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第4章「剣士ザイン」(16)

 腹から剣が、ずるりと引き抜かれた。

「――っ」

 言葉を発しようとしたファルカンの口から、濁った音と血の泡が洩れる。

 ファルカンはよろめき、廊下の壁に背中を凭れかけ、だが身体を支え切れず崩れるように膝を着いた。

 ホースエントは荒い息を繰り返し、ぶるぶると震えながら剣を身体の前に突き出して、倒れたファルカンの身体を乗り越えて部屋に入った。

「……ま――て」

「ひぃ!」

 ホースエントが高い声を上げて飛び上がる。

 ファルカンが左手を伸ばし、ホースエントの足首を掴んでいた。

 指がそのまま足首を砕きそうなほど食い込み、痛みを与える。

「ひぃい、は、離せっ」

 振り下ろした剣がファルカンの左の二の腕に叩きつけられ、鉄が骨を砕く鈍い音が立つ。

「ぐあ」

「止めろ――何をしている!」

 驚き、慌てた声が上がる。部屋の奥で法術士が立ち青ざめた顔を向けていた。

 ディノが身体半分、寝台の上に起こしている。やはり驚愕に眼を見開いていた。

 法術士が落ち着かせるように両手を前に突き出し、一歩、そっと踏み出した。

「一体何を考えて――剣を捨てなさい。ファルカン団長、安心しろ、今すぐ手当てをする」

「に、逃げろ」

 脇腹と左腕に感じる焼け付く痛みよりも、もっと恐ろしい考えが、ファルカンの心臓を鷲掴みにしていた。

 ホースエントは、何をするつもりだ?

「逃げろ――、ディノ、を」

 身体を起こそうとしたが、力が入らなかった。どくどくと血が流れ出ていき、急速に身体が重くなる。

 鉛のように鈍く感じられる腕をなんとか回し腰を探したが、剣が無い。

 つい先ほど、外して寝台の脇に置いたのだ。

「く……そ」

 法術士が寝台の前に立ちはだかる。

「落ち着くのだ。剣を置いて」

「ど、どけ、この!」

 ホースエントは甲高くわめいて、剣を闇雲に振った。法術士の長衣が裂け、血が壁に飛び散る。

「貴様、……ホースエント、ッ」

 ファルカンは寝台の傍らに立て掛けた剣を見た。

 遠すぎる。

(せめて、剣が)

 法術士は寝台から離れてしまい、ホースエントが向けている剣のせいで動けない。

 青ざめた顔はホースエントに釘付けになり、ファルカンの視線に気付いていなかった。

 気付いたのはディノだった。

 突然の事に青ざめ凍り付いていたが、おののく瞳がファルカンの視線を追って、自分の寝台の脇に立て掛けてある剣を見た。

「う、う動くな、動くんじゃないぞ、二人とも……!」

 ホースエントは喚き、法術士とファルカンへ、交互に剣を向けている。

「おとなしくしてろ!」

 ディノは一度ファルカンと目を見交わし、ホースエントの横顔を盗みつつ、そろそろと腕を伸ばした。

 剣の鞘に指先が触れ――、だが掴み切れず、剣は固い音を立てて木の床に倒れた。

「ひぃ!」

 ホースエントが飛び上がり、振り向く。

 倒れた剣と腕を伸ばしていたディノを見て、顔が青ざめ、すぐに怒りに赤くなった。

「きさ、貴様――わ、私をな、舐めるんじゃないぞッ、舐めるんじゃない!」

「止めろ、ホースエント!」

 ファルカンが制止の声を上げたが、ホースエントは剣を振り下ろした。

 飛び込んだのは老法術士だ。ホースエントの腕を掴み、振り下ろされた剣は法術士の肩に当たった。

 切っ先は幸い、法衣を裂いただけだ。

「な、な、」

 ホースエントは慌てふためきながら、法術士の法衣を掴んだ。血に濡れた剣の先を、法術士の喉に押し付ける。

「よ、余計な事をするな! 動――動くなよ!」

 剣はホースエントの怯えを移してぶるぶると震え、うっかりと法術士の喉を斬り裂きそうに見えた。

「何が、望みだ」

 喉を仰け反らせながら、法術士はホースエントを睨んだ。

「そ、そいつを寄越せ。そいつを殺して、マリに突き出すのだ!」

「な、何を考えて」

「私はこの街の領事だ、わ、私に断りもなくこの男を――か、勝手は事は許さん! 私が、私がこの街を救って見せるのだ! 領事たるこの私が!」

 唾を飛ばして喚く男を前に、束の間、法術士は皺の深い理知的な面に呆れの色を浮かべた。

「――お前は何か、勘違いをしている。第一彼を殺したら、それこそ」

「う、煩い! 私に指図するな!」

 法術士の喉の前で切っ先が暴れ、薄い皮膚が裂けて血が溢れ出す。

「そいつを殺せば、わ、私は、」

「ホース、エント……貴様、いい加減に……」

 ファルカンは床の上に倒れながら、右腕の力だけで床を這った。血を失って重い身体は大して前に進まず、床には血の帯が引きずられる。

「ここ、ここは私の街だ! 私の言うとおりにすればいいんだ! そうしないから悪いんだ! 私の言うとおりにすれば上手く行く! そ、そう言ったんだ!」

 ホースエントは法術士を突き飛ばし、背中を斬り付けた。法術士がファルカンの目の前に倒れ込む。

「貴様」

 ホースエントはぎくしゃく向きを変え、凍り付いているディノの上に剣を振り上げた。

「止、めろ、ホース、エント……ッ!」

「私が――私が領事だ!」

 ホースエントは叫んで、振り上げた剣をぶるぶると震わせた。

「レガージュには私が必要だと、この男を殺せばマリは引き上げると、そう言ったんだ!」

「ホ――」

「そう言った! わ、私こそ!」

「誰が、お前にそう告げた」

 冷徹な声が掛かった。

 ぐい、と肩を掴まれて背後を振り返り、ホースエントは肩を掴んだ相手と向かい合った。

「――ザ、ザイン」




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