乙女ゲー転生ヒロインは可哀想な人
あらすじを事前に見ることをおすすめします。
私が無実の罪で追求される姿を、婚約者の、いえ今では婚約者だった王子の影で楽しそうに眺めている彼女。さぞ愉快なのだろう、取り繕えていない笑みがその可憐な口元を卑しく釣り上げている。
この茶番もいよいよ佳境に入ったのか、兵士によって強制的に床に縫い付けられている私のもとに彼女はわざわざ近づいてきた。悲痛な表情を浮かべながら目線を出来るだけ合わせるためにしゃがんだ彼女は傍目から見れば罪人に手を差し伸べる聖女のように映ることだろう。
残念ながら、私だけに見える彼女の瞳には嘲笑と侮蔑、そして愉悦の色しかないが。
「お願い。自分の罪をちゃんと認めて、償って。……そうすればすべてが収まるの。あなたが素直になれば罪状だって軽くなるわ。私のためにあなたを救わせて」
なんて下らない催促なのだろう。そこに含まれる真意はひとかけらも言葉とは重ならないというのに。
そもそも、犯してもいない罪に対してどう認めろというのか。何に償えというのか。
「ねえ、お願い」
「断るわ」
再度重ねられた催促。即答で断った私が予想通りだったのか、表面上は悲しく取り繕いながらも喜悦に瞳が歪む。
「そんな、これはあなたの為に――」
なおも何か言い募っている彼女。周囲が健気に私を説得するその姿に感銘を受け、一方加害者とされている私に冷たい視線が突き刺さる。それには何も感じなかった。ただ、すぐ目の前で演技している彼女の姿がこの場には不釣合いな感情を私に覚えさせた。
それはこのような舞台に無理やり引き上げられて晒されたことに対しての怒りでも羞恥でもない。
ただこの目の前の少女に対する純粋な同情だった。
「貴女、可哀想な人ね」
だからだろうか、気付いたときにはするりと口から呟いていた。
「え――?」
予想外なのはそれが想像以上に彼女に効果があったことだろうか。口を半開きにして微笑んだまま固っている。先程まで爛々と輝いていた瞳は見る影もなく虚ろに濁っていた。
「なんて? 今なんて言ったの?」
「可哀想な人と」
「なんで?」
一転して無表情で淡々と問いかけられる。訝しく思うが私もそれに淡々と返した。
「貴女が愛に飢えている子供のように見えたからよ。誰よりも渇望しているのに、未だに手に入らない環境に苛立ち、なんとか目を逸らそうとして必死に足掻いている」
「そんなはずないわ、私は愛されてる! 私の周りは私を愛してくれる人が沢山いるっ!」
ばっと両腕を広げて主張する彼女。その背後に見える彼女の取り巻きの面々を見れば、確かに誰もが肯定するだろう。だけれど、私はしない。
「そうは思えないのは私だけかしら? 本当は貴女が一番分かっているのでしょう? あなたを取り巻く愛はすべてが偽物であると」
「違う! そんなはずないっ! 私は愛されている!」
目を見開いたままま膝をついて叫ぶ。
「分かった、分かったわ! 羨ましいんでしょ! 私が! だってあんた全然愛されていないもんね? 実の父親はあんたを助けもせず黙って見てるだけ。むしろ家の名を汚したって思っている。見捨てられたのよあんたは! だから私を僻んでいるのね! いいのよ、素直になって。本音を言いなさいよ!」
貴女の方が本音を言っているようだけれど。
「毎日毎日毎日、稽古に時間を費やして知識を叩き込まれて人付き合いにも気を遣って! 上手にできなかったら折檻を受けて認めてもらえることもない! そうでしょう? だから私が羨ましいって思ったのでしょう!? いいのよ、憎いって妬んでもいいのよ!? 妬んでいるんでしょ!?」
両手で私の顔を挟み込まれ、覗き込まれる。至近距離で見たその瞳はどろどろと汚泥が沈殿し、溶けているようだ。
「妬めよ!」
彼女の豹変に周囲は何も言えない。ただただ見守るだけだ。私の体を押さえている兵士も動揺しているようで加えられている力が弱くなっている。今ならば抗えば私程度の力でも逃れられるだろう。
だが、私はそれをしなかった。目の前の彼女が悲痛に叫ぶから。
「――可哀想に、今にも泣きそうなのに泣けもしないのね」
「黙れ!」
「可哀想に、そんなに追い詰められるまで誰も教えてくれなかったのね」
「だ、ま、れっ!!」
「本当の愛も、貴女らしく生きる術も」
「黙れえええええええええっ!!」
少女の慟哭が響いた。
以上、終了。
(やまなしおちなしいみなし)