表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/81

終幕

 マリ海軍の船団が青い海原を沖合いへと進んでいく。

 たった四日前の戦闘の傷痕は修復を施されてほとんど見当たらず、白い帆を張った姿が遠目にも、その体内に収めた力を伝えてくる。

 ザインはそれを、レガージュの街を見下ろす崖の上からずっと見送っていた。

 輝く青い海原と抜けるような青い空、それらが溶け合う狭間を行く船。

 ちょうどマリ海軍の船団と行き違うように、今日入港を予定していた東国トゥーランの船が向かい風の中を櫓を降ろし、辛抱強くゆっくりと漕ぎ進んでくる。

 つい十日ほど前までのレガージュの姿と、その風景は何一つ変わらないように思える。

 崖下から吹き上げる海風も、今日はどことなく緩やかだ。

 ただそれは、あくまでも表向きの姿だと判っていた。

 マリ海軍提督メネゼスは、司令船に乗り込む最後にザインやファルカンを振り返り、歴戦を潜り抜けてきたその隻眼に鋭く刺す光を浮かべた。

『レガージュはこの先、これまでどおりとは行かないだろう。それも王都へ戻ったあの殿下と剣士次第なのかもしれないが――、西の海がこれで大人しく凪ぐかどうか、俺には疑わしい』

 メネゼスはザインの右腕に視線を落とし、それから街の斜面に連なる白い壁の家々と、それらの間に見え隠れする急な路地を見渡した。

 メネゼスが何を思い浮かべたのか、ザインにも想像できた。

 攻めるに難い地形――三百年前はこの地形が西海の侵攻を食い止め、だがそれ故に戦火は街に留まり続けた。いわば身食いの地形でもある。

『剣が早く戻るといいな』

 付け加えるようにそう言ったメネゼスの意図は、単純な慰めや期待ではなかっただろう。

 失った剣がこの先どう影響するか、ザインもそれを考えていた。

 メネゼスの懸念が懸念で終わらない可能性は、実はザインは既に強く感じていた。

 正規軍のレガージュ駐屯部隊隊長からザインに対してのみ、今の正規軍の動きが伝えられたのは昨日の事だ。

 それを聞いてもザインには驚きは無く、やはりとしか思わなかった。

 ただ西方公が王都から消えて三日、まだ西方公の動きも、正規軍の動きも、大きく動いたものは無い。

 いずれ国全体に伝われば幾つか騒ぎになる事も考えられるが、今はレガージュの街も平穏そのもの、逆に以前より活気が増して見える。

 ザインは左から吹く風に導かれるように、右手に広がる海へ顔を向けた。

 マリ海軍が進んでいく南海の海と変わらず、美しく輝く海面と、空。

 見ているだけなら西の海も南の海も、何も違いはない。

 だが目には見えない境界一つ、それで世界が変わる。

 左手で、右腕の肘を包み込む。そこにはもう痛みは無かった。

 ただ、戻るものなら早く戻って欲しいと、心底思う。

 街の右手に常に変わる事無く広がり続ける西海。

 ザインに手を差し出した時の、ルシファーの笑み。

 レオアリスは今、謹慎の身だと聞いた。

「――」

 背後でばたんと扉が閉じる音がする。ザインが振り返る前に明るい声が彼を呼んだ。

「父さん、お昼だよ!」

 短い下草を蹴る軽い足音とともにユージュが駆け寄る。

 振り返ってユージュの姿を視界に納め、やはりザインは一瞬だが驚きと戸惑いを感じた。

 この五日間、急に成長した娘の姿になかなか慣れない。

 ユージュは父の近くによると、その瞳を覗き込んだ。

「まだ驚いてるの? ボクもう鏡を見ても平気になったけど。髪を切ったら前とそんなに変わらない感じ」

 前と同じ長さまでばっさりと切った髪の先をつまみ、満足げに笑う。ずいぶん順応性が高いと、ザインも呆れ混じりに笑った。

 ユージュは前よりも近い位置にある父の手を握った。

「安心して。父さんに剣が戻るまで、ボクが街と父さんを護るよ。父さんみたいに強くなるから」

「そうだな」

「信じてないでしょ、ホントだよ」

「信じてるさ」

「ホントにホント。でも一番は、早く父さんの剣が戻るといいな」

「すぐに戻る――きっとな」

 護るものがある。

 ユージュを護る。

 フィオリの残した街を護る――

 剣はおそらく、すぐに戻るだろう。その予感がザインにはあった。

 ただ。

 間に合うかどうか、問題はそこだ。

 左手を引かれ、ユージュに視線を落とす。

 ユージュは父の顔を見上げ、その瞳の中にある姿を認め、嬉しそうに笑った。

 そこには自分と、街の姿が映っている。

「ほら、早く。僕もうお腹がペコペコだよ。早く行こ」

「――ああ」

 ザインの手を引きながら、ユージュはもう一度父の瞳の中の自分の姿を見つめた。

「お昼を食べたら、剣を教えてね」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ