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第1章「フィオリ・アル・レガージュ」(3)

「上将」

 何度目かに呼ばれた声で、レオアリスは眼を開けた。

 太陽は中天近く、士官棟の建物の角に掛かるように少し斜めからこの場所に降り注いでいる。

 起き上がって自分を起こした相手を見上げつつ、よく寝た、と伸びをする。

 呆れた様子で立ち上がるのを待っているロットバルトの視線に気付き、取り敢えず笑った。

「天気が良くて、気持ちいい日だよな」

「だからと言ってほんの半刻ほどの時間に抜け出してまで熟睡しますか」

 士官棟の裏にある、ほとんど人の立ち入らない小さな庭で、レオアリスは時間が空くと良くここに来て寝転がっていた。

 ただ、すぐ呼ばれてしまうが。

「お前にここがバレなければ……」

 何やらぶつぶつと文句を行っているレオアリスを眺め、とっくにグランスレイも知っているのだが、とロットバルトは肩を竦めた。事務官に呼びに行かせないのは、一応配慮しているからだ。

 まあ、転寝(うたたね)をしたくなるのも無理の無いような陽射しの日だった。

 士官棟の裏手は高台になっていて、この裏庭からは王都の街並みを遠くまで見渡せた。風が強い時は少し不都合もあるが、今日は風も穏やかで、気温も芝の上に寝転がるのにちょうどいい。摺り硝子のような少し白っぽい空を、薄い雲がゆっくりと北へ向かって流れていた。

 南風が暖かな空気を運んでくれば、もう春だ。それを早くも感じ取り、芝の上にはあちこちに、爪先ほどの小さな花が控えめに顔を出している。

 南西に位置するレガージュほどではないが、王都も日を追うごとに暖かくなっていく。

「まあいいや、充分寝れた」

 レオアリスは立ち上がって軍服についた芝を払い、腕を組んでいるロットバルトの顔を斜めに見上げた。

「お前も昼寝した方がいいぜ。頭がすっきりして仕事の効率が上がる。いつも遅いんだし、そもそも実際は好きだろ、こういう場所は」

「――効率は上がるかもしれませんが、寝過ぎはどうですかね。大体今の時間は昼寝とは言わないでしょう」

「そうかな」

 二人は士官棟の角の、蔦の絡まる潜り戸を抜けて中庭に出た。

 長方形をした中庭にはぐるりと回廊が巡らされ、中央にはさらさらと水音を立てる噴水が設けられている。

 今は遮るものの無い太陽の光が中庭全体に当たり、樹々の葉や芝生の柔らかな緑を一層鮮やかにしていた。

 立ち止まり、空を見上げる。

「春か――」

 日ごとに肌に感じる暖かさは、その穏やかさや安堵とは裏腹に、この先にあるものが日ごとに近付いている証でもある。

 ただ、それは口にせず、「眠いはずだよな」とだけ言った。

 レオアリスは回廊を歩かず、中庭を斜めに突っ切って行く。ロットバルトが傍らを歩きながら、ふと思いついたように口を開いた。

「今日は午後に殿下の所へ行かれる予定でしょう。どうです、ご一緒に昼寝でもされては」

「その提案はお前からだって言っていいな?」

「殿下がなかなか昼にお休みにならないと、先日ハンプトン殿が嘆いていましたよ。貴方が昼寝をしようと言えば殿下はそれも楽しいでしょうし、ハンプトン殿には喜ばれて一石二鳥だな」

 ロットバルトは少しばかり楽しそうな口調でそう言った。

「判るような判らないような……時々すげぇ適当だよなぁ、お前」

 しかし確かに、まだ四歳のファルシオンは毎日昼寝の時間が取られているが、決められた時間になかなか寝てくれないようだ。

 今日は昼の二刻くらいにファルシオンを訪ねる予定で、いい時間帯ではある。

「――まあ、でも、提案してみよう」

 何だかんだ、レオアリスは半ば本気で頷いた。





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