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チビデブブスなニート民ワイが異世界に逝ったらイケメンな上流階級民になってたンゴwww  作者: the August Sound ―葉月の音―
1章 ワイ将、異世界に転移する
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第七話外伝 東方域での戦闘

「急げ!昼過ぎまでにはサーム城に入るぞ!」俺はそう麾下の兵に命令する。俺はクローツ・ゲーテ・フォーミッツァ。東北域のハイデンリッヒという小さな山間の地域を領有する地方貴族の一人だ。忌まわしく、呪われた大国アルバトロンからの侵攻が始まったというのを聞いて、兵をかき集めてここに来た。もちろん王国を護るためにだ。そしてその戦いで武勲を上げて、褒美として領地を貰う—あくまで結果的にだ。それのために来たのではない。

ただ、俺の領地は小さな山間部だから兵も少ない。実際、今率いているのは重騎兵300、軽騎兵100、弓騎兵100、重装歩兵500、軽装歩兵200、弓兵300の計1500だ。だからこそなるべく早く戦地に赴いて、防衛地域を割り振られたい。後方支援なんてまっぴらごめんだ。

「クローツ様!」俺が全速力で馬を駆けらせていると後ろから呼びかけられた。

「なんだ?」

「流石に行軍速度が速すぎます!これでは歩兵がついてこれません!」声の主はヒンストロイだ。彼は俺の親父の代から仕えている老将軍だ。

「気合を入れろ!どうしても無理なようなら歩兵は後からついてこい!その時は騎兵だけで先に向かう。」俺は怒鳴りかえした。

俺は今、国境の大森林地帯沿いに行軍している。ここら辺は村や城がないから補給や休息が困難なのは分かってはいたが、テーネ・レ・コシヨン川沿いに行って他の大部隊に吸収されるのは嫌だった。どうせもう川沿いの城塞都市に東方域の兵が集まっているだろうし、王都辺りからの軍も川の近くにいるだろう。下手に足止めされて役目を奪われたくもない。

歩兵の行軍速度が明らかに落ちて来ているのを感じた。そりゃそうだ。ここまで全力でかけて来ただけでもだいぶ偉い。流石にもう諦めて歩兵を置いて行こうかと考えていたとき、森の中から足音が聞こえた気がした。

「止まれ!」俺は指示を出す。少しかかって辺りが静かになった。すると、やはり森の中から駆け足の音がする。それも一人二人ではない。もっと多数の、俺が率いているよりもっと多くの駆け足の音だった。

—くそっ、他の軍と出会ってしまったか。と俺は思った。しかし、それにしては少し変だった。こんな大森林の中を多数の兵を率いて進むなんていうのはおかしな話だし、それにその音は森の奥からこちらに向かって来ているようだった。これではもう、山脈を越えて森林地帯を抜けてアルバトロンが攻めて来ているようだ。しかしそれは考えられない。国境の山脈は5000メートル級の岩山だし、大森林地帯は陽の光もまともに届かないほど暗い。そんなところを越えられるはずがないのだ。ただ、念のため陣形を組ませておくことにした。

「重騎兵と弓騎兵は前に来い。その後ろに重装歩兵と軽騎兵の半分だ。軽装歩兵と弓兵は後方で防御陣を展開。軽騎兵の残りは伝令で出れるようにしておけ。」俺の指示で兵が動き始める。その間にも確実に足音はこっちに近づいて来ていた。

陣を組み上げて待っている間、兵たちはビクビクしていた。俺の前にいる重騎兵の槍先が小刻みに震えていた。突然森から多くの鳥が飛び立った。大きな鳴き声をあげながら飛び去っていく。その音に兵たちが驚いて怯えた声を出す。なんとも言えない、この嫌な雰囲気を全員感じ取っているのだ。こういう時に俺が士気を上げねば。俺は

「大丈夫だ。どうせ味方だ。出て来た奴らに俺たちの素晴らしい陣立てを見せてやろう!」と言った。しかしその直後、不意に木々が揺れたと思ったら森の中から鹿やイノシシなどの森に住む獣が飛び出して来た。それに再び兵たちが驚く。獣たちが去った後も足音は続いていた。さっきよりも大きく、近くだ。そしてついに音の正体が現れた。俺らがいる場所の800メートルほど先に醜い姿の兵たちが現れた。人間ではない。オークやゴブリンだ。そして持っている旗印は血のような赤地に黒い龍と剣と金に輝く王冠が描かれた物だった。

「あ、アルバトロンの国旗だ!アルバトロン軍だ!」と誰かが叫ぶ。ゴブリンたちは鎖帷子や革鎧ぐらいしか身につけず、手には斧や鎌、ショベルなどを持っていたので、どうやら軽装の工兵として連れてこられているようだった。オークたちは分厚い胸甲に鉄兜を被り大楯に槍を持っている。こっちが主戦力の重装歩兵だろう。少し軽めな鎧で弓を持っているオークもいた。ただ、人間は一人もいないようだった。数は5千近くいるようだが、それを率いる切れ者の将軍がいなければ俺らだけで打ち破れるはずだ。どこからどう沸いたか知らないが、俺の武功になってもらおう。

「よし、お前ら!あの人外どもを血祭りに上げるぞ!」俺が叫ぶと兵たちも

「おお!」と応えた。俺は念のため伝令用の軽騎兵の何人かに近くの城塞都市に向かって、ここに敵がいることを伝えるように命じた。

ついていることに、敵はまだ俺らに気づいてないようだった。ただ、兵は次から次に森から湧き出て来ている。早々に攻撃した方が良さそうだった。

「騎兵隊攻撃準備!」俺は前列に展開している重騎兵と弓騎兵に命じる。中列の重装歩兵と軽騎兵はヒンストロイに任せる。残りは待機だ。俺の戦術は、前列で敵軍を貫通したところに中列の部隊を入れて穴を広げて分断し、一気に延翼包囲を行なって後列が弓を射ながら少しずつ距離を詰めて殲滅するというものだ。高度な機動力が要求されるが上手くいけば一気に相手を潰せる。

「突撃用意!」俺の指示で重騎兵が槍先を敵軍に向けて揃える。

「突撃!」俺はそう叫ぶと先頭に立って駆けた。うぉーという声をあげて騎兵が続く。弓騎兵が矢を放って、頭上を矢が飛んでいく。敵はようやくこちらに気がついたようで、だいぶ混乱していた。隊列を組もうとしているところに森から次々に兵が出て来て収集がつかなくなっている。何とか兵がまとまりつつあったところに矢が襲いかかる。黒い血を飛び散らして斃れるゴブリンやオークが続出した。叫び声をあげて森に逃げ込もうとするゴブリンと出て来ようとする兵たちで森の辺りがごった返していた。そこに俺は突っ込んだ。パラパラと何本か矢が飛んで来たが、俺の兵には当たっていない。オークが数体盾と槍を並べて戦うそぶりを見せたが、怯む気配のないこちらを見て、背中を向けて逃げ出した。そいつらを最初の標的として俺は襲いかかった。

「オラァァァアアア!」俺は声をあげながら右手のメイスを振り下ろす。兜ごと打ち砕いてオークを斃す。俺は一切止まらず、殴り、時には馬で轢きながら敵の集団を強引に突破した。後ろから重騎兵も続いて突破してくる。誰の槍も鎧も黒い返り血がかかっていた。

今の突撃で脱落したのは誰もいないようだった。混乱した敵陣を一方的に蹂躙したのだろう。俺が通って来たところには数多くの死体が転がっていた。そしてその出来た隙間にヒンストロイの率いる中列が突っ込む。同じ重装歩兵のレベルでの戦闘が始まるが、時々軽騎兵の機動攻撃を横から入れて戦局を有利に進めている。そもそも陣が崩壊しているアルバトロン軍は対応が一切できていなかった。分断された敵が逃げ場を失って、待機している後列の方に向かって逃げ始める。しかし今度は後列の弓兵からの矢を浴びて斃されていく。もはやアルバトロン軍は軍としての体裁がなくなっていた。これは勝った、と俺も含めて誰も疑わなかった。しかし—

突如森の中から信じられないほど多くの矢が射掛けられた。俺の兵がバタバタと斃れる。

「何事だ!」俺の問いに答えるように森の中から“隊列を完璧に組んだ”オークの重装歩兵が突進して来た。味方であるはずのアルバトロン軍を蹂躙しながら向かってくる。しかも数も多い。中列が交戦するが、数と勢いに押されている。軽騎兵に側面攻撃をさせようにも、敵の数が多すぎて広範囲な面攻撃になっていて襲いようがない。このままでは数に圧倒されて包囲されそうだった。それは後列も同じで、弓兵で何とか押しとどめてはいるが、押しつぶされるのは時間の問題だった。俺は兵を集結させるように命じた。合図の角笛が鳴る。それを聞いた中列と後列が素早く移動を始める。俺が率いる前列も前進して集結を支援する。中列とは近くだったので比較的すぐ集合できたが、後列は苦戦しているようだった。そこでヒンストロイに重騎兵の半分を与えて援護に行かせた。重騎兵が後列を攻撃する敵の横合いを突く。さっきとは違ってしっかりと敵も隊列を組んでいたから槍衾でこちらにも被害が出たが、後列が逃げることが出来るくらいに敵陣を崩した。ヒンストロイが後列と重騎兵を率いて帰って来た。

「クローツ様、敵の数が多すぎます!」ヒンストロイが言う。

「一旦離脱しましょう。川沿いを目指していけばどこかしらで味方と出会うはずです。」

「いやダメだ。踏みとどまれ。」俺が言うと

「クローツ様、勇気と蛮勇は違いますぞ!」とヒンストロイが言った。しかし俺もただ名誉とか武功だけでなく、戦術的な考えがあった。

「ヒンストロイ、よく考えろ。こいつらが素直に西に向かってくれるとは限らない。俺らがしようとしたように国境沿いを南下してサームの方に向かったらどうする。国境沿いの城が包囲されて一気に国境防衛が破綻するぞ?俺らは少なくとも増援が来るまでは退けない。それまでは遅滞戦闘でこらえろ!」俺が言うとヒンストロイもある程度納得したようだった。

「では一度距離を取りましょう。南側に一度下がって遅滞戦闘様の陣形に組み直しましょう。ただ西に行かれないように重騎兵で牽制をします。」

「よし。重騎兵は任した。」俺はヒンストロイの案に賛同した。

一斉に軍を動かす。ヒンストロイの率いる重騎兵は西の方角から攻撃を仕掛ける。アルバトロン軍がそちらに対応を始めたのと同時に俺は残りの兵を一気に2キロほど南下させた。今度は敵を受け止めるために重装歩兵を前列にして、その後ろに弓兵を置き防御支柱とする。左右に軽騎兵と軽装歩兵をカウンター攻撃様に置いておく。ヒンストロイたちが帰って来たらここに入れる。弓騎兵は機動防御のために4つの隊に分けてそれぞれの部隊に組み込んだ。さらにサーム城とフィールドリーグに伝令を送り緊急事態と応援の要請を伝えさせに行った。重騎兵が全速力で引き揚げて来た。その後ろにはアルバトロン軍の獣甲騎兵(じゅうこうきへい)が続いている。獣甲騎兵は馬ではなくセヴェリオスという虎をもっと獰猛で足を速くしたような肉食獣に乗っている重騎兵のことだ。乗っている獣も攻撃してくるのでタチが悪い。上の乗っている兵を斃しても獣単体で襲ってくるのだ。俺は重騎兵とアルバトロン軍を引き離すために弓騎兵の一隊に攻撃を命じた。弓騎兵が駆け出して行って一気に距離を詰める。そして弓を射かける。2、3回ほど斉射するとセヴェリオスを含めて先頭を走る大多数を斃すことができた。それを確認すると弓騎兵は重騎兵とともに全速力で駆け戻った。味方の騎兵が前面に居なくなったタイミングで追いすがるアルバトロン軍に弓兵が攻撃を始めた。一斉に矢が放たれて空を覆い、アルバトロン軍に降り注ぐ。僅かになっていた獣甲騎兵が壊滅する。派手に転がり落ちるものやセヴェリオスが斃されて前方に吹っ飛ばされる者もいた。ただ今度は後ろから重装歩兵が近づいて来ていた。密集陣形を組んで盾でわざわざ屋根まで作って近づいてくる。矢を射かけるが盾で跳ね返される。これは厄介なことになった。こういう場合は投石機や重弓で踏み潰すなり吹き飛ばすなりするとが良いのだが、俺の配下にそれを運用する部隊はいない。そうなると対応策は

「弓兵、火矢を射ろ!」俺は命じた。幸運なことにここは森が近いので下が草だ。盾に弾かれて下に落ちても周囲が燃えて進軍どころではなくなる。さらに煙が入り込めば、あんな密集陣形の中では戦闘どころではない。こっちにも燃え広がるかもしれないがそこは向かい火で対応しよう。俺の指示で火矢が空を駆けていく。この国の火矢は少し変わっていて、矢尻の部分に油の入った瓶が付いていて、火はそこから伸びる導火線につける。こうすることで矢が届いた時に瓶が割れて中から油が飛び散ったところに火が届いて一気に燃焼する。どんなに燃えにくいものでもこれで一気に焼くことができるのだ。盾にぶつかって炎上する。燃えた油が地面に落ちて草を焼き始める。アルバトロン軍が明らかに動揺し始めた。

「別に直接狙う必要はない、周りに落として火で囲んでしまえ!」俺は命じた。その通りに火矢が飛んでいく。アルバトロンの重装歩兵は火に囲まれて動けなくなった。すると突然陣形を解いて各個に突撃を始めた。火を通り抜ける際に火だるまになっている者もいたが、なんとか抜け出して向かって来ているようだった。そこに矢を射る。バタバタとオークは斃れるが、退くそぶりは見えない。俺は前面の重装歩兵を戦わせた。陣形を組んだ重装歩兵とバラバラの重装歩兵との戦いで負けるはずがない。一気に押していく。そして重騎兵の側面攻撃を入れて完全に壊した。さすがにここまで来るとアルバトロン軍は引き上げて行った。それを騎兵全部で追撃させた。追撃を完了した騎兵たちが意気揚々と引き上げて来る。ただ、重騎兵には離脱者が目立ち始めるようになって来た。一連の戦いの中でずっと使っていた結果だ。

「ヒンストロイ、重騎兵の損害はどれくらいだ?」俺は尋ねた。

「報告が上がっているのでは戦死32、戦闘不能の怪我57です。」合わせて約90。全重騎兵のだいたい三分の一が戦闘不能になっている。しかし、他の兵はそこまで損害は出ていない。まだ戦える、俺がそう思っていた時に再びアルバトロン軍が現れた。さっきよりももっと多く、色々な兵がいた。

「耐えろ!踏みとどまれ!絶対突破されるな!」俺は兵たちに叫んだ。




同時刻・レーベ城

「放て!」その号令で無数の矢が下に向けて放たれる。攻城櫓に重弓がぶつかって爆発して崩壊する。投石器が下にいる敵兵を踏み潰す。私はこの城の城主であり、国境警備隊隊長の中央貴族レミ・フォンゴン・セリオネル。今8000の兵を率いてこの城を守っている。本来私の配下は3500だが、諸地域からの援軍が集まり私の配下に組み込まれていった結果ここまで兵が増えた。私は城の奥の塔から戦況を見ながら指示を出す。

「左に梯子が集まっているぞ!投石機と火矢で壊せ!」指示通りに矢や石が飛んでいく。敵の方からも矢や石が飛んで来てこちらの兵を斃していくが、まだまだ堪えられる。あと少し堪えれば王都の方から援軍が来るだろうし、その増えた兵でまた少し堪えれば攻勢に出るための大軍が送られて来るはずだ。

「レミ様!」伝令が駆け込んで来た。

「どうした?」

「破城槌が来ました!」

「火矢と重弓を用いて徹底的に狙い撃ちしろ!念のために門の前に重装歩兵も待機させておけ!」私はそう言うと最前線の城壁へと向かった。


「放て!」指示を出しているのは私の部下のセレイオンだ。彼自身も弓を持って眼下のアルバトロン軍に矢を射かけている。

「セイレオン、破城槌は⁈」私は駆け寄りながら聞く。

「装甲が固くて抜けきれません!」

「重弓や投石機でも?」

「弾かれます。おそらく結界を張っているのではないかと。」

「くそっ、聖義(せいぎ)軍はいるのか?」聖義軍とは、戦時に緊急で組織される神官たちの軍だ。神官たちは魔法が使えるので貴重な戦力となる。

「ル・シェルリの方に全員行かれています。」セイレオンが答える。ル・シェルリは今、アルバトロン軍の龍騎兵—ドラゴンに乗った騎士—や魔法使いからの空からの攻撃や大規模な重装歩兵の攻勢などでだいぶ押されている。こちらも来た増援はなるべくそちらに行かせていた。

「ならば上からでは壊しようがないではないか!ええ、仕方ない。重騎兵集まれ!あのデカブツを壊しにいくぞ!」

「何をなさるつもりですか?」セイレオンが尋ねる。

「下から騎兵で突っ込んで燃やして来る。行くぞ!」私がそう言うと重騎兵たちが槍を上に突き上げて応えた。彼らは籠城戦では出番がなく鬱憤がたまっていたのだろう。

「出来る限り援護しますが、あくまで矢が届く範囲でにしてください。」私が馬に乗ると上からセイレオンが言ってきた。

「わかっておる。」私はそう答えると兜を被った。そして剣を抜いて、

「開門!」と命じた。ゴゴゴゴと重低音を響かせながらゆっくりと門が開く。その音にアルバトロン軍が気づいて門の方を見る。そしてこちらに向かって来る。それを押しのけるようにして私たちは飛び出していった。剣を払ってアルバトロン兵の頭を斬りとばす。進撃を止めようと槍衾を作ってくるが、それをセイレオンら城壁の弓兵が射斃して作らせない。ひとしきり近くの兵を相手に暴れた後、本来の目的である破城槌の破壊に向かった。破城槌の近くにはどうやら魔法使いはいないようだった。ただいたるところに結界陣が描かれていてこれがとてつもない装甲の硬さを生み出しているようだった。

「あれを焼くぞ!」私は剣を松明に変えて握った。敵もそれを防ごうとアルバトロン兵も向かって来るが、他の重騎兵が槍で貫いたり私自身も敵に松明の火を付けて火だるまにしたりして戦った。なんとか破城槌のそばに寄ると結界陣を焦がしてどんどん無効化させていった。そして全部の結界陣を無効化させると、城壁からの重弓の攻撃が効いた。爆発弾が突き刺さって派手に爆散する。

「味方の攻撃に巻き込まれないうちに退くぞ!」私はそう命じて、また敵を蹴散らしながら城門の方へと戻っていった。開けっ放しの城門には重装歩兵が密集陣形をとって槍衾を作って敵の侵入を防いでいた。城門に雪崩れ込もうとしていた敵を背後から襲いかかって重装歩兵と挟み撃ちにしながら城に戻ってきた。私は一番最後まで残って戦った。剣を払ってアルバトロン兵を切り刻んでいたところに城壁からセイレオンが

「レミ様、そろそろお戻りください!」と言う声が聞こえたので場内へ駆け戻った。何人かの敵が追い縋ってきたが、それをセイレオンが射殺す。私が場内へ入ると、

「閉門!」とセイレオンが命じ、またゴゴゴゴと重低音を響かせながらゆっくりと門が閉まった。

「損害は?」私は重騎兵隊長に尋ねる。

「2名戦死、5名重傷です。」これだけの敵の中に突撃したにしてはかなり少ない損害だろう。

「そうか、ご苦労だった。」私は言った。

城壁に登ってみると、眼下にはかなり多くの敵兵の死体を見ることができた。敵はそれを踏み越えながら向かってきている。ただこのままなら突破される様子はなかった。いかに敵が多いとはいえ与えている損害はここだけでも物凄いことになっているだろう。このような堅牢な城塞が国境沿いにあと3つあるのだから、敵の損害は軽く1万を超えているに違いない。それでいて国境を越えられないのならば、攻勢限界に入るのではないかと思う。

「この戦争、案外早く終わるかもな。」私がセイレオンに振り返って言ったとき、一人の兵が私のもとに駆けてきた。

「レミ様!」

「何事だ⁈」私は尋ねる。

「大変なことになりました!」

私がその兵に連れられて下に降りると、そこには身体に2、3本矢の刺さった軽騎兵が倒れていた。

「レミ様をお連れしたぞ、さあもう一度言うんだ!」その兵が彼を起こして言う。

「はい。ル・シェルリが陥落、ル・シェルリが突破されました!」

「なっ」私はその報せに絶句した。彼が続けて言う。

「城主のリュクレオス卿、増援にいらっしゃっていたフィルセオネ卿、ダズベク卿が戦死なさいました。」その報せには今度は驚く声すら出なかった。私が何も言わないで固まっていると、背後からセイレオンが

「レミ様、対応策を考えねばなりません。」と言った。その声で私は正気に戻る。

「そうか、そうだな。何か案はあるか?」私はセイレオンに尋ねた。

「まずル・シェルリを陥とした敵がこちらに侵攻するルートは3つあります。一つ目は繋がっている城壁を伝ってくる方法、二つ目は城壁と平行に伸びている街道を通ってくる方法、最後に少し内陸まで切れ込んで、そこから迂回してこちらに向かってくる方法です。ただこの最後の方法については、内陸に入るならそのままどんどん侵攻した方がいいのと、最悪それで来られてもここで立て籠ればいいだけなので、あまり気にしなくていいでしょう。問題なのは前の二つです。城壁を伝って来られたら止められる場所がないのと、街道を抑えられると城壁になんらかの工作がされても止めようがないことです。この二つに対応しなければなりません。二つ目に関しては街道に重騎兵を中心とする打撃部隊を前進させれば対応はある程度できます。ただ、一つ目はどれも微妙です。城壁に重装歩兵を敷き詰めてもいいですが、そうすると今度は下の敵兵に攻撃する弓兵がいなくなる。弓兵を置きっぱなしにすると城壁で白兵戦になったら勝てない。どちらを選んでもあまり良くありません。」

「そうか。城壁を来られると止められないな。うーん、そうだな、、」私は考えた。そして閃いた。

「一部城壁を放棄して戦おう。一度今指示が通る所までを下げて敵と距離をとって軽装歩兵と弓兵に城壁を守らせよう。狭い城壁の上ならわざわざ重装歩兵でなくても対応できるはずだ。」

「そうですね。そうしましょう。」セイレオンが答える。

「よし、重騎兵と弓騎兵、それに重装歩兵は街道沿いに前進せよ。重騎兵隊長が指揮を取れ。軽装歩兵は城壁の防御に回れ!」と私は命じた。すぐに裏門が開けられて騎兵と重装歩兵が出て行く。城壁の兵はル・シェルリと結ばれている側の城壁に盾や土嚢を置いて防御の構えを作り上げ、そちらの方を向く弓兵がいた。また軽装歩兵は20人ほどの隊が多く組まれて、盾や土嚢の近くで待機していた。ル・シェルリへの対応が必要になったせいで、それまで対処していた下の敵への迎撃が足りなくなってきている。ところどころ梯子をかけられる所も出てきていて、それを急いで城壁の兵が外して倒している。私も弓を手に取って城壁に向かった。城壁から敵の様子を見ると、攻城櫓の一番上で三日月刀を振って指示を出している男が見えた。前線指揮官なのだろう。私は彼に狙いを定めた。距離は300メートルほど。風はない。高低差は向こうがやや低め。鎧でなければ十分貫ける。私は自分の背丈以上ある弓を構えてゆっくりと丁寧に弦を引きしぼる。2、3秒後、私は矢を放った。ヒュンという音がして矢が空を切り裂いて行く。標的に向かって少しもズレることなく飛んで行った。そして下に身を乗り出して指示を出していた敵将の首に深々と突き刺さった。敵将は一瞬固まった直後にゆっくりと死骸(からだ)が下に向かって傾いていって、ついに下に落下した。突然の出来事にアルバトロン軍の方でどよめきと混乱が起きる。

「お見事です。」セイレオンが言ってきた。下の敵が後ろへ退いていく。それを見て一安心している所に今度はル・シェルリの方の城壁が不意に騒がしくなってきた。私はセイレオンに

「ここは任せた!」と言うと返事も聞かないでル・シェルリからの防衛線に走った。

私がそこに着いた時、敵との間では既に矢を用いた遠距離戦が始まっていた。私は身を低くしながら最前列の盾まで進んだ。そこから敵の様子を見る。敵もここを攻める部隊は軽装歩兵のようだった。狭い城壁では軽やかに動けない重装歩兵は不利だと察したのだろう。突如、敵が前進を始めた。矢が一気に放たれた後に軽装歩兵が向かってくる。私は前の方にいた軽装歩兵の一隊とともに防衛線を出て敵を迎え撃った。狭い城壁の上での戦いなのでどれだけ敵が多かろうとあまり関係ない。目の前の敵一人一人を斬り斃していくだけだ。剣と剣がぶつかって火花が散る。力では押し負けるので、素早く剣を払って打ち合っていった。5、6人ほど斬り斃して、私も返り血で真っ赤に染まっていた頃に変な格好をした敵兵が向かって来た。彼らは鎧を身につけずローブで前進を覆って、両手に短刀を逆手持ちしてクルクル回りながら斬撃を繰り出してきた。とても速い攻撃で私はたちまち防戦一方になる。剣でなんとか合わせて弾くが、合わせられないものはギリギリで体をよじって避けた。体勢を立て直すのと同時に突きを入れるが、敵は軽やかにバック転をしてかわす。私もその隙に後ろへ退がる。私は剣を構え直した。リーチならこっちの方がある。敵が来る前に一発でこちらが仕留める。ほぼ同時にお互い駆け出した。敵が飛んで回りながらこちらに斬りかかるときの一瞬の隙を狙って剣を横に薙いだ。確かな手応えを感じた。敵は腹から血を流して斃れた。その次の瞬間、左右から一人ずつ同じタイプの敵が現れて攻撃を受けた。私は全く対応できなかった。短刀が私に当たる。「くっ…」幸い厚い鎧のおかげでかすり傷で済んだが、鎧の各部位が弾け飛んで、次はもう防げそうになかった。こんな敵を二人同時に相手をして斃せる—いや生き残れる気がしなかった。私は防衛線まで戻ろうとしたが、もちろん敵はそれを許してくれなかった。連携した素早い攻撃をなんとか剣で受け止めていく。時々防ぎきれなかった斬撃が鋭い痛みを伴って私を斬り裂く。敵が一度距離を取った。次で仕留めに来るらしい。私は覚悟を決めた。剣を鞘にしまってリラックスして立つ。敵は私のその行動を見て驚いた顔をしたが、直後ローブの中から見える口角は上がっていた。敵が二人同時に走り出す。私は目を瞑って敵の足音を聞いた。一瞬一瞬がとても遅く感じる。タッタッタと足音がこちらに向かって来る。そして地面を強く蹴る音がした。—来る!

私はその瞬間目を開けた。そして身体を一気に深く沈めて敵の攻撃をかわす。私の突然の動きに敵は体勢を崩す。私はその隙を逃さず、沈めた体勢のまま片方の敵の足に蹴りを入れた。敵は後ろへ派手に倒れる。もう一人が後ろから襲いかかって来るが、ナイフを手で払って防ぐ。思いっきり突き出してきた手を掴むとそれを握って背負い投げた。敵が背中を強く打って倒れる。その敵の顔面に強く拳を入れた。一回大きく動いた後、二度と動かなくなった。鉄鎧の拳を受けたのだから当然と言えば当然だった。先に倒した敵が立ち上がってナイフを構えた。走りかかってきたのを私は受け止める。斬撃は払い、突きは後ろに避けた。私が攻撃を受けると、敵はどんどん振りが大きくなってきていた。私はそれを逃さなかった。強く派手に突かれた手を横に避けると、そのまま左脇に挟んで動きを封じ、一気に距離を詰めた。そして回りながら手を離すと同時に右ストレートを顔面に叩き込んだ。よろめいた敵に続けさまに左、右、左と叩き込む。敵が距離を取ろうと出してきた突きを手刀で叩いてナイフを落とさせる。逆の手から斬撃が来るが、それを左手で払って速度を殺して、右手で捕まえる。そのまま関節を捻り上げてこちらの手のナイフも落とさせた。組み伏せようとしたところ、まだ暴れてきたので城壁の際の方に蹴り出して、そこでとどめを刺しにかかった。ガードをさせる暇を与えずに次々にパンチを入れる。前によろめいたところに、みぞおちに膝蹴りを入れて完全に戦闘不能にすると最後に顎を蹴り上げて、城壁からアルバトロン軍のひしめく城下へ叩き落とした。私は荒い呼吸をしながらそこに座り込んだ。もう戦えない。周りを見渡してみると死体だらけだった。敵の死体が多く転がっていたが、ところどころこちらの兵も斃れていた。こちらで立っているのは4人ほどで白兵戦の激しさを物語っていた。敵は多過ぎる損害に驚いたか、兵を一度下げて距離を取っていた。

「見事な王国拳闘術の演舞でした。」軽装歩兵隊長がそう言いながら近づいて来た。

「なんとか押し返せたな。」私は言った。

「ご無事ですか?」彼は尋ねた。

「ああ。ただ、鎧がボロボロになってしまったから変えてくる。ここは任せた。」私はそう言うと立ち上がって城内へ戻った。


私が鎧を変えて戻って来た時、ちょうど伝令が来ていた。しかしそれは国境沿いの城から来たものではなかった。

「レミ様、さらに悪いことが起きました。」セイレオンが言う。

「何事だ?」私が尋ねると、セイレオンは伝令の方を向いた。伝令が答える。

「国境沿いの森林地帯よりアルバトロン軍多数が出現。現在地方貴族のフォーミッツァ卿がくい止めておられます。至急増援を!」

「ば、馬鹿な。森林地帯から敵が出てくるはずがないだろう!」私は驚く。

「現に今フォーミッツァ卿は戦っておられます!至急援軍をお願いいたします!」伝令が言った。私はしばらく考えてから聞いた。

「他の城にも既に知らせたか?」

「はっ。国境沿いの城は全て。私が出た直後にル・シェルリは陥落致しましたが。」

「ならばしばし待て。王都の方へお伺いをたてる。セイレオン、場合によっては城を棄てるぞ。」私は言った。

「妥当な判断です。」セイレオンも同じことを考えていたようだ。国境沿いの城の中心にあるル・シェルリが陥落しどこでも攻められるようになっている上に想定外の森林地帯を抜けての侵攻は対処出来ない。下手をすれば、このまま後方と分断されて国境沿いにいる私たちが包囲殲滅されることもある。それならばフィールドリーグ周辺まで退却して、そこで応援を待って攻勢に出た方がいい。


私は城内にある大きな水晶に手を置いた。この水晶はコンタクトクリスタルと呼ばれる魔法具だ。遠方との連絡が取れる。ただ作るには希少価値の高い水晶と高度な魔法が必要となるので、量産は出来ない。

私が少し待っていると、王都の方と繋がった。

「何事だ?」声の主は国王だ。

「ル・シェルリが陥落致しました。」私が言うと

「それは知っている。最後に連絡があった。城門を突破されたとな。」と国王が言った。

「国境沿いの森林地帯から敵が進行してきた模様です。」私が次に言うと

「なに⁈」と今度は驚いた。

「国王様、私は国境警備隊長として国境沿いの城を全て放棄することを進言いたします。」私は言った。

「我が軍は今の状態では、正面の敵と森林地帯からの敵の二方面を相手にすることは困難です。」

「あと3日、いや1日半堪えられないか?」国王が尋ねる。それだけ待てば王都からの増援がここに到着すると言うのだろう。

「各城に籠城することのみなら可能です。しかし、その場合森林地帯からの敵の内地侵攻は阻止できません。」

「そうすると国境沿いのお前達が孤立し包囲殲滅される、か。」

「はい。申し訳ありません。」

「仕方あるまい。アルバトロンとの長きに渡る戦争の歴史の中で森林地帯が突破されたのは初めてのことだ。対応策がなくても無理はない。国境沿いの兵は一度フィールドリーグまで撤退して戦力を整えた後、レスカギールの10万の兵とともに反転攻勢に出ろ。1、2週間待てば今度はギーストニックの指揮する80万の兵が来る。国境沿いの城はどれもこちらから攻めるのは容易い作りになっていただろうから簡単に落とせるだろう。」

「はっ。」私がそう返事をすると

「武運を。神のご加護とともに。」と国王が言って通信は切れた。


「如何でしたか?」部屋を出るとセイレオンが尋ねてきた。

「撤退だ。城を出るぞ。」私は答えた。

「承知いたしました。城門は全て破壊していきますか?」

「そうだな。頼む。あと軽騎兵を伝令に出せ。ル・シェルリの方に向かった重騎兵隊に撤退を伝えろ。」

「はっ。」セイレオンはそう言うと駆けて行った。

私は狼煙台まで行くと、そこの兵に

「撤退の報せを出せ。国境沿いの城は全て放棄だ。」と指示を出した。すぐに兵達が準備をして煙を上げ始める。赤い煙だ。これで国境沿いにいる兵が全てここに集まって来る。その兵をまとめて引き上げるのが私の仕事だ。

2時間ほど待っていると城の周囲が駆けてくる人馬の音で騒がしくなってきた。国境沿いの兵が集結したのだ。私は下に降りて将兵を迎えた。

「本当に城を棄てるのか?」と大斧を背負った髭面の大男が私に尋ねてきた。彼はサーム城主のゴルギアスだ。

「ああ。敵が別の場所から湧き出した以上、ここに籠る意味がない。包囲殲滅されたら最悪だ。」

「わかった。」ゴルギアスが頷いた。

「意外だな。」私は言った。

「なぜだ?」

「お前のことだから死ぬまで城に篭れと言うかと思っていたが。」

「本心はそうだ。だがその結果王国にさらに迷惑をかけるわけにはいかない。それに国王もお認めになった策なのだろ?そこに意見を挟む余地などないさ。ただ、窮地に陥ってる味方の救出、これにはついてかせてもらうぞ?」とゴルギアスは言った。

「元からそのつもりだ。」私は答えた。

「そっちの兵はどのくらいいる?」

「元の兵が1500に増援で4500来たから6000だな。」

「その内騎兵はどれだけいる?」私はさらに尋ねた。

「2000くらいだな。」

「うちと合わせて5000か。ツェピンはどのくらいいる?」私が問うとツェピン城主のホラルドが

「6000の内騎兵は1500だ。」と答えた。

「よし、ならば軍を二つに分けよう。私とゴルギアスとで騎兵6000を率いて救援に向かう。ホラルドは本隊を率いてフィールドリーグに向かう。本隊に騎兵500をついていかせよう。ル・シェルリの兵も先にフィールドリーグへ向かっているだろうから、そこと合流したら遅滞戦闘をしながら退却せよ。」私はそう命じた。

「了解。」

「承知した。」二人がそう答えた。

「それでは全軍、行動開始だ。」私はそう命じた。




—国境沿いの森林地帯

「退くな!押し返せ!」俺はメイスをオークの顔面にめり込ませながら叫んだ。敵は数の暴力で寡兵のこちらを押し潰そうとしてくる。

「援軍はまだか⁈」俺が問うと横で剣を振るうヒンストロイが

「もう間もなく来るでしょう。」と言った。しかし、

「このやり取りはさっきから何回してる?」俺は苦笑をしながら敵をさらに一体屠って聞いた。

「5回目ぐらいでしょうか?」ヒンストロイも笑いながら敵の顔面に剣を突き立てて答える。

もう限界に近いことは分かっていた。重騎兵は最早数十人しかおらず、弓兵の矢の残りも少ない。今こうして戦い、潰走していないことは奇跡だ。数万単位の敵軍を1500人で撃退すること6度。戦史に残っても不思議でないほどの奮戦だろう。ただ、もう跳ね返すだけの余力はない。再び大規模攻勢を仕掛けられたらもたないだろう。すると敵陣の方に動きがあった。移動式の投石機が出てきたのだ。

「ヒンストロイ。」俺は呼びかけた。

「は。」彼が答える。

「突撃準備だ。全軍で行くぞ。」俺は告げた。

「は。」彼も意味を理解したようだった。これ以上の遅滞戦闘は不可能。潰走するくらいなら名誉ある死を選ぶということだった。

「全軍、突撃隊形!」俺の命令で兵が整列していく。「準備完了しました!」ヒンストロイが伝える。

「行くぞ!王国に勝利を!」俺はそう叫んで一番に駆け出した。後から怒号をあげながら兵が続く。

幾千もの矢がこっちに向かって飛んできた。俺はメイスで振り払いながら突き進んだ。そしていよいよ敵陣にめり込む直前、突如敵の右翼側が混乱し始めた。俺は慌てて馬を止めて全軍を止めさせて、そちら側を見た。するとそこでは騎兵の集団が重装歩兵のファランクスの横っ腹を突き破っていた。全速力でこちらに向かってくる。旗印は赤地に白の十字、分けられた四つの長方形に太陽、王冠、月、宝剣の描かれた物。アスクリタンの国旗、増援部隊だ。彼らが作ってくれた穴に向かって俺らも再び突撃を始める。敵陣を突破して反対側に回り込むと、増援の将軍らしい女が馬を寄せてきた。

「今までよく耐えてくれた。私は国境警備隊隊長レミ・フォンゴン・セリオネルだ。」

「クローツ・ゲーテ・フォーミッツァです。」俺は応えた。

「フォーミッツァ殿、先に伝えておこう。我が軍は国境の城を全て放棄した。これからフィールドリーグへ向かいそこで籠城する。良いな?」

「承知いたしました。それでこれだけの大軍、どのようにして巻きましょうか?」

「先に退きなさい。殿軍は私たちで引き受ける。」

「ここまで敵と戦ったんだ、最後までやらせてください。」俺は言った。

「しかし、殿軍は最後には逃げきるために機動力がいる。フォーミッツァ殿の歩兵がそうした時に足手まといになるまいか?」レミは言った。

「ならば、先に歩兵を行かせます。私は残りの騎兵とともに殿軍に参加します。」俺はレミの目を真っ直ぐ見ながら言った。レミは横にいる斧を持った大男と顔を見合わせると、やれやれといった感じで

「わかった。ついて来い。」と言った。

「はっ!」俺は応えた。




「後方より獣甲騎兵500、重装歩兵2000ほどの接近を確認!」セイレオンが言う。

「全軍反転!突撃隊形!」私は命じる。今手元にある兵は騎兵3000ほどだ。先を進むヒンストロイの率いる歩兵の護衛や索敵、伝令に兵を割いたため少なくなっている。

「突撃準備!」私の号令で重騎兵が槍の穂先を揃えて並べ、弓騎兵が矢をつがえる。

「突撃!」私は剣を敵陣に向けて払った。激しい怒号と蹄の音を立てて突撃を始める。先頭を行くのはフォーミッツァとゴルギアスだ。彼らは飛んでくる矢を気にせず前に突き進む。

「矢を放て!」私は弓騎兵に命じた。ヒュンという音がして大量の矢が空を走って行く。敵の獣甲騎兵をあらかた斃し、崩れ掛かったところに突っ込む。槍と槍が互いの身体に向かって伸びていく。刺し違えて地面に落ちる者、首や腕に槍を受けて空中に身体のその部位を飛ばされる者がいた。しかし数と勢いで一気に押し切り、敵の獣甲騎兵を突破した。そしてそのまま奥の重装歩兵のもとへ向かう。

「重騎兵下がれ!軽騎兵前進、突撃用意!」私は命じた。重装歩兵のファランクスに対しての攻撃で策を思いついたのだ。重騎兵とファランクスの激突では押し切れないことはないが、損害は大きくなる。それは敵の槍衾にわざわざ突っ込むことになるからだ。ではどうすれば損害が減るか。槍衾を飛び越えてしまえばいい。ただ、重騎兵は重いので跳躍力が少ない。であれば、軽い軽騎兵を使えば出来る。つまり、軽騎兵でファランクスの槍衾を超えて、内側に入った軽騎兵が槍衾を後ろから崩し、そこに重騎兵を入れれば壊滅させられる。同時に騎兵の機動力を活かして少数ながらも側面を襲えば敵は三方面から押されることとなり、方陣に展開されない限りこちらが負けることはないだろう。

「重騎兵の指揮はゴルギアスに任せる。」私が言うと、

「どこに行く?」ゴルギアスが聞いてきた。

「私は軽騎兵の指揮をとる!」私はそう言って馬をさらに早く駆けさせた。軽騎兵が私の後ろに続く。敵のファランクスに近づいた。敵はすでに行進を止めて、攻撃を受け止める態勢に入っていた。

敵の槍衾にどんどん近づいて行く。

「まだだ。もっと近くだ。」私は軽騎兵に命じる。

「まだだ、まだだ。」今度は自分に言い聞かせるように小声で言った。そして、そのまま槍衾に突っ込みそうになる瞬間、

「今だ!跳べ!」私は命じた。馬が一斉に跳び上がる。そのまま槍衾を超えて、敵のファランクスの3、4列目あたりを踏み潰しながら着地した。そしてそのまま乱戦に入る。私は剣を払い続けた。槍の穂先、腕、手、首。色々なものが私の剣で斬り飛ばされていく。私がちょうど10人目の首を落とした時、ゴルギアスの率いる重騎兵が崩壊したファランクスに追い討ちのように突っ込んで来た。

「遅いぞ。やられるところだった。」私はゴルギアスに言った。

「そんなヤワじゃないだろお前。」ゴルギアスが答える。

「それよりもそろそろ引き上げましょう。ここまで潰走させれば十分です。」とフォーミッツァが言った。

敵軍は隊列が崩れ重騎兵に各個撃破されていて、生きている者は背を向けて逃げて行っていた。敵の兵はまだまだ多かったが、殿軍が撤退する敵を追うのは深追いだ。

「よし、撤退だ。全速力でフィールドリーグまで退くぞ。脱落しても知らん、死にたくなければ死ぬ気でついて来い!」私はそう言ってまた先頭を切って馬を走らせた。




同時刻・フィールドリーグ城内

「はぁ、まったく疲れるなあ。」知らないうちにまた溜息が出たようだ。僕はジェシル・カリストティ・スカデルンベク。アルバトロンの将軍です。それにしても戦争は勘弁してもらいたいものです。確かに軍人である以上、戦争は自分の存在意義を示す格好の場ではありますが、軍人ほど平和を願う職業もないと思いますよ。なぜって?それは何もしないでも給料が貰えるからですよ。―もっとも、僕は16将軍の一人なのでいつも書類仕事がありますが。我が国では優秀な武将にはその実力によって地位があります。そして軍を率いるような武将は方位を基にした地位があるのです。それが最上位の4元帥、第2位の8大将、第3位の16将軍、第4位の32騎士長です。ああ、とは言っても32騎士長が32人というわけではありません。そもそもこの呼称は古来、我が国を守る武将の担当地域を示したものなので、つまり、東西南北は4人の元帥が担当し、北東・南東・南西・北西は4人の大将が、北北東・東南東…は8人の将軍がといったようになっていたところに方位の名前を対応させたということなのです。我が国は貴族武官以外にも一兵卒から成り上がった将軍もいて現に今の4元帥のうち一人は奴隷階級出身者です。僕ですか?僕は下級貴族の出です。ただなんでか戦術立案の才能と魔法の才能があったので、ここまで上り詰めました。僅か12歳にして16将軍の一翼などと騒がれたおかげで、なんと先鋒の、特に重要な山脈打通部隊の指揮官を拝命する羽目になりました。まったく、子供を酷使する祖国に災いあれ!と言いたいところですが、まあせいぜい励んでみましょう。給料分の働きはね。

今、このフィールドリーグには我が軍が入城しています。私が部隊の大部分を率いてここに来た時、アスクリタン軍はル・シェルリ城を突破した我が軍と山脈打通部隊の別働隊への対応でほとんどの兵が出撃していたようで城には僅か5000ほどの兵しかいませんでした。今僕が率いる兵は7万。平押しで余裕でした。城に一般市民がおらず、捕虜が少なくなって助かりました。あと頭の悪いオーク兵が色々厄介事を起こさなくて済みますし。これ以上書類仕事を増やしたら味方だろうと容赦しません。

「スカデルンベク閣下。」おっと、呼ばれたようです。

「敵の退却兵とみられる部隊が向かってきております。」今報告をしてくれたのはイルミナス。僕の母親より母親っぽい女性です。戦いの最中にお菓子を食べたら、手を洗わないで食べるのはお止めくださいと叱られました。―怒るのそっち?って思いますよね。

「じゃあ作戦通りに兵を配置して。」僕は答えました。

「承知いたしました。」イルミナスはそう言うと兵たちに指示を始めました。

はぁ、めんどくさいなあ。敵が上手く策にひっかかってくれたら良いのだけど。




同時刻・フィールドリーグ城外

「着いたぞ!」前方の兵の誰かが叫んだ。私はヒンストロイだ。クローツ様と別れて歩兵を率いて退却していると、たまたまツェピン城主のホラルド様という方の率いる部隊と出会い、合流して共にここまで来た。

私は馬を走らせて前に出た。フィールドリーグには王国の旗が堂々と翻っていた。城壁には弓兵が隙間なく並び、防衛体制が整っていた。

「ようやく休めるな。」クローツ様が言った。

「ええ、早く入城しましょう。」私は言った。

「そうだな。全軍入城隊列に並べ!」ホラルド様はそう指示すると軍の先頭に立った。私もホラルド様の横に並んで行く。私たちが近づくと城門がゆっくりと上がっていった。城壁の兵士たちは弓を手に持って正面を向いていた。投石機の周りには軽装歩兵が立っていた。

私たちが入城すると再びゆっくりと城門が下りた。私たちは城門の前の広場で止まる。街には兵は見当たらず、城内で聞こえる音は城門の下りるときの鎖の音だけだった。—おかしい。いくら籠城の準備が整っているとはいえ、ここまで静かにできるはずがない。それに、なんというか、嫌な予感がする。

城門が地面についたガチャンという大きな音が鳴り響き、兵たちが驚く。彼らも少し嫌な雰囲気を感じているようだ。ホラルド様がそんな雰囲気を嫌がって、城内の兵に呼びかけた。

「ツェピン城主のホラルドである!ここに集結した軍の長にお会いしたい!」しかし城内の兵士は誰一人として答えなかった。

「答えよ!誰がこの軍を率い」ホラルド様が再び言おうとした瞬間、ホラルド様が突然落馬した。

「ホラルド様!」私は慌ててホラルド様のもとへ駆け寄る。ホラルド様の右膝に深々と矢が刺さっていた。そしてその矢の形はアルバトロン軍の用いるものだった。それに私が気づいた時、呼応するかのようにいきなり目の前に少年が現れた。

「そちらの将が僕をお呼びになったようなので来ました。僕はこのアルバトロン軍先鋒軍団総長のスカデルンベクです。」

「アルバトロン軍がいるということは、、、」私が言うと、その後を続けるように少年が

「はい。あなた方が来られる前に占領させて貰いました。」と言いながら何かを私の目の前に投げ落とした。それはフィールドリーグ市長の首だった。

「もちろん城壁の兵も我が軍の兵士です。」その言葉に私たちが慌てて城壁を見てみると、兵士たちはこちらに弓を構えていた。

「さて、城門が全て閉じた今、あなた方に逃げ場所などありません。普通この状況であれば投降を勧めるのですが、」少年はそこまで言うと、一度目を閉じて、ため息を一つついてから、再び目を開けて続けた。

「今回は僕の策のために全員死んでください。」その瞬間、城壁から無数の矢が飛んで来た。兵たちが次々に斃れる。

「ぐっ!」私の背中と右肩にも突き刺さった。しかし、なんとか堪えて馬のもとへ行き、跨った。そして馬を城壁から遠い所へ駆けさせた。考えなどなにもなかった。この城から抜け出す方法も分からなかったが、なんとかしてクローツ様にこのことを伝えたかった。建物の中や裏路地からアルバトロンの兵士が飛び出してくる。それらを時には振り切り、時には剣で斬り倒しながら進んだ。しかし、やはり逃げるのは不可能な様だった。突然馬が崩れるように倒れた。私も前方に投げ出される。

「ぐはっ」背中を強打して肺の空気が無理矢理に口から溢れる。馬を見ると首や尻に矢が刺さっていた。建物の中から汚い身なりのゴブリン兵が弓を持って出て来た。キャキャキャと高い声で私を笑っている。私は立ち上がり剣を掴むと、奴らに襲いかかった。2、3体を斬りふせる。しかし今度は重装歩兵が近づいて来た。奴らは慎重に間合いを取りながら私の周りを取り囲んだ。

「うぉおおおおお!」私は叫びながら正面に立っていた重装歩兵に斬りかかった。それを待っていた様に重装歩兵が槍を私に向けて突き出す。私の剣がその重装歩兵の首を刎ね飛ばした時、私の身体は四方八方から槍で貫かれていた。口に血が滲んでくる。数秒後今度は一斉に槍が引き抜かれた。身体中から血が噴き出す。私は後ろに倒れた。身体を強く打ったが痛みはなかった。ただぼんやりとしていて、身体が暑かった。—死ぬ感覚はこんな感じなのか。と私は思った。だんだんと視界が眩んできた。一人の男の顔が突然鮮明に目の前に見えた。

「クローツ、、様、、、」それが私が覚えている最期の言葉だった。




数時間後・フィールドリーグ城外

「レミ!フィールドリーグが見えて来たぞ!」ゴルギアスが私に言う。

「フィールドリーグまであと少しだ!頑張れ!」私は付き随う将兵に言った。アルバトロンの執拗な追撃をなんとか張り切ってここまで逃げてきた。人馬ともに疲弊していた。私たちを動かしているのはフィールドリーグに着けば、味方の軍が集結していて、そこで少し休むことができるという希望だった。

城壁には多数の兵が並んでいた。城門は固く閉じられていた。しかし旗が一本もなかった。それを私が不審に思った瞬間、突然城の投石機が稼働して、何かが私たちに向けて飛んで来た。私は慌てて馬を止めさせる。私の目の前に何かがいくつか落ちた。将兵の中には盾でそれを防いだ者もいた。そして飛んできた物が何かわかった時、私は息を飲んだ。あちこちで悲鳴が上がる。皆が飛んできた物の正体を認識した。飛んできたのは人の生首だった。どれも苦悶の表情を浮かべている。そして私の目の前に飛んできた首の中にはホラルドのものもあった。

「これは、、どういうことだ⁈」ゴルギアスが私のもとに来た。

「アルバトロンがフィールドリーグを抑えて、私たちより先に行った軍は全滅した、、としか言えないだろう。」私は答える。

「だから、どうしてそういうことになってるんだ!」ゴルギアスが声を荒らげる。

「そんなの今わかるわけないだろ!」私も声を張り上げる。明らかに皆が動揺していた。とにかく落ち着こう、と言おうとした時、

「また何か飛んで来ます!」とフォーミッツァが言った。今度飛んできたのは爆発弾だった。固まっていた我が軍に直撃して大損害を与える。

「全軍散れ、散れ!距離をとるんだ!」私は指示を出す。それを追い上げるかのように城から爆発弾が飛んでくる。一発着弾するたびに2、3人の兵が吹き飛ばされた。それでもなんとか投石機の範囲外に逃れて軍を再集結させると、今度は城門から兵が湧き出してきた。とてつもない大軍だ。次から次へと兵が出てきて、城外の野を埋め尽くしていく。

「レミ様、退却しましょう。迂回してラーガサイドまで退がるべきです。」セイレオンが言った。

「どうやって迂回すると言うのだ?」私は尋ねた。

「一度来た道を引き返してフェンデル峠の分岐でラーガサイド方面に」セイレオンがそう言っている時に、今度は後方から多数の蹄の音が聞こえて来た。私が後ろを振り返ると、こちらに向かってくる騎馬の集団が見えた。土埃を上げながら近づいてくる。掲げられている旗はアルバトロンのものだった。

「包囲される。」私は言った。皆の顔に絶望した表情が見えた。

「もはやこれまでだ。」私は皆を見ながら静かに言い始めた。

「ここまで私に従ってよく戦ってくれた。アルバトロンを打ち破ることは叶わなかったが、時間は稼げたに違いない。あとはこちらに向かってくる我が軍の奮戦に期待しよう。各員はそれぞれ落ち延びてくれ。」しかし、私がそう解散命令を出したのにも関わらず、将兵は誰も動こうとしなかった。

「どうした、早く逃げろ。」私が言うと、

「いや、まだ包囲が完成していないうちにお前は逃げろ。俺らが囮になる。」とゴルギアスが言った。

「総大将が兵を置いて逃げることなんて出来ない!」私は怒鳴った。

「馬鹿野郎!お前が死んだら誰が敵の正確な情報を伝える、誰が死んだ兵について伝える⁈」ゴルギアスも怒鳴り返す。

「国王やレスカギール様に説明するのは総大将のお前しかいないだろう。だから行け。」ゴルギアスがそう続けた。しかし私は動けなかった。この戦いで私は何百、いや何千何万の将兵を死なせてしまった?それなのにまた将兵を囮にして逃げるなんて出来ない。そんな風に固まってしまっていた私にしびれを切らしたのはゴルギアスだけではなかった。セイレオンが近づいてきて私の馬の尻を鞭で思いっきり叩いた。馬が一気に駆け出す。

「あっ、ちょっと待て!止まれ!」私は慌てて手綱を引くが、止まらない。セイレオンが

「私はあなたの下で戦えて幸せでした。ご武運を。」と言う。

「そんな、嫌だ、嫌だ。止まれ、止まってくれ!」私の意思に反して馬はさらに加速していく。

「フォーミッツァ殿、護衛を頼みます。」ゴルギアスがフォーミッツァに言った。

「承知しました。ご武運を。」フォーミッツァが答えて、部下の重騎兵4、5人を連れて私の後に続いた。


「我らが王国に命を捧げよ!」ゴルギアスの声が離れた戦場から響いてきた。うぉー!という将兵の雄叫びの後、

「突撃ー!」と言うゴルギアスの声がして一斉に将兵が動いた。ゴルギアスとセイレオンが先頭に立ってフィールドリーグから出てきたアルバトロン軍に向かって突撃していく。私がその様子を見て立ち止まっていると、フォーミッツァが

「行きましょう。」と静かに言った。

「ああ。」と私も答えて馬を駆けさせた。


その後もまだ激しい追撃を受けた。大部隊による追撃ではないが、十騎ほどの軽騎兵の小隊が多数、私たちを捜索追撃する様に仕向けられているようだった。軽騎兵が放つ矢によって少しずつ兵が斃れていった。そして兵が残り一人になったとき、後ろからそれまでよりは多い敵軍が土煙を上げて近づいてきた。獣甲騎兵が20人ほどいた。

「フォーミッツァ殿、逃げるぞ。もっと速く馬を駆けさせろ!」私は振り返らず言った。しかし、後ろに続くはずの蹄の音が聞こえなかった。

「どうした?」私は振り返った。すると、フォーミッツァとその兵士が追手の獣甲騎兵の方に馬を向けていた。

「先に行ってください。テーネ・レ・コシヨンはもうすぐそこです。私たちの護衛もここを過ぎれば最早不要でしょう。私たちはここで追手を防ぎます。」とフォーミッツァが言った。

「そんなことしなくていい!逃げろ!私について来い!」私は怒鳴った。

「皆があなたを逃がすために戦い死んでいきました。ここで私が逃げるわけにはいきません。あなたがこうして立ち止まっているのは彼らが望んでいることではありません。早くここから立ち去って味方の大軍を率いて私たちの敵討ちをしてください。ご武運を。」フォーミッツァはそう言うと、敵軍にまっすぐ突っ込んでいった。私も前に向き直って馬を駆けさせた。後ろから金属のぶつかり合う音が聞こえる。ドサっと誰かが落馬した音が聞こえた。後ろを振り返るとフォーミッツァが地面に落ち、身体中に槍が刺さっていた。私が慌てて馬をフォーミッツァの方へ向けようとする。

「行けー!」フォーミッツァが血だらけになりながら叫んだ。

「そのまま逃げろ!」私はその言葉に涙を堪えながら従った。全速で馬を駆けさせる。

「ぐぁあああ、やめろ、やめてくれっ、ぐはっ」後ろからフォーミッツァの叫び声と、ガツガツと何者かが金属ごとなにかを喰らおうとする音が聞こえる。私はその音がなにを意味しているのかを察し、その光景から逃れるようにさらに鞭を払った。




そこからのことはほとんど覚えていない。ただ、目を覚ましたら私は鎧を脱がされ、傷病者用の軽い着物を着せられて、清潔なベットの上に寝かされていた。左側の窓から光が差し込み、鳥の囀りが聞こえてきた。まるで全てが夢の中での出来事だったように思える。しかし、身体を起こそうとした時にあった電流の流れるような痛みが、全て現実であると知らせてくれた。少し着物をはだいて身体を見てみる。いたるところに治癒魔法の跡が見えた。ところどころに刀傷が残っている。ギイッと音がして右にある扉が開いた。看護婦が中に入ってくる。

「おはようございます、レミ・フォンゴン・セリオネル様。」彼女が言った。

「大変でしたね。よくぞ生きて戻られました。」彼女のその言葉に反応せずに私は聞いた。

「私は何日間寝ていた?」

「3日間と聞いております。」

「ここはどこだ?」

「ミューヘインヒル城です。」彼女の言葉に私は驚いた。ミューヘインヒルはテーネ・レ・コシヨン川を渡ってさらに西に数十キロ行ったところにある城塞都市だ。なぜそんなに戦場から離れたところまで運ばれているのかが分からなかった。そしてその距離をどのように運ばれたのかも分からなかった。

「どうしてここに?どうやってここに?」私は疑問をそのまま彼女に聞いた。するとその質問を待っていたかのようにドアが再び開いて一人の男が入って来た。それはこの王国で最も有名な男の一人だった。

「それについては俺から話そう。」彼が私の目の前に立った。

「はじめまして、セリオネル東方国境警備隊長。俺はミファエル・ハルト・フェルナンドだ。」

「フェルナンド公、見苦しい姿で申し訳ありません。」私が謝ろうとすると、肩を掴んで

「動かなくていいから。」と言った。

「君はラーガサイドの近くでレスカギール大公の軍に発見された。馬に乗ってるのがやっとの状態だったようだよ。そこから聖義軍の衛生兵が飛行魔法を使って軍の集結地点であるここまで搬送した。」フェルナンドが言った。

「それで今の戦況は?」私は尋ねた。その問いにフェルナンドは少し顔をしかめた。

「それは・・・」その後の言葉は私を驚かせた。


この後大陸全土を巻き込んで続いていくこの戦争の緒戦でアスクリタン王国が大敗を喫したこの戦いの日を後世の戦史学者はこう呼んだ。

『王国の災厄日』と。

お久しぶりです。the August Sound—葉月の音—です。やっと書きあがりました…お待たせしてすみませんでした。ここ最近本当にリアル界が忙しく電脳界に入れませんでした。こんな駄作を待っていてくださっている方に対してこの場を借りてお詫びと感謝をさせてください。

一応9月中には上げると言っていたのでギリギリで有言実行ですかね?次はいつになるか分かりませんが、また読んでやってください。

僕の作品としての次の更新はおそらく「真夜中の蝉」の方になると思います。こちらも是非よろしくお願いします。

またTwitterの方のフォローもよろしければお願いします。


今回は既存キャラを出さずに戦場を書きたいと思ってこういう外伝という形になりました(少し長くなりすぎた感もあります)。そして新たな女の子キャラ、レミがこれから主人公とどうなっていくのかご期待ください。


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