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第3章「潮流」(2)

 一羽の水鳥が青い空から舞い降りる。ザインの乗るレガージュ船団の船の、甲板に置かれた止まり木に降り立ち、呼び掛けるように一声鳴いた。

 甲板にいたファルカンは水鳥を見て大股に歩み寄った。

「三番船からの伝令使か。何か進展があったな」

 エレオノーラ号を護衛している船団の船が有する伝令使だ。ファルカンは水鳥の嘴を促すように一度撫でた。水鳥が嘴を開く。

『アマーリア……船員ヲ、救出』

 しゃがれた、だが三番船曹長のクレメルの声色を残した響きで水鳥は伝言を伝え出した。ザインや他の船団員もファルカンの傍に近寄り、それぞれ隣の仲間と安堵の表情が交わされる。

『カロウジテ、意識アリ……ダガ』

 おお、と上がりかけた歓声をファルカンが手で制する。伝令使はまだ伝えるべき言葉を残しているようだ。

『……問題、発生シタ』

 ザインとファルカンは顔を見合せた。

『男ノ証言……船団ノ船ガ……アマーリア、ヲ、沈メタ、ト。……貴船ノ、到着待ツ』

 水鳥はぱくりと嘴を閉ざした。

「――何だと?」

 ファルカンが面食らった様子で眉をしかめ、また伝令使の嘴に触れる。しかし伝令使は先ほどと同じ事を繰り返しただけだった。

 この伝令使はさほど多くの言葉を覚えられず、覚えた言葉を繰り返す能力しかない。ただ教えられた言葉を正確に覚える。

 伝令使は問題が発生したと――船団の船がゼ・アマーリア号を沈めたとそうはっきり告げた。

「まさか――信じがたい」

 ファルカンが水鳥をまじまじと見つめる横で、ザインはぐっと両手を握り締めた。

(馬鹿な――)

 ユージュは確かに、ゼ・アマーリア号は嵐で沈んだのでは無いと言った。

 沈めたのは――

(レガージュ船団が?)

 有り得ない。見間違えだ。第一そんな事をする理由が無い。

(マリとは、ずっと何の問題もなく付き合って来た。フィオリがそう道を作って)

 ばしん! と乾いた音が立つ。見ればファルカンが苛立ちを抑えるように、右手の拳を左手に打ち付けたところだった。

「ここで考えたって始まらない。取り敢えず三番船と合流して事情を聞いて、それからだ」

「――ああ、そうだな」

 ザインがそう言うとファルカンも自分を納得させるように改めて頷き、それから手摺りに手を掛けて行く先を睨んだ。

「全く、何がどうなってんのか――昨日っから騒がしい話だぜ」

 ファルカンの言葉に、ザインは一旦黙って青い海に視線を落とした。

 ユージュの夢の中に出て来た『海でできた船』と、ゼ・アマーリア号の船員が言った、アマーリアを沈めた船――

 男の証言が全く嘘だと思っている訳ではなく、ユージュに特別予言の夢を見る能力があると思っている訳でもない。

 しかし偶然にもゼ・アマーリア号が沈む夢を見たユージュが西海を示し、今度はゼ・アマーリア号の船員がレガージュを示す。

 全く食い違った二つの事が、暗雲のような胸騒ぎを感じさせた。





 一刻後、ザインとファルカンを乗せた一番船はエレオノーラ号と三番船のいる海域――、ゼ・アマーリア号の沈んだ海域に到着した。

「こいつは――」

 ファルカンが唸る。

 海面に無惨に散った船の破片――、それは確かに、ただ嵐のせいで沈んだとは思えないほどだった。

 沈められた、と。

 その言葉が一番信じられる。

「ファルカン団長!」

 三番船曹長クレメルはファルカン達の顔を認めると見るからにほっと息を吐き、すぐマリの男のいる船室へ案内した。

「その男の意識はあるのか?」

「今はまだありません。昏睡が続いていて――戻って治癒師に見せない事には、この先目を覚ますかも……。ここです」

 クレメルが指差した船室の窮屈な寝台で、マリの男が眠っている様子を扉の所から眺め、ファルカンは唇を曲げた。近付いて覗き込まなくても、男の容体が悪いのが見て取れる。

 思った以上に状況は良くない。このまま男が亡くなったら、男の言葉の真相を確認できないままになってしまう。

「一番船でレガージュに連れ帰ろう。クレメル、他に生存者は見つかったか?」

「続けて捜索していますが、まだ」

「可能な限り捜せ。見つかれば、もっと違う話が聞けるかもしれないからな」

「判りました」

「それから、組合が指示するまで、この件は口外するな。他の奴らにもそう伝えておくんだ」

 クレメルは黙って頷いた。

「彼を一番船に運んでくれ」

 そう言うとファルカンは重苦しい視線を男に向けてから、扉を離れてまた甲板へ向かった。

「全く、組合に――いや、マリにどう説明するか……。こんな事だと判ってりゃ、昨日の早い段階でマリに報せたんだが――」

 事件を知った直後が、レガージュの誠意を示す一番重要な機会だったかもしれない。ザインはファルカンの言葉を聞いて足を止めた。

「ファルカン」

 低い響きにファルカンが振り返る。

「まだ決まった訳じゃない。思い違いだ」

「あ、ああ」

 いつに無いきっぱりと断じるザインの様子に、ファルカンは僅かに躊躇いを見せた。どうとははっきり言えないが、まるでザインには確信があるようだ。

「沈めたのはレガージュじゃない。レガージュの訳が無い」

「それは、俺もそう思ってるさ。俺は一言もそんな命令してないんだからな。うちの船がそんな事をする訳が無い。だから他の船員を見つけて、事情を聞かなくちゃならん」

 他の船員を見つければすぐに解ける誤解だと、ファルカンも、おそらく他の誰もそう思っている。

 しかし他の船員を見つけて、それでもレガージュが沈めたと、そう証言した時は――或いは、他に生存者が見つけられなかった場合は。

 厄介な事になりそうな予感がしている。

「必ず見つける。くそ、俺も捜索に残るか……」

 ファルカンはまた、手のひらに拳を打ち付けた。ちょうどマリの男が担架に乗せられ、甲板へ上がるのに二人の間を通り抜ける。

 血の気の失せた顔がちらりと見えた。

 ザインはファルカンに鋭い視線を向けた。

「俺が残ろう。いや、二番船を貸してくれないか」

「ザイン、しかしあんたにはユージュが」

「大丈夫だ。もし起きたら街に行くようにと言ってある。それよりお前は戻って組合のカリカオテと話をした方がいい。――領事にも」

「領事――、そうだな……」

 領事に話をする事は、王城に話を上げる事を意味する。領事は昨日行われたファルシオンの生誕の祝賀の為にまだ王都にいるだろうから、早ければその日の内に地政院には話が伝わるだろう。

 もしかしたら、王に。

「――まあ、カリカオテの判断次第だ」

 そう、領事にどこまでの話をするかは、最終的にはレガージュ交易組合長の判断による。やたらな事では王都に、王の耳には入れる事はできない。

「判った、ザイン、ここはあんたに頼む。一人でも――、ゼ・アマーリアの船員を助け出して、話をきかなくちゃいかん」

 ファルカンはそう言ってまた甲板へと歩き出し、それからもう一つ、ザインに確認すべき事を思い出した。

 あんたは何故、アマーリアを静めたのがレガージュではないと、そこまで確信しているのか。

 しかし何となく口には出さず、ファルカンは再び甲板へ出た。





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