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第3章「潮流」(21)

「ザイン――」

 ブレンダンは扉を開き、薄暗い部屋に入った。窓は一つを除いて全て鎧戸が閉ざされている。

 ブレンダンを見て、ザインは座っていた椅子から立ち上がった。微かに苦笑を浮かべる。

「ブレンダンか。苦労をかけたな」

「何言ってやがる――どうだ」

「ファルカンは甘いな。こう簡単に面会を許すとは」

「ザイン」

 ブレンダンのたしなめる口調に気付き、またザインが苦笑を浮かべる。

 それから今までとは違う、懐かしむような口調で聞いた。

「――彼は」

 その一言で、ブレンダンは頷いた。

「ちゃあんと手紙渡して、話もして来たぜ。何だか近衛の大将っつうには細っこいガキだったけどよ、でも芯が一本通ってるのは話して判った。さすが大将を張ってるだけはあるな。――そうそう、街にこんなのも出回ってたから土産に持ってきた。王都もなかなか商売熱心だよ」

 ブレンダンは何やら持っていた鞄から筒状の紙を取出し、留めていた細い紐を解いて広げた。

 ザインが手に取り、目を見張る。

「絵姿か」

 一尺弱四方の紙に、一人の少年の胸から上の姿が描かれている。

 近衛師団の黒い軍服を纏い、表情は凛と引き締まっている。

「結構似てる。他にもあったがその店のが一番似てたかねぇ。大将殿と親しい店らしいくて、絵師が見て描いたって」

 僅かに顔を俯けて正面から視線を逃しているのは、こんなふうに絵姿を写される事を戸惑っているようで、絵師が本人の性格まで写し取ったからかもしれない。

「絵じゃ高いが、版画だから刷り増しできて手頃に(さば)けるんだな。あれだ、うちも扱ってこの辺りで売ればいい商売になりそうじゃないか。王都じゃ若い娘っこ達がきゃあきゃあ言いながら買ってくんだ。南方公や西方公もあったが買ってくのはほぼ若い娘だよ」

「へえ」

 ブレンダンの熱心な口振りに感心してそう相槌を打ち、ザインはじっと絵を眺めた。

「ああ――ジンに良く似てる」

 懐かしそうに瞳を細め、呟く。

「若い頃にそっくりだ」

「あんたにも感じが似てると思ったよ。雰囲気みたいな――やっぱ同じ剣士なんだな」

「そうか」

 じっと絵姿に視線を落としているザインを、ブレンダンはしばらく黙って眺めた。

「――あんたに会いたがってたぜ。同じ剣士で、父親の友人だ、そりゃ会いたいだろう」

「――そうか」

「いつ来るかまでは決まってないが、必ず来るってよ。早いところ来ればいいんだが」

「近衛師団大将だ。西海との条約再締結が終わるまで難しいだろう。王の警護に付くだろうしな」

「それも王都の街でしきりに噂してた。もう来月だからそろそろ決まるんだろう」

 再び沈黙が落ちる。

 破ったのはブレンダンだった。彼らしく、率直に聞いた。

「ザイン。考えを変える気は無いか」

「――」

「聞いてるだろうが、マリは厳しい条件を突き付けてきた。国使を出してくるって事は、向こうさんはレガージュがやったって信じて疑ってないからだ。ちょっとやそっとの事じゃ条件は下げないだろう」

 ザインは黙って聞いている。

「カリカオテ達は、王に報告すると決めた」

「――王に……そうか」

 彼の手の中で、丸められて癖のついていた絵姿の紙は、くるりと元の状態に戻った。

 ザインが一度視線を落とす。もうレオアリスの姿は隠れて見えない。

 ザインはそれを卓の上に置いた。

「正しい判断だと思う」

「ザイン。王がどんなご判断をされるか判らない。カリカオテ達は不安だろう。こういう時こそあんたが先頭にいないと」

「――」

「街の連中だって不安になってる。下手すりゃ騒ぎが起きるぞ。王のご決定が下る前に街で騒ぎがあったら、それこそ申し開きできない。でもあんたが姿を見せて説明してやれば落ち着くさ」

 ブレンダンは掻き口説くようにして、ザインに考え直させる要素を幾つも上げた。

「それにその、その大将にだって、影響が出るかもしれない。あんたが西海と事を起したら、彼はどうなる」

「――」

 ザインは卓の上の筒状になった紙を見た。

「王都で立場が悪くなるんじゃないか。友人の息子だろう?」

 十七年前に起きた事件の為に、つい三ヶ月ほど前までは、王都でのレオアリスの立場は複雑なものだった。

 ザインがそれを知ったのはバインドの一件以降だったが、同じ剣士として――彼の父の友人として憂いを覚えた。

「ザイン。本当に俺達は、あんたが必要なんだ。この街に。子供等にとってはあんたは英雄だし、俺達にだってそうだ」

 ザインはしばらく視線を窓の外に向けていたが、やがてそれをブレンダンに戻した。

「――考えさせてくれ」

「も――もちろん。もちろんだ」

 ブレンダンの顔にさっと喜色が走ったのを見て、ザインは僅かに視線を逸らせた。

「じゃあな、いつでも呼んでくれ」




 ブレンダンが出て行き扉が閉ざされた後、ザインはもう一度絵姿の紙を取り上げた。

 広げると、かつての友人の顔が見上げる。

 本当に良く似ていた。

「会えないか――いや、会わせる顔がないな」

 壁の遥か向こうを透かし見る。

 北東の方角の彼方に王都があり、そこにいる彼の友人の忘れ形見を想った。

 ジンの息子。

 心から会いたいと思う。

 ジンや、彼の母の事を話してやりたい。おそらく彼は自分に聞きたい事が山とあるだろう。

 ザインは口の端を歪めた。

「顔向けができないのはジンにもか。でもまあジン、君も、かなり好き勝手やったけどな」

 随分と、自分勝手だと自覚している。

 ずっとこの街を護るつもりでいた。ほんの数日前までは、疑いようもなく。

 それがフィオリの願いでもあった。

 だが、手が届くところに見えてしまった。

「ジン」

 誰が許すだろう。

 彼なら許すだろうか。友人達の為に王に剣を向けたジンならば。

 いや。

 ザインは椅子に座り、背もたれに背中を預けた。薄暗い天井を見上げる。

 沈んで行く船が見える。

 目を閉じるとまるで、すぐそこにあるように、倒れている彼女の姿が浮かぶ。

 瞳も唇も、もう二度と開かない。

 両手を上げ、ザインは閉じたままの目を覆った。

 多分この両目を(えぐ)っても、この光景は消えない。

「――俺にはフィオリが全てだ。何よりも――、俺の全てなんだよ」

 狂おしいほどに。

「許されなくてもいいんだ」

 こんな想いを、王都にいる若い剣士もいずれ負う時が来るのだろうかと、ふと思った。





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