく淡々と呟くカナタ。彼の視線の先には、豪華な椅子に座り、頭を少し下げてどうやら寝ている様子である少女がいた。それ自体が発光しているような眩しい金色の髪が腰ほどまで伸び、幻想的な雰囲気を醸し出している。彼女の非現実感を演出しているのはそれだけではない。服を着ておらず、むき出しの肢体に走る髪と同じく黄金色に光る筋である。そんな少女をじっと見つめ、カナタはボソッと呟く。


「寒そうだな。」


彼には幾分知識と常識が欠けているのである。目の前にいる人間らしからぬ少女に対しても、こういう人もいるのか。それにしても裸でこんなところにいるのは寒そうだなという感想を持っていた。ピントがずれている。と、少女の体がビクンと震え、呼吸を始めたように胸が上下し始める。そして、どこかからプシューッと排気音が鳴り、伏せていた顔を起こす。その美しい髪に負けない可憐な顔であり、宝石のように蒼い瞳がカナタの眼を射抜く。少し逡巡したように口を開閉し、そして、透き通った声を放つ。


「カナタ・デントライト。貴方を私のマスターとして登録します。」


それは、ここにカナタを導いたものとは違う、しかしながら彼の心にスッと入ってくる美しい声だった。

目の前に現れた謎の美少女から投げかけられた不思議な言葉。それを聞き、カナタは一言問いかける。


「寒くないのか?」

「……。」


カナタの言葉に少女は少し眉を突き上げ、彼はただただそれが気になるといった表情をしている。

得も言えぬ空気の中で、ふたりはジッと互いの目を見続ける。そして、少女はくちゅんっと小さくしゃみをして、彼の問いに答えたのであった。


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